第170話 幻獣カーバンクル

「ライト……お前、一体どこでそれ拾ってきたんだ……?」

「あー、うん、あはははは……」


 あんぐりと口を大きく開けたまま呆気にとられたような顔で問うてくるレオニスに、ライトはどう答えていいものやら困ったように小さく笑う。

 神樹ユグドラツィのもとから帰宅したライトの胸元には、小動物のような可愛らしい何かが抱えられていた。


「お前、それ……幻獣、だよな?」

「あっ、レオ兄ちゃん、知ってるの?」

「知ってるも何も……カタポレンの森のどこかにいると言われている、伝説の幻獣カーバンクルじゃねぇか」

「あ、そんな伝説があるんだ?ぼく、全然知らなかったよ」

「御伽噺に出てくるくらいには有名だが、捕獲どころか目撃情報すら滅多にない幻獣だぞ。それ故に幻獣とか伝説の精霊なんて呼ばれているくらいだしな」


 そう、ライトが今手のひらに乗せている小動物のような生き物。その正体は【幻獣カーバンクル】である。

 全身はほぼ白に近い薄桜色のふわふわとした長い体毛に包まれており、そのつぶらな瞳は右が海を思わせる群青色、左は森の緑を表したかのような常磐色という、見目鮮やかなとても美しいオッドアイである。

 そして長く垂れた耳に短くて細めの手足、ふわりとした長い尻尾。極めつけはカーバンクルの最大の特徴である、額に燦然と輝く真紅の宝石。

 どれをとっても幻獣の名に相応しい容姿である。


「えーっとね、神樹ユグドラツィのところまで修行がてら散歩に行ったらね、この子がいたの」

「あまりに可愛かったから、撫でたくなって……捕まえるとかそういうつもりは全くなかったんだけど」

「何かよく分かんないうちに、懐かれちゃった……ははは」


 ライトはもっともらしい話をレオニスに語っているが、もちろんそれは作り話であり、正しい部分は前半の『神樹ユグドラツィのもとに修行がてら散歩に行った』という箇所だけである。


 この【幻獣カーバンクル】は、ライトがマイページのイベント欄から選択した【使い魔の卵を孵化させよう!】で入手した『使い魔の卵』から孵化した使い魔だ。

 ライトはこの世界でカーバンクルに関する伝説がどのように語られているかは知らないが、自身が手のひらに乗せているのはブレイブクライムオンライン由来の使い魔である。


 イベントで配布された使い魔の卵とともに向かった、神樹ユグドラツィのもとで得た十枚の神樹の緑葉。

 その緑葉を使い魔の卵の上に、ライトは一枚づつゆっくりと与えていく。その効果は、兎にも角にも抜群だった。

 どうやら一枚だけでもとんでもない量の栄養?経験値?が入るらしく、最初はウズラの卵より小さかったサイズが目に見えて大きくなっていったのだ。

 さすがは神樹と呼ばれるだけのことはある。


 ウズラの卵からピンポン玉に、ピンポン玉からテニスボールに、テニスボールからソフトボールに、ものすごい勢いでぐんぐんと大きくなっていく卵。

 最終的にはラグビーボールくらいの大きさになり、最後の一枚を与えた時に殻が割れて孵化したのだ。

 そうして出てきた使い魔が、この【幻獣カーバンクル】だった―――というのが、事の真相である。


 ちなみにライトとしては、この成果に大満足である。

 与える餌の種類を故意に偏らせることにより、その方向性はユーザー側で多少コントロールできるが、イベントの詳細解説文にも【使い魔は様々な種族があり、どれが出るかはお楽しみ!】とあるように、その結果として出てくる使い魔は完全にランダムで運頼みだ。

 そして、今回入手した【幻獣カーバンクル】は数ある使い魔の中でも性能的に大当たりの部類に入るのだが、それ以上に見た目も愛らしくすぐに懐いてくれたことがライトにはとても嬉しくて気に入っていたのだ。


「そうか……じゃあ、そのカーバンクルはライトが責任を持って世話をするってことでいいんだな?」

「もちろん!ぼくが毎日お世話するよ!」

「生き物の世話は大変だが、頑張れよ……って、幻獣って普通の生き物じゃねぇよな?」


 レオニスが、自分で自分の言ったことに対して首を捻るという、なかなかに高度な技を披露している。


「んー、食べ物とかしばらく様子を見ながらあれこれ試してみないと分かんないかなぁ?」

「まぁ、神樹の近くにいたなら間違いなく草食系だろうとは思うがな」

「そうだよね、肉類とか絶対に食べなさそう」


 ならば、ラグナロッツァの屋敷に連れていって様々な食材や食事を食べさせてみるのもいいかも、とライトはふと考えた。


「ねぇ、レオ兄ちゃん。この子をカタポレンの森の外に連れ出したら、マズいかな?」

「さぁ、どうだろうな……幻獣の生態なんてさっぱり分からんが、多少の行き来ならともかく長期に離れるのはあまり良くなさそうではある。カタポレンの森の神樹の近くで生まれたってんなら、森から離れたら弱っていくかもしれんしな」

「そうだよね、ラグナロッツァには森林なんて殆どないし」


『神樹ユグドラツィの近くで見つけた』というのはライトがその出処を誤魔化すためについた嘘だが、実際のところ大自然から離れて人の多いラグナロッツァで暮らせるかどうか、かなりの疑問符が浮かぶところではあった。


「まぁでも、ちょっとの間とかたまーに程度ならラグナロッツァの屋敷に連れていってもいいかもな」

「そうだね、あっちには妖精のラウルや八咫烏のマキシ君もいることだし」

「ただし、屋敷の外には絶対に出すなよ?カーバンクルなんつー伝説級の幻獣がいることを知られたら、どんな騒ぎになるか分かったもんじゃないからな」

「うん、分かった」


 レオニスの言う通り、カーバンクルは伝説級の幻獣だ。

 そんな珍しい生き物?がいるということが公になったら、どんな目に遭うか分かったもんではない。盗もうとする輩が後を絶えないのは当然として、それどころか王侯貴族からも譲れ寄越せと圧力をかけられかねないことは想像に難くなかった。


「じゃあ、もうすぐお昼だからラグナロッツァの家に連れて行ってもいい?」

「そうだな、これからライトといっしょに行動するならラウルにも見せておいた方がいいだろうな」

「ありがとう!じゃあ、レオ兄ちゃんもいっしょに行こう!」

「あいよー、了解ー」


 ライト達は早速、ラグナロッツァの屋敷に移動した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ライト……お前、一体どこでそれ拾ってきたんだ……?」

「あー、うん、あはははは……」


 先程のレオニスのコピーかと思うくらいに、あんぐりと口を大きく開けたまま呆気にとられたような顔でレオニスと全く同じことを問うてくるラウルに、ライトは困ったように小さく笑う。

 ラウルの横にはマキシがいるが、マキシもラウル同様にあんぐりと口を大きく開けたまま固まっている。


 ライトも先程レオニスに説明したのと同じことを、ラウルとマキシに語って聞かせる。


「……という訳で、ラウルやマキシ君にも知っておいてほしかったの」

「お、おう、そうか……それにしても、よくもまぁカーバンクルなんつー珍しいもんを連れてこれたもんだな……」

「うん、僕も初めて見た……でも、とっても可愛い子だね」


 ライトの肩にちょこん、と乗るカーバンクル。

 それを見たラウルは感嘆し、マキシは可愛いと褒める。


「で?こいつの名前は何ていうんだ?」

「……ん?名前?」

「そ、名前。まさかカーバンクルのままか?」


 ラウルがカーバンクルの名を問うてきたが、それまでライトは何も考えていなかった。ゲーム中では使い魔に名前を与えるシステムはなかったので、名付けなど全くしていなかったからだ。

 だが、この世界でこうして幻獣として出会い、使い魔として手元に置くことになったからには名前がないと不便なことは間違いない。


「んー、この子の名前かぁ……本当にさっき出会ったばかりだから、何も考えてなかった」

「んー、んー、んー……」


 ライトは目を閉じ、首を上下左右に捻りながら懸命に考えている。

 しばらく悩んだ後、閉じていた目をクワッ!と見開いたライト。


「決めた!fortunaフォルトゥナのフォル!」

「この子の名前はフォル、皆よろしくね!」

「うん、ライトの名付けはいつ聞いてもさっぱり分からん」


 ライトが高らかに命名宣言している横で、レオニスがぼそりと呟く。


「フォルか、いい名前だな」

「うん、とっても可愛らしい名前でいいね!」

「……なぁ、ライト。俺もフォルに触ってみたいんだが、大丈夫か?」


 ラウルとマキシがライトの命名を絶賛した後に、ラウルがフォルを触ってみたいと言いだした。


「んー、どうだろ?今のところ、レオ兄ちゃんやラウルやマキシ君を見ても怖がっている様子はないけれど……」

「フォル、どう?他の人が触っても大丈夫?」


 カーバンクルに言葉が通じるかどうかは全く分からないが、ライトはまずフォルに尋ねてみる。

 フォルの方は、ライトの言葉が分かっているのかいないのか全く判断がつかないが、「???」といったような顔つきをしている。


「まぁ豹変することはないだろうし、ちょっとだけ触ってみる?」

「お、おう……」


 カーバンクルの主であるライトの許可を得たラウル。

 その小ささに合う力加減が分からない故の緊張か、プルプルと震える人差し指をゆっくりとカーバンクルの頭に近づけた。

 ラウルはそのままそっと頭に指を乗せて、さわさわとカーバンクルの頭を優しく撫でる。

 撫でられているカーバンクルは怒るでもなく、鼻をフン、フン、と鳴らしながらつぶらな瞳を閉じておとなしくしている。


 ふぉぉぉぉ……と、感動のあまり声にならない声を洩らすラウル。カーバンクルの愛らしさに速攻でノックダウンされたようである。

 頬を赤らめ声を押し殺しながら感動に打ち震えるラウルのその横で、マキシやレオニスも実に羨まし気ににその光景を眺めている。


「ん、マキシ君やレオ兄ちゃんも後で順番に触っていいよ。優しく撫でてあげてね?」


 ライトの許可を得たマキシとレオニスの顔が、パァッ!と明るい輝きに満ちる。

 この日生まれたばかりのカーバンクルのフォルは、生誕一日目にしてその愛くるしい姿で二人の人族と一体の妖精と一羽の霊鳥を虜にしたのだった。





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 カーバンクルの有名な伝説として『カーバンクルの額の宝石を手に入れた者は、富と名声を得る』というものがあります。

 ライトが『カーバンクルは使い魔の中でも大当たりの部類』と評したのは、その伝説を由来として『カーバンクルをお使いに出すと、レアアイテムを持ち帰る確率が高い』という使い魔としての特性=スキルが初期設定で備わっているからです。

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