第145話 ルティエンス商会
再び大通りに出たライト達は、クレハの案内でルティエンス商会に向かう。
「ルティエンス商会は、このツェリザークでも指折りの老舗なんですよー」
「主に骨董品や遺跡から出た品を売っているお店ですが、先程の特殊氷嚢のような珍しい魔導具類のようなもの?もそこそこ扱いがあったはず」
「だから氷蟹売りの店主もオススメしたんじゃないですかねー」
のんびりと歩く道すがら、クレハがルティエンス商会について軽く説明をしてくれた。
その説明を聞いているうちに大通りに出て、しばらく歩くととある店に着いた。
「こちらがルティエンス商会です」
クレハが教えてくれたその店は、規模こそ大きくないが外観は威風堂々としていて歴史を感じさせる建物だ。
「うーん、このお店にクー太ちゃんは連れて入れそうにありませんねぇ……私はクー太ちゃんといっしょに一足先に冒険者ギルドに戻り、討伐報奨金の手続きの話等を聞いてくることにします。ですので、ライト君達はゆっくり見て来てくださいね」
「クレアさん、すみません……なるべく早く見終わるようにします」
「いえいえ、いいんですよ。お買い物が終わりましたら、冒険者ギルドに来てくださいね。あちらでクー太ちゃんといっしょにお茶でもいただきながら、のんびりとお待ちしておりますのでー」
「分かりました」
クレアはライトに気を遣ってか、あるいはクー太を外で待たせるのが忍びないのか、どちらか分からないが先に冒険者ギルドに戻ると言いライト達一行と別行動を取ることにした。
クレアと一旦別れたライト達は、ルティエンス商会の中に三人で入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごめんくださーい……」
カラン、カラン……。
ルティエンス商会の扉を開くと、扉の内側につけられた鈴が鳴る。軽やかで心地の良い、澄んだ音色だ。
その鈴の音を聞いてか、店の奥から人が出てきた。薄墨色の髪に青墨色の瞳、左眼に片眼鏡をかけている、一見して人当たりの良さそうな感じの初老の男性だ。
「いらっしゃい。何かお探しの品でもおありですかな?」
「あ、はい。えーと、このお店に特殊氷嚢があるかもしれないと聞いて、こちらに来ました」
「特殊氷嚢ですか?普通の氷嚢ではなくて、アイスライム変異体の粘液の?」
「はい、それです」
「……ありますよ。少々お待ちくださいね」
物腰の柔らかい語り口の、店主と思しき初老の男性は再び店の奥に入っていく。
待っている間、ライト達は店内の品物を見て回る。事前に聞いたクレハの説明通り、遺跡から出たらしい品々や年季を感じさせる謎のアイテムなどが多数並べられていた。
所狭しとばかりに左右の壁一面に掛けられた、大小様々なサイズの数多のお面がライト達をじっと見つめているようで、ライトとクレハは何だか落ち着かない。これらのお面も全て売り物なのだろうか?
一方フェネセンは、お面の視線などどこ吹く風で謎の品々を興味津々の眼差しで眺めていた。
「お待たせしました。こちらが今当店にひとつだけある特殊氷嚢です」
「「……おおおお……」」
店の奥から戻ってきた店主が持ってきたそれは、先に氷蟹売りの店主から入手したものよりも若干小振りに見えた。
外側の作りは先の物と同じ革袋で、サイズは大人の手のひら大くらいか。側面は薄く、前世でいうところのスキットルのような感じの作りである。
「特殊氷嚢って、やはりとても珍しいものなんですか?」
「そうですね、アイスライムの変異体自体が滅多に捕まえられない代物ですし」
「ですよねぇ……そしたら、この特殊氷嚢もお値段かなりお高いですか?」
「…………」
店主はライトとフェネセンをじっと見ながら、何かを考え込んでいるようだ。
ライトは店主の返事を待っていたが、そのあまりにも長きに渡る沈黙に耐えかねてとうとう声をかけた。
「……あの……おじさん?」
「……ああ、すみません。私としたことが、ちょっと考え込み過ぎてしまいましたね」
店主はライトの呼び声に我に返ったのか、慌てて返事をした。
不安そうに店主の顔を伺うライト。
「実はこの店の品物の値段は、あってないようなものなんですよ」
「え?そうなんですか?」
「はい。品物の値段はもとより、売るか売らないかも実は私が決めることではないのです」
「「「???」」」
店主の不可思議な物言いに、ライトやフェネセンだけでなくクレハも首を傾げる。
「……まぁ、そこら辺はお話してもすぐにご理解いただけるとは思っておりませんので、今はお気になさらず」
「とりあえず、その特殊氷嚢は1000Gでよろしければお売りしますが。如何ですか?」
「えっ、そんな安くていいんですか!?」
店主は何やら言葉を濁しながら、特殊氷嚢の売値を伝えてきた。
その価格、何と驚きの1000G!その特殊性や稀少さを考えたら、まず間違いなく5桁はするだろうと思っていたライトにとっては、まさに破格の値段である。
「もちろんですよ。本当ならただでお譲りしてもいいのですが、さすがにそれでは物を売る商会の体を成しませんし」
「古来より『ただより高いものはない』なんて言葉もあるくらいですしねぇ」
軽やかに笑う店主だが、ライトは戸惑うばかりだ。だが、フェネセンはというと……
「ライトきゅん!1000Gで買えるなら買っちゃおうよ!いや、買うしかないでしょ!」
「こんな珍しいもの、次にいつ巡り会えるか分かんないよ!?」
確かにフェネセンの言う通り、特殊氷嚢などという珍品はここツェリザークでしかお目にかかれない品だろう。しかも、次にツェリザークを訪れる機会とていつになるか分からないのだ。
「えっと、じゃあ、1000Gで売ってもらっていいですか?」
「はい。お買い上げありがとうございます」
ライトは財布からお金を取り出し、店主に渡す。
先程フェネセンが氷蟹の代金の半分を出す!と言ったが、そうしてもらうまでもなくギリギリ足りたようだ。
代金の1000Gを店主に渡すと、店主は特殊氷嚢をライトにそのまま手渡した。
ライトは受け取った特殊氷嚢を、大事そうに自分の鞄に仕舞う。
「ありがとうございます!」
「いいえ、どういたしまして。こちらも今日は貴方方にお会いできて嬉しゅうございました」
「「「???」」」
「またいつか、お会いすることもございましょう。再びツェリザークにお越しの際は、是非ともまた当店にお立ち寄りくださいませ」
ルティエンスの店主が、ライト達に向けて深々と頭を下げる。
目的の品を無事入手したライト達は、ルティエンス商会を後にした。
「何だか不思議なお店だったねぇ」
「うん、お店の中の品もとーっても不思議だったけど、それ以上にあの店主のおじさん自体がすんげー不思議な人だったねぃ」
「ルティエンス商会はここツェリザークでも指折りの老舗ですから、私も名前だけは知っていましたが、中に入ったのは今日が初めてでして……いやぁ、本当に不思議なお店でしたねぇ」
三人して不思議を連呼するしかなかったが、何しろ不思議としか言いようがないのだから致し方ない。
というか、あのフェネセンをして不思議と言わしめるルティエンス商会店主、果たして何者なのか。きっと只者ではあるまい。
フェネセンが懐中時計で時刻を確認すると、午後4時を回っていた。
空は見渡す限りのどんよりとした重たい灰白色のため、太陽のある方向はいまいち分からないが、それでも朝や正午頃よりは薄暗くなってきているような気がする。
「今4時ちょい過ぎだから、ぼちぼちディーノ村に戻る頃合いかなー」
「そうだねー。皆へのお土産も十分買えたし、もうそろそろ帰ろっかー」
ライト達三人は、冒険者ギルドツェリザーク支部に向かって歩いていった。
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文中の『所狭しとばかりに左右の壁一面に掛けられた、大小様々なサイズの数多のお面がライト達をじっと見つめている』というシーン。
これを夜中にトイレに起きた時に体験したら、間違いなく目的地に辿り着く前に決壊からの大洪水という悲劇に至る自信がありますね><
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