第134話 いざ、ツェリザークに出発

 翌朝5時。

 ライトとフェネセンは既に起きて、軽く朝食を摂っていた。

 ちなみにレオニスはまだベッドの中で寝ている。

 いつものレオニスならば、既に起きて出かけるライト達の世話を焼いているであろう場面だが、昨今は空間魔法陣の付与研究の追い込み真っ最中なので疲労もかなり溜まっているのだろう。

 そんな疲れて寝ているレオニスを起こさないように、ライトとフェネセンは静かに出かける支度をする。


「さ、じゃあそろそろラグナロッツァのラウルのところに行こうか」

「うぃうぃ、お昼ご飯受け取りに行かないとねッ」


 二人は静かにライトの部屋に行き、転移門でラグナロッツァの屋敷へと移動した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラグナロッツァの屋敷に移動したライトとフェネセンは、まず階下に下りてラウルの姿を探す。

 とりあえず食堂に行ってみると、ラウルとマキシがいっしょに朝食を摂っているところだった。


「ラウル、マキシ君、おはよう」

「おう、ライトにフェネセン、おはよう」

「マキシ君、固形のご飯食べれるようになったの?」

「はい、おかげ様でパンとかの軽めのものから食べ始めてます」

「そっか、良かったね!」


 マキシの体調も日々良くなっているようで、ラウルはもちろんライトも我が事のように喜ばしく思っていた。


「ラウル、それ食べ終わってからでいいから、昨日頼んでおいたお昼ご飯をフェネぴょんに渡してくれる?」

「了解。フェネセン、空間魔法陣開いてくれ」

「はぁーい」


 ラウルが自分の空間魔法陣の中から、昨晩作ったであろう料理が入っていると思しき数多のバスケットがテーブルの上にどんどん並べられる。

 フェネセンはそれを自分の空間魔法陣にどんどん入れていく。

 さながらバケツリレーのようである。

 その横で眺めていたライトが、ラウルに話しかける。


「ラウル、ツェリザークのお土産は何がいい?」

「そうだなぁ……氷蟹売ってるの見かけたら、どの部位でもいいからあるだけ買ってきてくれるか?」

「氷蟹ね、分かったー」


 氷蟹、以前レオニスが仲間の冒険者に奢れと迫ったフルコース料理の食材である。

 フルコース料理になっていることからも分かる通り、結構な高級食材にして氷の洞窟に近いツェリザークならではの名物品なのだ。


「あるだけ買うとなると結構な値段するから、買い物の費用渡しておくぞ」

「あ、それはいいよ。レオ兄ちゃんからお土産用のお金をそれなりにもらってあるから」

「いいのか?」

「うん。それに、氷蟹買ってきたらぼく達にも少しは食べさせてくれるんでしょ?」

「そりゃもちろん」

「だったらいいよ。あったらありったけ買ってくるし、もし買えなかったらごめんね」

「おう。初めての遠出、気をつけて楽しんでこいよ」

「ありがとう!」


 お昼ご飯を受け取り終えた二人は、ラウルとマキシに見送られながらディーノ村の冒険者ギルドへと移動した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ライト君にフェネセンさん、おはようございます。」


 ディーノ村の冒険者ギルドに到着すると、転移門のど真ん前にクレアとドラゴンのクー太が既にライト達を待っていた。

 今日のクレアは非番なので私服のはずだが、冬支度のコートからスカートからベレー帽やその他の荷物等々、何から何まで全てラベンダー色で包まれている。しかもその背には、彼女の身の丈以上の大きさはあろうかという巨大なラベンダー色のハルバードまで背負っている。

 さすがクレア!としか言いようのない、立派なこだわりと出で立ちである。


「クレアさん、おはようございます」

「クレアどん!やっほーぃ!お久しぶりだぁねーい!」


 フェネセンが挨拶も早々に、クレアにダイビングハグをする。

 クレアはフェネセンの突進をものともせず、直立不動で受け止める。


「フェネセンさん、お久しぶりですねぇ。今日は私とともにライト君の護衛任務、よろしくお願いしますね」

「うぃうぃ、ライトきゅんもクレアどんも吾輩が守るからねッ!」

「世界一の凄腕大魔導師に護衛してもらえるとは、頼もしい限りです」


 クレアとフェネセンが和やかに再会を喜ぶ横で、ライトはクレアの横にいる存在に釘付けになっていた。

 そう、それはクレアが溺愛し天使と呼んで憚らないペット、ドラゴンの幼体クー太である。



『あれが、ドラゴンの幼体のクー太……!ゲームのデザインと全く同じだ!』

『あのクー太をドラゴンの卵から孵化させるために、どれほどの肉まんボールを貢いだことか……』

『でも、こうして動く実物を目の前で生で見れるというのは、なかなかに感動ものだなぁ……』



 光沢のある艷やかな金茶の鱗に包まれ、靭やかな四肢や流線型の尻尾がまた力強く美しい。

 波のような二本の角に二つの翼、鋭い眼光に黒い爪、どこをとっても立派なドラゴンである。

 ただし、普通のドラゴンと違うのは、その首につけられた赤いベルトタイプの首輪か。


 竜の顎の下、喉元には逆さに生えた鱗―――いわゆる逆鱗と呼ばれる部位が存在するというが、その逆鱗を首輪で覆い隠すことによって保護しているのだろうか?

 しかしこの首輪も、何気に縁がフリルで飾られていたり宝石?ガラス?の綺麗可愛いデコレーションが施されているあたり、クレアのこだわりのお洒落ポイントにして溺愛の証でもあるのだろう。


 大きさ的には、前世で言うところの成牛くらいであろうか。

 幼体といいつつ人間目線で見ればそれなりに大きく感じるが、成体のドラゴンともなればもっともっと大きくなるのだろう。


「ああ、ライト君はうちの可愛い天使クー太ちゃんと会うのは初めてですね」

「はい!ぼく、こんな近くでドラゴンを見るの初めてです!カタポレンの家の周辺にはドラゴンいませんから」

「あら、そうなんですか。まぁ、ドラゴンを目にする機会なんてのも滅多にないことですからねぇ。ライト君、よければクー太ちゃんに触ってみますか?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん。うちのクー太ちゃんはお利口さんですからね、乱暴な扱いしたり悪意を持たなければ大丈夫ですよ」


 ライトがクー太をマジマジかつキラキラとした目で見つめていたことにクレアが気づき、ライトに触ってみることを提案してくれた。

 ライトはおそるおそるクー太に近づき、そっと背中を撫でてみる。

 鱗のある生き物だから、爬虫類のようなひんやりとした体表なのかと思ったがそんなことはなく、ほんのりとした温かい体温を感じた。


「クレアどん、吾輩もクー太ちゃん触っていーい?」

「あっ、フェネセンさんはダメですよ?だって貴方、前回クー太ちゃんに会った時興奮のあまり撫でくり回しすぎて、怒ったクー太ちゃんに渾身の竜の咆哮ドラゴンブレス吐かれたじゃないですか」

「えッ、そうだったっけ?」


 フェネセンのお触り申請を、速攻で却下するクレア。

 しかし、クレアのその口から語られた却下理由を聞くに、それは断られても致し方ない。


「ええ、そうですよ。しかもクー太ちゃんから全力の竜の咆哮をバンバン連続で浴びせられてるというのに、全くダメージを受けないどころかピンピンしたままずっと撫でくり回し続けたでしょう?」

「おかげでうちのクー太ちゃん、しばらく凹んで自信喪失してしまったんですからね?そこから立ち直るのに、すっごーく時間かかったんですよ?」

「あああ、クー太ちゃん可哀想に……ョョョ」


 クレアが芝居がかった泣き真似をするが、当のクー太もその時のことを覚えているのかフェネセンを見て若干涙目になりながらプルプルと震えている。

 クー太のその様子を見るに、クレアの語った前回の二者の出会いエピソードは嘘偽りのない事実なのだろう。


「えー……せっかくクレアどんとクー太ちゃんのために、アイギスでお揃いのペンダントヘッド作ってもらってきたのになぁー」

「……ん?」

「今日は寒冷地に向かうから、そのペンダントヘッドに防寒用の適温維持の魔法付与もしといたのにぃー」

「……んん??」

「でも仕方ないかぁ、これはまたいつか他の機会に使うことにしy」

「……コホン。フェネセンさん。そのペンダントヘッドをクー太ちゃんの首輪につける際に少しだけ、そーっと撫でるくらいなら触ってもいいですよ?」


 しょんぼりとしながら呟いたフェネセンの言葉の内容に、クレアの態度は一変する。

 なかなかに現金な態度ではあるが、大魔導師フェネセンが魔法付与を施した魔導具、しかもアイギス製とあらばその素早い手の平返しも当然のことか。


「え、いいの?」

「ええ、ですがあくまでも優しーく、ですよ?間違っても前回のように、興奮してしがみついたりしちゃダメですよ?」

「うん、分かったー!」


 クレアの許可を得て、パァッと顔が明るく輝くフェネセン。

 クー太の首輪にペンダントヘッドをつけるべく、クー太に近づいていく。

 涙目で怯えながら後退りするクー太に、クレアが優しく声をかけて宥める。


「クー太ちゃん、怖がらなくても大丈夫ですよ?ちょっと触るだけですから」

「グルルルゥ……」


 クー太は飼い主であるクレアの言うことを聞こうと、必死に堪えているようだ。

 フェネセンは適温維持の魔法を付与したペンダントヘッドを、お座りして首を前に下げたクー太の赤い首輪のハトメ穴に鎖を通してぶら下げた。

 その後、クレアに言われた通りにそーっとクー太の頬や立派な角を撫でる。

 その様子に、クレアは少しだけ目を見張りながらフェネセンを眺める。


「フェネセンさんが、人の言うことをこんなに素直に聞くなんて……何かの前触れですかね?」

「ンー、やっぱドラゴンってカッコいいよねぇ!吾輩もいつかクレアどんのように、ドラゴンを飼ってみたいなぁ」


 クー太を撫でることができてご機嫌なフェネセンは、クレアの独り言が聞こえていないようだ。


「でもなー、吾輩旅に出てばかりだからなー、幼体の飼育とか無理かなー」

「あッ、クレアどん、クー太ちゃんとのお揃いのペンダントヘッドこれね、はいどうぞ」


 フェネセンは思い出したかのように、先程クー太につけたペンダントヘッドと全く同じものをクレアに渡す。


「あ、ありがとうございますぅ」

「ペンダントとして身につけてもいいし、服のポケットに入れて持っておくだけでも効果は出るよん」

「分かりました。ではそろそろツェリザークに移動しましょうか。フェネセンさん、転移門の動力提供お願いできますか?」

「うぃうぃ、お安い御用さ!」

「では行きましょう」

「「はーい!」」


 ライトとフェネセン、クレア、クー太は転移門の陣の中に入り、ツェリザークへと飛んだ。





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 ずっと名前だけ出てきていた、ドラゴンの幼体クー太ちゃんの初登場です。

 まぁ見た目は普通にドラゴンなんですが、クレアに言わせれば癒やしの天使さんなのです。

 ですが、小さくてもドラゴンはドラゴン。幼体とはいえ、ドラゴンが全力で放つ竜の咆哮をバンバン浴びてもへっちゃらなフェネセン。

 そしてそのフェネセンですらも、何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディーのクレアにはレオニス同様敵わないようです。

 やはりこの世界における真の覇王とはクレ(以下ピーーー

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