第131話 クレアへの伝達
表題のない本の復元された後半部分を一通り読み終えたライトは、ふぅ、と小さなため息をつきながら静かに本を閉じた。
アクシーディア公国の旧首都ファウンディアが、廃都の魔城になったきっかけの事件。その全貌までは分からないが、その内容と終わり方を見るにおそらく亜空間接触実験とやらが原因なのだろう。
人類存亡を賭けて、様々な手段を講じたりスキル開発に励んでいた当時の人々の様子が本の記述から伝わってくる。
それだけに、彼らのその懸命な努力が報われることなく―――逆に人類だけでなく全ての存在と敵対し仇なす魔城と化してしまったことに、ライトの胸が痛む。
ひとまずこの本の内容は明日、ラグーン学園から帰ってからレオニスに伝えることにしてライトは本を棚に戻し就寝した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あっ、そういえばクレアさんに氷の洞窟にフェネぴょんも護衛につくってこと、伝えておかなくちゃ」
ラグーン学園からラグナロッツァの屋敷に帰ったライトは、制服を脱いで私服に着替えてからすぐに転移門でカタポレンの家に移動し、そこからすぐにディーノ村の冒険者ギルドに転移移動した。
二度転移しなければならないが、ラグナロッツァの屋敷の転移門はカタポレンの家の転移門としか行き来できないよう設定してあるので、致し方ない。
ディーノ村の冒険者ギルドに移動したライトは、クレアがいるであろう受付カウンターに向かった。
「クレアさん、こんにちは」
「あら、ライト君。昨日一昨日に今日もお越しとは、三日連続のこんにちはですねぇ」
「クレアさんもお忙しいのに、すみません」
「いえいえ、将来有望にして私の癒やしのもとでもあるライト君ならば、三日と言わず毎日来てくださってもいいんですよ?」
「ハハハ、ありがとうございます……」
相変わらず飄々としたクレア、癒やしのもと扱いされるライトは苦笑する他ない。
「えーとですね、今日来たのは土曜日の氷の洞窟行きについて、ちょっとお伝えしなきゃならない連絡事項ができまして」
「おや、何かありましたか?」
「氷の洞窟行きにフェネぴょん……いえ、フェネセンさんも護衛として同行する!と言い出しまして……」
「え?フェネセンさんって、あの大魔導師のフェネセンさんですか?」
クレアは少しびっくりしたような表情で、ライトに聞き返した。
「はい、そのフェネセンさんです」
「んまぁ、いつの間にこの国に来てたんですかねぇ?」
「えーと、一ヶ月くらい前にレオ兄ちゃんを訪ねてカタポレンの森の家に来て、その後すぐにラグナロッツァの家の方に行っていました。ですので、クレアさんと顔を合わせる機会が全くなかったかと……」
「そうなんですか。まぁ何にせよ、私としてもフェネセンさんにお会いするのは久しぶりのことですねぇ」
フェネセンの名を聞いても何の動揺も示さないあたり、クレアとの仲は悪くはなさそうだ。
「クレアさんは、フェネセンさんとは仲良いんですか?」
「ん?仲、ですか?そうですねぇー……決して悪くはないし、かといってものすごーく親密という訳でもないし、まぁ普通に会話する程度にはお互いよく見知った顔、といったところでしょうかね?」
フェネセンの場合、その「普通に会話する程度には」というのがなかなかにハードルが高いのだが、さすがはクレアと言うべきか。
「そしたら、クレアさんといっしょにフェネセンさんも護衛として同行してもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん私に異存はありません。むしろか弱い私などより、何倍も何十倍も心強い護衛ですよ。何せ彼は稀代の天才大魔導師ですからね、私達の旅の安全はもはや完全に保証されたも同然です」
「そうですよね!フェネセンさんも、クレアさんに会いたがってましたよ」
クレアの快諾を得られたことに、ライトは安堵した。
「フフフ、フェネセンさんがいるなら行き帰りの転移門の動力提供も頼めますねぇ」
「あらまぁ、そしたらレオニスさんからいただく動力用の魔石がまるまる節約できてしまうではないですか!」
クレアが何やら算盤を弾いているようだ。
「そしたら、浮いた経費でアルちゃんへのお土産でも買いましょうかね?」
「ああでもギルドの経費でそれをすると、いつどこからツッコミされるか分かりませんねぇ……横領疑惑かけられても嫌ですし」
「んー、ならばギルドの臨時収入獲得実績として上に申請して、私の給料にその功績をいくらか反映してもらうことにしましょう」
「そしてその臨時収入で、うちのクー太ちゃんとアルちゃんにお揃いのリボンを買うのです!」
ディーノ村の冒険者ギルドの経理も担当するクレア、当然経費のことにも精通している。
その知識をもとに、臨時ボーナスを獲得しよう!という計算らしい。
グッと拳を握りしめて力強くボーナス獲得宣言するクレア、実にバイタリティ精神溢れる勇姿である。
「では、土曜日にはぼくとクレアさんとフェネセンさん、それにドラゴンのクー太ちゃんでツェリザークと氷の洞窟に行く、ということでよろしくお願いします」
「了解です。今からとても楽しみですねぇ」
「はい!」
フェネセンの同行をクレアに無事伝えられたライトは、再びカタポレンの家に転移した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー」
カタポレンの家に帰宅したライト。ひとまずレオニスの書斎に向かう。
レオニスは、机に突っ伏しながら寝ていた。また昨夜も徹夜したのだろう。
しょうがないなぁ……とライトは思いつつ、寝室に引き返し毛布を持ってきてレオニスの背中にそっと掛ける。
いつもなら叩き起こしてでも寝室で寝るように促すライトだが、たまにはそのまま寝かせてやってもいいか、と思う。
後で食事を運ぶ時にまた様子を見ることにして、ライトはラグナロッツァの屋敷に戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ラグナロッツァの屋敷では、フェネセンがラウルに料理指導を受けている最中だった。
ライトは食堂を覗いてから厨房に行き、二人の姿を確認してから話しかける。
「ラウル、フェネぴょん、ただいまー」
「お、ライト、おかえりー」
「ライトきゅん、おかいもー!」
ライトが二人のもとに行くと、どうやら今日の晩御飯の支度をほぼ終えたところのようだ。
「ラウル、今日はぼくもこっちで皆といっしょに晩御飯食べてもいい?」
「おう、それはもちろんいいが、レオニスはどうした?」
「うん、それがね、机で寝てたから起こすのも可哀想で。そのままそっとしてきたから、後でレオ兄ちゃんの晩御飯運ぼうかと思ってさ」
「そうか、分かった。そういうことならレオニスの分だけまた空間魔法陣にしまっておくわ」
「ありがとう、そうしといて」
ライトとラウルが話している間に、フェネセンが食器や飲み物の用意をしている。
ラウルのようにテキパキとした慣れた手つきや動作ではないが、それでもなかなか様になってきているようだ。
「フェネぴょん、ラウルからお料理のことたくさん習ってる?」
「うん!食材の特性とか焼く、煮る、蒸すとかの基本的な調理方法とか習ったよ!」
「そっかぁ、フェネぴょんも魔導具作成とか忙しいのに偉いねぇ」
「えっ、そう?吾輩偉い?ンフフフ♪」
もともと褒められるのが大好きなフェネセン、ライトに褒められて素直に嬉しそうだ。
ライトも給仕を手伝い、食堂で三人揃ってから晩御飯を食べ始める。
「そういえば、マキシ君のご飯はどうしてるの?」
「あいつずっと胃が空っぽな状態で昏睡してたから、今はまだお粥とかの胃に優しいものしか食べさせてないんだ。でも目が覚めてから十日は経ったし、そろそろ固形の食事を食べてもいい頃だとは思うがな」
「そうなんだ。じゃあ、フェネぴょんがお出かけする前に、皆でいっしょにご飯食べようよ!」
「お、それいいな。マキシも人化の術を長時間使えるようになったからな」
「うん、マキシ君の全快お祝いもしたいよね!」
「そしたらライトの方からレオニスに言っといてくれるか?」
「分かった、後でレオ兄ちゃんに話しておくね!」
晩御飯を食べ終えた三人は、各自使用した食器を下ろす。
本来ならばこの屋敷唯一の執事たるラウルの仕事だが、レオニスの家ではその程度のことなら各自で済ますのがルールである。
特に今はフェネセンへの料理指南中ということもあって、皿洗いや食器を所定の位置に仕舞うのはフェネセンの仕事である。
「あっ、フェネぴょん、もしこの後忙しくなかったらレオ兄ちゃんの食事を届ける時にいっしょに来てもらえる?」
「ン?お皿洗い終わってからでいいなら行くよー」
「大丈夫だよー、二階の転移門の部屋で待ってるねー」
フェネセンは何のためかと特に聞き返すこともなく、ライトの頼みに即快諾した。
ライトは二階の元宝物庫部屋でラウルからレオニスの分の食事が乗せられたワゴンを受け取り、ラウルはそのままマキシのいる部屋に様子を見に移動する。
フェネセンがラウルと入れ替わりで部屋に入ってきた。
二人はワゴンとともに、カタポレンの家に移動した。
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クレアとフェネセン。それは作者の中で手に負えなゲフンゲフン、よく動き回ってくれる二大キャラですが。
二人の邂逅や如何に―――
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