第107話 二つの問題点

 ライト達は、行き倒れのカラスが寝かされている部屋に入った。

 フェネセンが診る前に、ベッドに張られた結界を解き四隅に配置した魔石を取り除いた。魔力が充満したままでは、きちんと診ることができないからである。


「ふーーーん……ふむふむ……なるほど、これは……」


 フェネセンはカラスの身体をしげしげと眺めたり、羽や胴体、頭などあちこち触りながら観察している。

 一通り触ってある程度目処がつくいたのか、カラスの身体を解放してレオニス達のもとに近づいてきた。


「これはアレだね、何とかしなきゃいけない問題は二つあるねぃ」

「二つ?それは一体どんな問題だ?」


 ラウルが前のめりになり、食いつくようにしてフェネセンに問い質した。


「ンーとねぇ、まずは目を覚まさない方の問題からね。これは、この子が深く心を閉ざしていることが原因なんだねぃ」

「目を覚ましたくない、覚まして起きれば嫌なこと、辛いこと、悲しいことが待ち受けているから、という心理による強い拒絶」

「そして、もうひとつの問題。こっちの方が深刻だと思うんだけども……」


 少しだけ言い淀むフェネセン。

 一体何が問題なのだろう?と、他の三人は固唾を呑みながらフェネセンの言葉を待つ。


「この子、体内の魔力回路が止まっているんだよねぇ。完全にではないんだけど、ガッツリ9割以上は滞ってて。上手く循環していない」

「しかもこれ、生まれつきの体質とかじゃなくて、穢れの類い。これまたガッツリ喰い込んでるねぇ」

「さらに言うと、昨日や一昨日受けたようなもんじゃないねぇ。かなりの長期間に渡って穢れに侵蝕されてると思うよ」


 三人は驚きの表情を隠せない。特にラウルは、マキシの幼馴染だけあって目を大きく見開いて絶句の表情だ。


「まさか……そんなことが……でも……」


 ラウルは驚きながらも、考え込むような仕草で俯いた。


「確かに、マキシはその血筋にも拘わらず、魔力はかなり少なかった……そのせいで、小さい頃から周囲には冷たい目で見られがちだった」

「血筋って、マキシはいいとこの子なの?」

「ああ、マキシは代々八咫烏の族長を務める一族の息子なんだ」


 ライトの質問に対し、驚くべき答えがラウルから返ってきた。

 神格の高い霊鳥たる八咫烏の族長一族ともなれば、人間でいうところの王族と同義だ。

 今ここに眠り続けている八咫烏、マキシはその族長一族の息子だというのだから、驚くなと言う方が無理である。


「八咫烏の族長を決めるのは、血筋や嫡子等の順番ではなく純粋にその魔力量が物を言うんだ」

「だから、マキシの一族以外でも魔力量が突出した者が出てくれば、理論的にはそいつが族長になるんだが」

「マキシの一族は、八咫烏の中でも最も強い魔力を受け継ぐ血筋なんだ。だから、他の血筋が族長を務めたことは今までの歴史の中で一度もない、らしい」


 マキシと幼馴染だというだけあって、ラウルは他種族なのに八咫烏一族のことに詳しかった。おそらくはマキシから、いろいろと話を聞いていたに違いない。

 よほどマキシと仲が良かったのだろう、もしかしたら親友レベルの友達なのかもしれない。


「族長の一族には、息子が三羽、娘が四羽、合計七羽の子供がいてな。マキシは三番目の男子で、兄が二羽、姉が三羽、双子の妹が一羽いて、七羽の中で下から二番目の生まれだが、双子だから実質的には末っ子なんだ」

「だが、マキシだけはどういう訳か、幼い頃から魔力量がかなり少なくてな……そのせいか身体も弱くて、一族の中だけでなく、八咫烏という種族全体から見ても史上稀に見る能力の低さだったんだ」


 マキシの苦境を思ってか、ラウルが苦しそうな顔をする。

 ライト達は、黙ってラウルの話を聞くより他なかった。


「マキシの家族は優しくて、父母はもちろん兄姉達も双子の妹もマキシを疎むことなく、家族の一員として普通に接していたが」

「他の者はあからさまにマキシを馬鹿にしたり、見下す奴もいてな……マキシはいつも、家族に申し訳ない、一族の名を穢して申し訳ない、そう言って己の魔力の少なさ、身体の弱さを恥じていた」

「だからかな、マキシは八咫烏の里の中にいるよりも里の外に出たがっていた」

「そんなマキシだからこそ、俺と外で遊ぶようになったんだがな」


 ラウルが懐かしげな瞳でくうを見る。

『己のいる環境に馴染めない異端者』という点で、ラウルとマキシは気が合ったのだろう。


「レオニスが、マキシと一目で分かる特徴はないのか、と俺に聞いてきただろう?」

「ああ、確かに聞いたな。そん時の答えは、三本目の足の後趾だけ爪が深紫こきむらさき色って話だったか」

「そう、マキシの場合深紫色の爪は後趾だけなんだが。マキシの一族は、マキシを除いて全ての爪が深紫色なんだ」

「そうなのか?その色が八咫烏族にとって重要なことなのか?」

「ああ。深紫色というのは、八咫烏族にとって皇帝を表す色だ。その色が濃いほど、魔力が高いことの証らしい。そしてその色は、特に爪に現れやすいんだ」


 マキシは後趾だけ深紫色の爪だというが、族長一族の他の者は全てが深紫色の爪だという。

 皇帝の色を象徴する色であり、その濃さが魔力の高さを表すというならば、マキシはこれまでどれほど肩身の狭い思いをしてきたのだろう。

 自分以外の一族の者が全て深紫色に染まっているのに、マキシは爪一本しか深紫色でないとなれば―――心優しい家族はともかく、他の八咫烏から見れば劣等生以外の何者にも見えないであろうことは、容易に想像がつく。


「ンー、でも、そのマキシんぐ?の爪の色が一本しか深紫色になってないのって、この穢れのせいだと思うよ?」


 それまで話を聞いていたフェネセンが、突然口を開いた。

 マキシの呼び方が『マキシんぐ』になっているのは、多分気のせいではない。が、今は誰もそこに突っ込む余裕などなかった。


「さっきも言った通り、この子の魔力は体内での循環が穢れにより阻害されているんだ。いや、穢れを抑え込むために魔力が消費されている、と考えた方が正しいかもしれない」

「いずれにせよ、体内に穢れを抱え込んでいるせいで魔力が少ないように感じられるけど、本来なら他の家族同様爪が全部深紫色になるくらいには魔力は高い、はず」

「むしろ、この穢れを長年受けているにも拘わらず、一本だけでも深紫色になっているだけでも十分魔力が高い証なんじゃないかな。穢れを抑え込むのに全魔力の9割方消費しているけど、逆に言えば1割は余剰分がある訳よ」

「これ、他の者なら魔力が少ないどころか、穢れに食われてすぐに命落としていると思う。それくらい強力な穢れだよ、これ」


 フェネセンがマキシの体内に巣食う穢れの性質を、丁寧に解説していく。

 その話の内容に、レオニスが感心したようにフェネセンに言った。


「フェネセン、お前よくそんな強力な穢れに侵されているって分かったな?俺なんか、三本目の足にかけたであろう隠蔽魔法くらいしか気づけなんだぞ?」

「フッフーン。そりゃあね?吾輩、これでも大魔導師ですしおすし?吾輩の目を誤魔化せる穢れや呪いの類いなど、この世に存在しないよ?……多分」


 レオニスの感嘆に、フェネセンが鼻も高々にふんぞり返りながらドヤ顔する。

 しかし、フェネセンよ。「ですしおすし」って、一体いつの時代の言葉だ。そもそもこの世界にお寿司はあるのか。いや、そばがあることを思えば寿司もあるのかもしれないが。

 そして言葉の最後の方に、超々小声で『多分』と付け加えたのは何故だ。


「ま、この穢れ、強力なくせしてすんげー巧妙に体内の奥深くに隠れてたから、冗談抜きで吾輩以外に気づける者はほぼいないと思うよ?」

「……なぁ、その穢れももちろんなんだが、まずはこいつの目を覚まさせる方法はないのか?」


 ラウルが矢も楯もたまらず、といった感じでフェネセンに問うた。


「ンー、それは多分この穢れを祓うことで、同時に解決できるんじゃないかな?」

「目を覚まさせるんじゃなくて、穢れの払拭で、か?」


 フェネセンからもたらされた思いもよらぬ解決方法の提案に、ラウルは驚いた。


「そう、穢れを祓えばそれまで消費を余儀なくされていた魔力が戻るでしょ?そのショックで、目覚めたくないという意志に関係なく身体の方が嫌でも目覚める方向に向くよ。いわゆるショック療法ってヤツ?」

「それ、大丈夫なのか……ショックが強過ぎて、別の問題起こるやつじゃないのか?」

「うん、だから穢れを祓う前に、この子の身体に魔力吸収の指輪っつーか、足輪?を何個かつけとくんだよ。そうすることで、急激な魔力放出による強烈なショックを抑えつつ、増えた魔力に身体を慣らしながら日を置いて足輪を一個づつ外していけば、リハビリにもなる、はず」


 フェネセンの端的な説明かつ完璧な提案に、ラウルは先程よりもさらに驚いた表情になる。


「フェネセン、お前……」

「ン?ラウルっち師匠、どしたの?」

「お前って、本当に大魔導師だったんだな……」

「え。ラウルっち師匠、何気にしどい」


 フェネセンが大魔導師だということを、驚きながらも感嘆しながら改めて認識したラウル。それはまるで、今までそのことを疑っていたか、あるいは全く信じていなかったか。

 いずれにしても、フェネセンからすれば酷い言われようである。


「そうなると、まずは魔力吸収用の足輪?が必要になるか?」

「そうだねぇ、足輪の魔力吸収力にもよるけども。とりあえず、今見えてる足に5個づつの計10個もあればいい、かな?」

「ならそれは、俺の方からアイギスに製作依頼を出しとこう。素材や仕様について、何か注文はあるか?」

「ンー、材質はヒヒイロカネがいいなー、出来れば純度高めで。あと、足に装着させるから取り外ししやすい形状でお願いー」


 レオニスからの確認に、フェネセンが淀みなく答える。


「分かった。しかしヒヒイロカネとは、また稀少なもんをご指名だな……カイ姉んとこに在庫がありゃいいんだが」

「そこはほらー、なければ自力で採りに行くってのが冒険者ってもんじゃなぁい?」

「おう、上等だ。そん時はフェネセン、お前にも手伝ってもらうからな?」

「うひょん、藪ヘビつついてもたやろがえ……」

「……すまん、何から何まで手を煩わせる」


 レオニスとフェネセンの打ち合わせを聞いていたラウルが、二人に向かって頭を深く下げた。


「気にすんな、こういう時にこそ助け合うもんだろ?」

「そうそう!吾輩、ラウルっち師匠の弟子になったんだからねぃ、師匠の願いは弟子が叶えるってもんだよ?」

「ありがとう……」


 三人の気遣う光景を、ライトは少しだけ羨ましく思いながらも微笑ましく眺めていた。





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 おお!何だかフェネセンが活躍しそうな流れです!

 そう、フェネセンはただ癖が強い濃いいだけの人ではないのです!立派な天才大魔導師なのです!!……多分。

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