第146話 支部長執務室での密談
冒険者ギルドツェリザーク支部に戻った、ライト達一行。
時刻は午後4時半頃、その日の討伐や依頼達成などの申請や手続きでちょうど混雑する時間帯だ。
魔物の討伐はともかく、素材採取依頼などは割と豊富なのか、買取窓口らしきところがかなり賑わっている。
また、ちょっとだけ依頼の掲示板を参考として覗いてみたが、寒冷地ならではの除雪作業依頼がかなり多いようだ。
特に初心者のうちは、討伐依頼で魔物の脅威に直接晒されるよりも、除雪や素材採取などの危険性の低い安全な依頼で実績を積んでいく方がいいかもしれないな、などとライトは内心思う。
さて、一足先にここに来ているはずのクレアとクー太だが。一階のフロアにその姿が見当たらない。
クレアさん、どこにいるんだろう?とライトがキョロキョロと見回していると、クレハがライトに話しかける。
「クレア姉さんなら、おそらく支部長の部屋でクー太ちゃんとともにお茶どころかお菓子までいただいて、のーんびりのほほーんとしてるんじゃないですかねぇ?」
「あー……そうかも」
クレハに言われた光景が、すぐさまライトの脳内にくっきりと浮かび上がる。
とりあえずクレア達がいるかどうかを確かめるべく、ライト達は事務所の奥にある支部長用の執務室に向かう。
執務室の扉を開けると、果たしてそこにはクレハの予想通りの光景が広がっていた。
応接用の椅子にちょこんと座り、お茶とお菓子を優雅にいただくクレア。
その横には、クレア持参のドラゴン用おやつ『肉まんボール』を満足気にもっしゃもっしゃと食べるクー太。
そしてクレアの向かいの席には、上機嫌でクレアと歓談する支部長ハイラムの姿があった。
「あ、ライト君、フェネセンさん。おかえりなさーい」
「おお、クレハ君も帰還したか。接待任務ご苦労だった」
「グルァァァァ」
部屋の扉が開いた気配をすぐさま察知したクレアが、ライト達の姿を見て立ち上がり、おかえりの言葉をかける。
ハイラムやクー太もそれに続き、ライト達を出迎えた。
「ただいま戻りました。クレアさん、クー太ちゃん、お待たせしてしまってごめんなさい」
「クレアどん、お待たせッ!ぃゃー、クレハどんのおかげで無事良い物見つけられたよッ!」
「支部長、ただいま戻りました。ていうか支部長、姉と優雅にお茶ですか。そんなことより、邪龍の残穢の討伐報奨金の申請書類作成はもう作り終えてらっしゃるんですよねぇ?」
お目当ての品を無事入手できたライトとフェネセンはともかく、クレハは半目になりながら上司であるハイラムをジロリンチョ、と睨む。
クレハに睨まれたハイラムは、全く怯むことなく豪快に笑い飛ばす。
「ハッハッハ、もちろんさ!こちらにおられる『完璧なる淑女』であるクレア嬢と、そちらに御座す稀代の大魔導師フェネセン師。御二方の功績により、ここツェリザーク最大の危機がこんなにも早く瞬時に解決されたのだ。我等も最大限の礼と誠意を尽くさねばなるまい」
「冒険者ギルドツェリザーク支部長権限で、既に報奨金支給の承認は通っている。明日中にはそれぞれの口座に、報奨金が等分で支払われる手筈になっている」
「万事抜かりはないので、安心してくれたまえ」
ハイラムは胸を張りながら、報奨金手続きのことに関して解説した。
そんな誇らしげなハイラムに、クレハがススススー、と近づき何やら耳打ちをする。
「あ、支部長。その報奨金等分の話なんですが……ゴニョゴニョ……モニョモニョ……モショショショショ……」
「ん?……んん?……テバブ?……差し引け?」
どうやらクレハは先程食べた昼食のテバブ代30個分、〆て1500Gをクレアの方の報奨金から差し引くように、ハイラムに進言しているようだ。
しかし当のハイラムは実に、実ーーーに渋い顔をしている。
その渋い顔を見たライトは、一体何事か?何かマズいことでもあったのか?と心配そうな顔つきで、二人を見ていた。
ハイラムとクレハは、一度ライト達にニカッ!と爽やかな笑顔を向けてから、クルッ!と180度回転してライト達に背を向けて、何やらゴニョゴニョとひそひそ話を続ける。
「いや、しかし……討伐報奨金から彼らの昼食代を差し引くなどと……そんなことは……」
「別にギルドの経費から出してくれてもいいんですよ?もともと接待ですし」
「……いや、さすがに公費から堂々と支払う訳にも……」
「でしたら、支部長個人のお財布から出してくれるんですね?」
「んぐぬぬぬぬ……」
苦渋に満ちた顔つきのハイラム、しばらく首を上下左右捻りながら考え込んでいたが、意を決したようにクレハにだけ聞こえるように囁く。
「……分かった。ではクレハ君が建て替えた昼食代は、私個人が後ほど改めて君に渡そう」
「了解しましたー」
このハイラム、どうやら恩人であるクレアの前ではかなり格好つけたいらしく、クレハの進言通りにクレアの討伐報奨金から昼食代を差し引くことにかなり抵抗があったようだ。
本来なら討伐報奨金から差し引かれるべきその昼食代の半分以上を食したクー太含むクレアに、その代金を面と向かって請求し支払わせるくらいなら……と、ハイラムは自分のポケットマネーから補填する方を選んだのだ。
その
だが、その侠気を向けられた当のクレアはそれを知る由もない。
侠気を見せたハイラムとて、まさかクレア本人に
「貴方方の本日の昼食代はこの私、ハイラムが全額負担いたしましたからね!」
などと大っぴらにアピールすることなど、できようはずもないのだから。
密談を行ったクレハしか知らない、人知れず行われたハイラムのその健気な侠気は、いつしか大輪の花が咲くのだろうか?
そのような緊迫した
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、ではそろそろ御暇しましょうか」
「そだねー、ライトきゅんもたくさん歩いたから疲れただろうし」
「レオ兄ちゃんが心配する前に、明るいうちに戻ろっか」
「ガオオォォン」
今日のツェリザークでの目的を全て達成したライト達一行は、ディーノ村に帰ることにした。
「名残惜しゅうございますな。皆様方、是非ともまたいつかこのツェリザークにお越しください。特に夏は涼しくて過ごしやすいですぞ、夏の避暑地としてここツェリザークは最も有名かつ適した土地ですからな」
「私も今日は皆様方のおかげで、楽しい一日となりました。ライト君、フェネセンさん、またお会いできる日を楽しみにしております。クレア姉さんにクー太ちゃんも、また実家に戻った時にいっしょに遊びましょうね」
ハイラムとクレハが、ライト達に向けて別れの挨拶を述べる。
今日会ったばかりの人達なのだから、そこは社交辞令でもおかしくないとは思うのだが、それでもライトは彼らの表情や語り口からその言葉は本心から述べてくれているものだと感じていた。
「ありがとうございます。ぼく達の方こそ、今日はとてもお世話になりました。またいつかここツェリザークに来たいです!」
「うんうん、吾輩もそのうち氷の洞窟内部に行くしねー。そん時にまたツェリザークにも寄るかもー!」
「今日は私も討伐報奨金の新しい制度のことなど、大変勉強になりました。クレハも良い上司の方に恵まれていることを知ることができて、姉として本当に嬉しく思いますぅ」
転移門のある部屋に移動しながら、五人と一頭で和やかに会話を交わすライト達一行。
とうとう転移門の部屋に到着し、別れの時が迫る。
「ライトきゅん、忘れ物とかないよね?」
「うん、多分大丈夫。フェネぴょんこそ大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!ま、もし何か忘れ物あったらクレハどんからクレアどんに伝えてもらえばいいよ!」
「はい、そこら辺はお任せください」
「じゃ、今日は本当にありがとうございました!皆さんさようなら!」
「ばいばーい!」
ライト達は転移門でディーノ村に移動し、ツェリザークを後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ディーノ村の冒険者ギルドの転移門に瞬時に移動したライト達一行。
今度は転移門の陣から、クレアとクー太だけが外に出る。
「クレアさん、今日は本当にありがとうございました。クー太ちゃんもありがとう、ぼくとっても楽しかった!」
「いえいえ、こちらこそクー太ちゃんとアルちゃんの夢の二大天使対面企画が実現できて、本当に本当に楽しかったですぅー。しかもクー太ちゃんとアルちゃん、とても仲良く遊んでお友達にもなれましたし……ああ、このクレア、今日はあまりにも幸せ過ぎて……もし万が一、このままポックリ死んだとしても『わが人生に一欠片の悔いなし!』と断言できるでしょう」
「いやいや、そんな縁起でもない……クレアさん、長生きしてください……」
「クレアどんもなかなかに重症だねぃ……」
クレアがそれはもううっとりとした表情で、今日の数多のシーンを思い出しながら蕩けている。
普段表情が劇的に変わることのないクレアの、あまりにもデレた顔にライトとフェネセンは苦笑いするしかない。
「では、私もクー太ちゃんとともに帰ります。本日はお疲れさまでした。ライト君もフェネセンさんも、お気をつけてお帰りくださいね」
「クレアさんもお疲れさまでした。もしまた護衛をお願いすることがあったら、よろしくお願いします」
「今日は吾輩もクレアどんと一日いっしょにいれて、とっても楽しかったよ!クレアどん、クー太ちゃん、また遊ぼうねーぃ!」
転移門の陣の中と外、お互いに手を振りながら別れていった。
====================
ライトの初の素材採取兼日帰りツアーであるツェリザークの旅も、ひとまず無事完了です。
いつかこのツェリザークを舞台にした夏の避暑地SSでも書けたらいいなー、と思いつつ。ぃゃぃゃSS書く余裕なんかねぇじゃん、まずは本編よ本編、SSなんつー寄り道はちゃんとした本編あってこその贅沢ですからね!?と自戒する作者でした。
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