第101話 予知夢
「……んで?フェネセンよ、今日はまたいきなりどうしてここへ来た?」
クネクネするフェネセンに、レオニスが問いかけた。
そう、いくらフェネセンが勝手気儘な風来坊とはいえ、何の目的もなくレオニスのもとに来るはずなどないのだ。
クネクネさせていた身体をピタッと止めたフェネセン。レオニスに真剣な眼差しを向けながら、その口を開いた。
「……レオぽんは、吾輩をフェネぴょんと呼んではくれn」
「呼ばん」
フェネセンがその問いを全て言い切る前に、0.1秒未満の早業返答で速攻ピシャリと断るレオニス。
即座に容赦なく却下されたことに、フェネセンは打ちひしがれる。
「そもそもお前の愛称センスからしておかしい。俺は『レオぽん』、クレアは『クレアどん』、グライフなんて『ぐりゃいふ』だろ」
「ライトにもその調子で変なのつけてみろ、今度という今度こそ絶対に許さんぞ?」
腕組みして仁王立ちするレオニス、鋭い視線とともに背後から『ズゴゴゴゴ……』という地の底を揺るがすような黒いオーラが立ち上る。
「ヒョエッ……ぃゃーン、レオぽんそんな怒らないでぇぇぇぇ、ライト君はライト君としか呼びようがないよぅ」
「吾輩、間違ってもライト君のことを『ライざえもん』なんて呼ばないから!だから、二人とも安心して?ね?ね?」
「「………………」」
ライトは思う。今ここでレオ兄が先手を取って、フェネセンにガッツリと釘を刺してくれなければ―――間違いなく自分は『ライざえもん』という、愛称にもならん呼ばれ方をされることになっていたのだろう、と。
レオ兄、ありがとう……本当に、本ッ当ーにありがとう!
ライトは心の中で、レオニスに心底感謝した。
「……で、フェネ、ぴょんは、どうしてここに?レオ兄ちゃんに何か大事な用事があるんじゃ……?」
ライトが話の筋を戻し、フェネセンに改めて問うた。
すると、今度こそフェネセンも真面目に質問に答えた。
「ンーとねぇ。吾輩ね、最近君達の夢を見たのよ」
「……夢?」
「そ、夢。吾輩ね、正夢とか予知夢みたいな夢を時々見るのよ」
「こないだ見た夢の中でね、レオぽんが机に向かって紙に何やら書き込んでは丸めてポイーしたり、頭をガシガシ掻いたりしてんの。で、そのレオぽんの近くに可愛らしい小さな男の子がいて、机の周りのゴミ片付けたり、レオぽんをこちょこちょくすぐったりして、一生懸命にレオぽんの世話してるの」
「…………」
ライトとレオニス、二人はまたも無言になる。
フェネセンが見たという夢は、ここ最近のライトとレオニスの近況に完全に一致していたからだ。
特にライトの顔は完全に吃驚に染まるが、レオニスは少し驚いた程度で二人の驚き具合には差があった。
「吾輩ね、もちろんその可愛らしい小さな男の子の存在も気になったんだけども、とにかくレオぽんの方が気になってね?」
「俺の方が、か?何でだ?」
レオニスが若干意外そうな顔をして、フェネセンに問うた。
対するフェネセンは、きゃらきゃらと笑いながらその質問に答える。
「ンだってぇぇぇぇ、あのレオぽんが、自ら机に向かって何か研究してるんだよ?」
「あの!物理至上主義の!完璧脳筋腕力命の!レオぽんが!魔法理論研究っぽいことしてるんだよ!?」
「この世の終わりにも等しくなぁい?こんなん気にならない訳がないじゃーん!!」
腕組みして仁王立ちするレオニス、先程より更に鋭い視線と『ズンゴゴゴゴゴ……』という地の底を揺るがすドス黒いオーラを伴い、大笑いするフェネセンに詰め寄り後ろ襟をつまみ上げてヒョイ、と持ち上げる。
「……遺言はそれでいいか?」
「ヒョエッ……レオぽん、今のは冗談よ、冗談?フェネぴょんの可愛らしい、ささやかーなジョーク、なのよ?」
「そそそそれにね?レオぽんが何の研究してるのかってのは、本当に吾輩気になったのよ?これは天地神明に誓って、ホントのことだからね?」
つまみ上げたフェネセンをじっと睨みつけていたレオニスだったが、小さなため息をつきながらフェネセンを床に下ろした。
「……ったく……お前のその余計な物言い、どうにかならんのか」
「ならないッ!吾輩は吾輩の思うがままに生きるのダ!」
先程まで縮こまっていた姿はどこへやら、一転して満面の笑みとともに胸を張りふんぞり返るフェネセン。
レオニスも呆れる他なかった。
「ンでも、レオぽんの研究が気になったのは、本当に本当のことよ?だからこうしてここに来たのだし」
「フェネぴょん……それ、ただの夢だとは思わなかったの?」
ここまで二人のやり取りを静かに見ていたライトが、フェネセンに問いかけた。
確かにフェネセンが見たという夢は正夢だが、本来夢なんてものは全くのデタラメなものがほとんどだ。
夢の内容を信じて動くということは、ライトにとって不可解に近いものだった。
「……ライト君、君はホントに良い子だねぇ。そのまま真っ直ぐ育っておくれよ」
心の底から嬉しそうに、ニコニコと笑顔を浮かべながらライトの頭を優しく撫でるフェネセン。
『フェネぴょん』という呼び方を継続するライト、それはまさしくフェネセンの望みを叶え続けてくれている、ということに他ならない。
そのことが、フェネセンにとってはとても嬉しいようだ。
「さて、では話を戻そうか。ライト君、君はさっき『ただの夢だとは思わなかったの?』と聞いたね?」
「え、あ、はい……ぼく、正夢なんて全然見たことがないから……」
「吾輩もね、いつもは夢なんてほとんど見ないのよ。そもそも寝なくてもいい身体だし、寝たとしても普段は全く夢など見ないのねん」
「えッ、そうなんですか……?」
フェネセンが驚くべき己の体質を明かした。
その常識外の話にライトは驚く他ないが、レオニスは全く動じない。レオニスはフェネセンとの付き合いが長いせいか、そのことを知っていたようだ。
「でね?そんな吾輩が夢を見たってことはね?必ず何らかの意味があんのよ」
「それは、夢の中の誰かが吾輩に助けを求めるものだったり、吾輩が会いに行くことで何かが良い方向に変わったり、時には吾輩自身のためのものだったり」
「まぁ、見た夢によってその意味はいろいろ変わったりするんだけども」
「いずれの場合でも、言えることは唯一つ。『吾輩は、何をさて置いても必ず夢で見た場所に行かねばならない』ということなのねん」
フェネセンの口から明かされたそれは、フェネセンの行動原理だった。
今回こうしてカタポレンの森のレオニス宅を訪れたのも、彼の行動原理に従ってのものだろう。
「そうだったんですね……だとすると、今回来たのはやはりレオ兄ちゃんの研究を見るため、ですか?」
「うん、もちろんそれが一番の目的ではあるんだけど。他にも同じくらい大事な目的があってね?」
「ん?他にも何かあるんですか?」
「そそそ、それはね。吾輩、ライト君に会いたかったのよ」
「え?ぼくに?」
フェネセンから意外な言葉を聞き、ライトはびっくりした。
まさかフェネセンの口から、自分の名前が出てくるとは思いもしなかった。
「うん。さっきも言ったように、吾輩、ライト君にもものすごーく興味が湧いたのねん」
「夢の中でみたライト君はねぇ、レオぽんを後ろからこちょこちょくすぐってたんだぁ」
「机に向かってしかめっ面しているレオぽんの背後から、いきなりくすぐるライト君。その突然のこちょこちょ襲撃に、椅子から飛び上がるくらいにびっくりして、身をよじりながら大笑いするレオぽん」
「二人のその姿がとても―――とても楽しげでねぇ。吾輩、その夢見て本当に、ものすごーくびっくりしたんだよ?」
「あの無愛想で、気難しくて、口数少ないどころか皆無に近い、笑うと言えば鼻で笑うくらいしかしなかったレオぽんが、こんなにも楽しそうに笑い転げるなんて!ってね?」
「そして、そんな冷淡レオぽんをここまで激変させたライト君に、吾輩の興味が湧かない訳なかろ?」
本当に嬉しそうに、夢で見た光景を語るフェネセン。
その話を聞いたライトは、思わずレオニスの方を見た。
レオニスは顔を真っ赤にして、口に手を当てながら目線を明後日の方に向けていた。
「フェネセン、お前……覚えてろよ」
「ン?吾輩、大魔導師してるだけあって物覚えはものすごーくいいよ?何を覚えておけばええのかな?」
本気でレオニスの言ってることが分からないのか、それともわざと挑発しているのか、今日初めて会ったばかりのライトには判断がつくはずもない。
だが、何となーく後者の方なんだろうなー、とライトは漠然と考えていた。
「でも、フェネぴょんてすごいですね。滅多に見ないとはいえ、夢は必ず正夢だなんて」
「ンー、ライト君が思うほど、そんなにいいもんでもないよん?」
「そうなんですか?」
「うん。こんな夢見なきゃよかったのに、てこともあるし。見たい時に見れるようなもんでもないし」
「そうなんだぁ……大変な部分もあるんですねぇ」
「そそ、そゆこと」
確かに、正夢を見ようと思って毎回見れるものでもなかろう。
それが出来たら苦労はしないというか、そんなことが出来たら大魔導師どころじゃない、全ての未来を見通す予言者として世界征服すらも思いのままだろう。
「悪夢とかも見ちゃうんですか?」
「ンー、それに近いようなこともあったかな」
「もしものすごーく怖い夢を見たら、逃げたくなりません?」
「うん、すんげー逃げたいよ」
「じゃあ、逃げちゃえばいいのでは?」
「ううん、それはダメなの。他の誰が逃げても、全人類が一目散で逃げ出したとしても、吾輩だけは絶対に逃げちゃいけないの」
これまでずっと底抜けなくらいに明るかったフェネセンの顔が、少しだけ翳りを見せた。
逃げ出したくても逃げられない、逃げちゃいけないって、一体どんな重荷を背負っているのだろう。
ライトはどうしても知りたくなり、思いきって聞いてみた。
「もしどうしても嫌で逃げちゃったら、どうなるんですか?」
三人のいる居間に、重苦しい静寂が流れる。
フェネセンは俯き、レオニスは眉を顰めながら目を閉じ沈黙し続ける。
ライトは居た堪れなくなり、口を開いた。
「変なこと聞いちゃってごめんなさい。答えたくないことは、無理に答えなくてもい―――」
「吾輩ね、夢で見た通りに動けなかったことが、今までに一度だけあるのん」
ライトが言い切る前に、フェネセンが言葉を被せた。
「正確にはね、嫌で逃げちゃった訳ではないんだけど。それでも、結果としては夢で見た通りに動かなかったのと同義だから」
「逃げたらどうなるか、その結果何が起こるのか、てのはそれで分かると思う」
「たった一度だけ、吾輩が夢で見た通りに動けなかった、その時に―――」
フェネセンのあどけない顔が、瞬時に苦痛に歪む。
「8年前のあの事件―――廃都の魔城の反乱が起きたんだ」
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レオニスのおかげで、ライトの愛称が「ライざえもん」にならずに無事回避されました。
レオニス、お手柄だよ!もしライトの愛称が「ライざえもん」で確定してたら、作者でも手に負えなくなるところだったよ!
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