第161話 二つの御守

 グライフからもらった二枚の世界地図を、大事そうに空間魔法陣に収納するフェネセン。

 そのフェネセンのもとに、今度はアイギス三姉妹が揃って来た。


「フェネセン閣下、ちょっとよろしいですか?」

「ン?カイにゃん、何ナニなぁに?」


 カイから改まって声をかけられたフェネセン。

 もともとカイのことを大いに慕っていたフェネセン、大好きなカイに声をかけられて上機嫌だ。


「実は私達からも、フェネセン閣下にお贈りしたいものがありますの」


 カイははにかみながら、フェネセンに一つの箱を手の上に乗せて見せる。その上品なベルベット製の箱は、カイの両手分くらいの大きさだ。

 フェネセンが興味深そうに、その箱を眺める。


「カイにゃん達も、吾輩に何かプレゼントくれるのん?」

「ええ、もとはライト君からの依頼だったんだけどね」

「え?ライトきゅん?」

「そう、ライト君にお願いしたの。私達にもフェネセン、貴方の旅の無事を願いながら贈り物を作る機会をくださいって」


 セイとカイの話に、フェネセンは自分のすぐ後ろにいたライトの方に身体を向き直し、ライトの顔を驚いたように見つめる。


「ライトきゅん、今のセイにゃん達の話、ホント?」

「うん、ホントだよ。銀碧狼の毛糸とはまた別のものね」

「そんなにたくさん、吾輩がもらっちゃっていいの……?」

「もちろん!さ、フェネぴょん、早く開けて?ぼくもカイさん達とは話をしただけで、出来上がった実物はまだ見てないんだ」


 ライトに急かされたフェネセンが、カイの手から箱を受け取りそっとその蓋を開ける。

 ベルベットの綺麗な箱からは、外箱以上に美しいラペルピンが二つ、きれいに揃えられて並べて入っていた。


「……うわぁぁぁぁ、何て綺麗……」


 小箱を開けたフェネセンは、ピンクゴールド色の金属で作られたラペルピンの美しさに目を奪われる。

 フェネセンの横にいたライトもその箱を覗き込み、ほぅ……、と思わずため息を漏らしている。


 ラペルピンには二つのモチーフがあり、ひとつは大きくて立派な鳥の羽、もうひとつは盾を模したモチーフだ。

 その黒々とした艷やかな鳥の羽根は八咫烏のマキシの羽根であり、盾は外周が極小粒のダイヤモンドで縁取られていて中央に十字の線が入れられている。


 モチーフの裏には押しピンがつけられており、ボタンホールもしくは生地に直接針を通して裏側からは留め具を取りつける。そしてその二つのモチーフは、モチーフと同じピンクゴールドの三連チェーンで繋げられている。


「この羽はね、ライト君が持ってきてくれた八咫烏の羽根なのよ」

「うん、八咫烏の羽根は幸運の御守になるって、学園の図書室にあった本で読んだの」

「八咫烏の羽根……ってことは、マキシんぐの?」


 フェネセンが少し離れたところにいたマキシに目をやると、マキシはその視線に気づいたのかにっこりと微笑んだ。


「八咫烏の羽根は、幸運とともに大いなる輝かしい未来に羽ばたけるように」

「盾は、あらゆる危険からその御身を守ることを願い」

「私達三姉妹、心を込めてフェネセン閣下のためにお作りしたものです」


 カイがフェネセンの前に立ち、少し屈みながら彼の胸元にラペルピンを装着する。

 向かって右側に八咫烏の羽根を、左側に盾を、それぞれのローブの端に留める。モチーフを繋ぐ三連チェーンがローブの左右をも繋げる格好だ。


「うわぁ……フェネぴょん、すっごく格好良い!」

「本当ね、ローブの金糸の刺繍に負けるかと思ったけれど、全然そんなことないわね!」

「フェネセンさん……そのラペルピン、先程のドラゴン着ぐるみ【クー太ちゃんMarkⅡ】にも絶対に似合いますよ。ですから【クー太ちゃんMarkⅡ】を着用の際には、是非ともそのラペルピンもいっしょに着けてくださいね?」

「……え?アレにも似合う?……うん、クレアどんがそう言うなら間違いないよね、吾輩アレ着る時にはにこのラペルピンもいっしょに着ける!」


 ライトやメイがラペルピンを着けたフェネセンを絶賛する横で、クレアが何やらフェネセンの耳元でこしょこしょと囁いている。

 その悪魔の如き唆しに、疑うことなく頷いてみせるフェネセン。

 というか、あのドラゴンの着ぐるみには【クー太ちゃんMarkⅡ】なんて銘がついていたのか。そしてフェネセンよ、その【クー太ちゃんMarkⅡ】を一体どこのどういう場面で着る気だ。


「ところでセイにゃん、このラペルピン、二個入っているけど……?」

「ああ、それはね、ライト君とお揃いにしたのよ」

「え?お揃い?」

「そ、お揃い。ライト君が八咫烏の羽根を二枚持ってきたの。だから、フェネセンとお揃いで同じものを二個作ったのよ」

「ライトきゅんとお揃い……吾輩と同じもの……」


 箱に入っていたもうひとつの全く同じラペルピンを、キラキラとした瞳でしばし眺めていたかと思うと、フェネセンはライトにその箱を差し出した。


「ライトきゅん!吾輩と同じ、お揃いのラペルピンだって!」

「こんなに素敵なプレゼントをもらえただけでも嬉しいのに、ライトきゅんとお揃いだなんてもっともっと嬉しい!!」

「ねぇねぇ、せっかくだからライトきゅんも今ここで着けてよ!」


 破顔しながらライトにおねだりするフェネセンに、ライトも否やは言えない。

 ライトは自分でラペルピンを着けようとしたが、横からカイがスッ、と手が伸びてきてラペルピンを箱から取り出した。


「ライト君にも、私がつけてあげるわね」


 カイはそう言うと、フェネセンにしたのと同じようにライトの胸元にラペルピンを手際良く取り付けていく。

 お揃いのラペルピンを綺麗に取りつけられたライトを見て、フェネセンの笑顔は更に輝く。


「うん、ライトきゅんにもよく似合うよ!」

「そ、そうかな……?」

「うん、似合うだけじゃなくて、とってもカッコイイ!だって吾輩とお揃いだもの!」

「うん……うん、そうだね!」


 フェネセンの言葉に、ライトもニッコリと笑いながら大きく頷いた。


「じゃあ、ぼくからもお返しね。はい」


 ライトは一度大ホールの隅に置いてあったワゴンまで行き、その上にあった小さな袋を持ってきてフェネセンに渡した。

 フェネセンはその袋をそっと開ける。袋の中には銀碧狼の毛糸で作られた、ライトの手作りのねじり結びミサンガがあった。


「これ、ライトきゅんがあの銀碧狼の毛糸で編んでくれたの?」

「そうだよ。八咫烏の御守のことが書いてあった本に『フェンリルの抜け毛で作る、開運厄除けブレスレット』っていうのもあったから、それを参考にして作ったの」


 銀碧狼の毛で作られた毛糸、そこからさらにライトの手で編み込まれたねじり結びのミサンガ。

 キラキラと輝く白銀の毛糸の艷やかさもさることながら、丁寧に編み込まれた均整な編み目が一際美しい。編み目の大きさに一切ムラがなく、ひと編みひと編み丁寧に編み込んだであろうことが素人目にも分かる。


「本当はさ、本に書いてある通りにフェンリルの抜け毛で作るのが一番なんだろうけど、フェンリルの抜け毛なんてアテがなくってさ……」

「銀碧狼はフェンリルを祖に持つ末裔で、神聖な獣だって聞いてたから、銀碧狼の友達のアルとシーナさんで代用したの」

「本物のフェンリルじゃなくて、ごめんね……もし銀碧狼の毛糸のでも良かったら、受け取ってくれるかな?」


 ライトがちょっとだけ申し訳なさそうに、フェネセンに御守を差し出す。

 思わずフェネセンは、差し出されたライトの手を御守ごと両手でガシッ!としっかり握りしめた。


「吾輩、これがいい!フェンリルの毛じゃなくても……ううん、そこら辺に落っこちてる麻紐でも雑草の茎でも、ライトきゅんが作ってくれたものなら何でも嬉しい!」

「ライトきゅんが作ってくれるものが一番いい!」


 その言葉に、ライトは破顔した。


「じゃあ、ぼくが御守を着けてあげるね!」


 ライトはフェネセンの手を取り、その手首にミサンガを着ける。

 手首にぐるっとミサンガを巻きつけ、輪っかのある方にもう片方の紐の端を通して軽く結ぶだけの簡単な着け方だ。


 ライトに着けてもらった銀碧狼の毛糸の御守を、手首をくるくると回しながらとても嬉しそうに眺めるフェネセン。


「うん、これ、すっごくいい……魔力も高いし、魔法防御効果や様々な耐性もついている……長さもちょうど良くてぴったりだし」

「ライトきゅん、ありがとう!こんな素敵な御守を作れるだなんて、ライトきゅんは本当にすごいよ!」

「吾輩、ライトきゅんからもらったこの御守、一生大事にするね!」


 本当に嬉しそうに、ライトにバフッ!と勢いよく抱きつき礼を言うフェネセン。

 ここまで喜んでもらえるとは、ライトも思っていなかった。

 御礼とともに抱きついてきたフェネセンを受け止めたライトは、フェネセンの身体を抱きしめ返しながらフェネセンに語りかける。


「フェネぴょん……気をつけてお出かけしてきてね?」

「うん」

「あんまり危ないことしないでね?」

「うん」

「もしお手伝いが必要なら、レオ兄ちゃんとかラウルとか、クレアさんとか、誰でもいいから頼るんだよ?」

「うん」

「そして、たまには帰ってきてね?」

「うん」

「ぼくもレオ兄ちゃんも、ラウルも……ここにいる皆全員、フェネぴょんの帰りを待ってるからね?」

「うん」

「ずっとずっと……ずっと待ってるからね……」

「うん」


 ライトの声が、次第に小さくなっていく。

 消え入りそうな声でつらつらと語るライトのお願いや注意を、大きく頷きながら、うん、うん、とだけ返すフェネセン。


「吾輩、絶対に皆のもとに帰ってくるから」

「一分一秒でも早く旅を終わらせて、帰ってくるから」

「その時はライトきゅん、吾輩といっしょに世界中を旅しようね」

「……あ、レオぽんもいっしょに連れて行こうね?でないと吾輩、間違いなくレオぽんにヌッ頃転コロコロコロされちゃう」

「……ぷぷッwww」


 もう既に涙がポロポロと零れていたライトの顔に笑顔が浮かび、吹き出し笑いが漏れる。


「そうだぞ、フェネセン。この俺を置き去りにして、お前だけライトと世界中を旅するなんて絶ッ対に許さん」

「もしそんなことしてみろ、俺は地の果てまで追いかけるぞ!」

「いや、地の果てどころじゃ済まさん。天空島だろうが海底神殿だろうが地獄の底だろうが、必ず見つけ出して追いついてやる!」


 フェネセンが慌てて追加したフォローは遅きに失したらしく、あまり効き目がなかったようだ。

 フェネセンの言を聞いたレオニス、腕組みして仁王立ちしながらその背に火焔の渦をゴウゴウと燃やし散らす。


「ヒョエッ……レレレレオぽんも絶対にいっしょに行こうね?あっ、ぐりゃいふも行こうよ!」

「いえ、私にはスレイド書肆の店番という使命がありますので」

「えッ、ぐりゃいふしどい。じゃあ、クレアどんも行こうよ!」

「いえ、私にはディーノ村冒険者ギルド受付嬢という使命がありますので」

「えッ、クレアどんしどい。じゃあ、ラウルっち師匠も行こうよ!」

「いや、俺にはこのラグナロッツァの屋敷を守るという使命があるので」

「えッ、ラウルっち師匠しどい。カイにゃん、カイにゃんだけは吾輩を見捨てないよねッ!?」

「いえ、私にもアイギスとセイ、メイがおりますので……」

「えッ、カイにゃんまでしどい」


 世界中を回る旅の伴にレオニス以外の皆を誘うも、悉く断られるフェネセン。

 フェネセンにとっては最後の砦とも言うべき、心の拠り所であるカイにまでやんわりとお断りされて、膝から崩れ落ち四つん這い状態で打ちひしがれる。


「フェネぴょん、大丈夫だよ。ぼくがいるから」

「ライトきゅん……吾輩のことを一番思ってくれるのは、ライトきゅんだけだよぅぉぅぉぅ」


 ライトの首っ玉にガバッ!と抱きつくフェネセンと、そんなフェネセンの背中をポンポン、と優しく叩きながら宥めるライト。

 ヒシッ!と抱き合う二人に、周囲は明るい声で笑う。


 今夜のラグナロッツァのレオニス邸からは、明るく賑やかな笑い声が絶えることはなかった。





====================


 ミサンガというのは切れた時に願いが叶う、という御守ですが、フェネセンのことだから絶対に壊れないように頑強な防御魔法かけちゃうでしょうねぇ。

 というか、願掛けしたら肌身離さずつけっ放しにして、その上で自然に切れたら願いが叶うものだそうなので、持ち主であるフェネセンが特別に願掛けとかしなければ切れる必要もなさそう。

 いや、それ以前にライトから貰った大事な御守が切れた日には、世界の果てにいても号泣しながらライトのもとにすっ飛んできて修理をお願いしそうだ……

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