第102話 二人の悔恨

「8年前の……廃都の魔城の反乱……」


 フェネセンの告白から飛び出してきたその言葉に、ライトはただただ絶句する。

 その事件こそ、ライトの父グランがその若い命を散らし、母レミが祖国アクシーディア公国を旅立たねばならなくなった元凶なのだから。


「あの時、吾輩は廃都の魔城に巣食う魔物どもの企みを夢に見て、現地に向かっていたんだ」

「でも、奴等も全くの考えなしの愚か者ではなくてね。小賢しいことに、吾輩を捕らえるための罠を用意周到に準備していてさ」

「吾輩はそれに、まんまと捕まってしまったんだ」

「……罠?」

「そう、吾輩を捕らえる罠。吾輩を永久に閉じ込めるための、途方もなく広大な異空間。奴等はそこに、吾輩を飛ばしたんだ」


 ライトは固唾を呑んで、フェネセンの話に聞き入る。


「その異空間には、無数の扉が浮かび上がっていてね。扉の向こうはいわゆるパラレル世界というやつで、『吾輩が存在したかもしれない世界』が広がっていたんだ」

「しかも扉の向こうに一歩でも踏み入れば、そのパラレル世界に取り込まれて元の世界に戻れなくなるという、何とも奴等が考えそうなえげつない仕様でねぇ」

「そんな扉が、何千何万どころか何十万何百万と浮かぶ空間に、吾輩は閉じ込められてしまった」


 あまりにも壮絶な話に、ライトは言葉も出ない。

 普通の人間がそんなところに閉じ込められたら、間違いなくすぐに発狂するだろう。


「でも、吾輩の辞書に『諦める』という言葉はないからね?」

「この世界の扉を見つけるために、片っ端から扉を開けて虱潰しに調べていったんだ」

「その手の罠でも、必ず正解は入れておかなければ術式を構築できないからね。正解のないなぞなぞは成立しないのと同じことさ」


 フェネセン曰く、扉を開けてその光景を見たり、足を踏み入れずに杖の先を扉の先に少しだけ入れて魔力を感知したり、様々な方法で判別していったのだそうだ。

 不正解の扉に大きなバツを書き込み破壊しては、別の扉を検める。その作業を、不眠不休でひたすら続けたという。


「そして吾輩は、無限とも思える数多の扉を開け続けた末に―――ようやくこの世界の扉を見つけだして、ついに帰還することができたんだ」

「だけど、吾輩がようやくこの世界に戻ってきた時には―――」

「廃都の魔城の反乱終結から、既に三年もの月日が経過していたんだ―――」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 あまりにも衝撃的な話の連続に、ライトは言葉が出ない。

 そのライトの横で、レオニスはずっと険しい顔をしている。


「廃都の魔城の四帝の奴等も、底抜けの馬鹿だよねぇ。吾輩を排除しさえすれば、己等の計画は全て上手くいく。そう思ってたんだから」

「実際にはそこにいるレオぽんの逆鱗に触れて、壮絶な蹂躙を食らった挙句に殲滅されてんだから、笑っちゃうよねぇ」

「奴等の最大の誤算は、レオぽんがこの世界で既に冒険者として存在していたことさ。吾輩一人を異空間に閉じ込めて排除したところで、強者は他にもいくらでもいるってことを奴等は知らなかったし、考えもしなかったんだ」

「まぁ、レオぽんが奴等を血祭りに上げたって話を聞いたのは、吾輩がこの世界に戻ってきてからのことなんだけどね」


 フェネセンは淋しげな表情で、ふふっと薄く笑う。


「吾輩、本当に役立たずでさぁ……廃都の魔城の夢を見た時ね、その内容は確かに厳しい討伐戦ではあったけど、そこまで酷くなる前に何とか押し返せたはずだったんだ」

「そう、吾輩さえ廃都の魔城に辿り着けていれば……」

「だけど、奴等が吾輩を捕らえる奸計までは察知できなくて……」

「肝心な時に、廃都の魔城に行けなかったんだ」

「その結果が、あれさ。将来を嘱望された数多の有能な冒険者達で構成された、精鋭中の精鋭を集めた先遣隊の全滅を招いてしまった」

「吾輩が……吾輩さえ油断せずに、夢で見た廃都の魔城に行けていたら――」


 語るにつれてだんだんのその表情は歪み、今にも泣き出しそうになるフェネセン。

 そんなフェネセンに対し、見かねたレオニスが一言だけ発した。


「もういい、やめろ、フェネセン」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 フェネセンの懺悔を止めたレオニスは、しばらく無言だった。

 重苦しい沈黙が流れた後、レオニスは小さなため息をつきながら口を開く。


「あの事件は、お前一人のせいじゃない」

「確かに被害は甚大だったし、今でもその爪痕はあちこちに残っていて、廃都の魔城そのものもまだ残ってはいるが」

「それでも、既に起こってしまったことはどうにもならんし」

「何より、お前一人がいなかったせいであんなことになっただなんて、誰にも証明しようがない」

「いや、もし何らかの方法でそれを証明しようとしたり、お前のせいだと詰る奴が出てきたとしても」

「俺は、お前のせいじゃない、そう言い続ける」


 きっぱりとそう言い切ったレオニスを、フェネセンは泣き出しそうな顔のまま無言で見つめる。


「それにな……」

「俺だって、あの時お前があすこに来てくれていたら―――正直な話、そう思ったことが一度もない訳じゃない」


 その言葉を聞いたフェネセンは、ビクッ、と身体を震わせた。


「だがな……」

「それを言ったら、俺だって同じなんだ」

「どうしてあの時俺は、先遣隊に加わらなかったんだろう。東部で起きた魔物の襲撃の対処なんて、他の奴に任せておけばよかったのに。俺も先遣隊に加わっていれば、全滅なんてならなかったんじゃないか。そうしていれば、きっと―――」


 数瞬の沈黙の後、レオニスは呻くように呟いた。


「グランの兄貴は……死なずに済んだんじゃないか……って」


 レオニスはその端正な顔を歪め、唇を噛み締めながら苦しげな声で吐露した。


「あの頃の俺は、金剛級になったばかりだった。本来なら、廃都の魔城の討伐先遣隊にも入るはずだったんだ」

「だが先遣隊が出発する直前に、廃都の魔城のある方向とは真反対の東部で大規模な魔物の襲撃が起きた」

「その対処に、先遣隊として行く予定だった者のうち金剛級になりたての俺と数人の聖銀級、白金級の冒険者が別部隊として鎮圧に遣わされたんだ」

「先遣隊の方は、危険な廃都の魔城に向かうとはいえ様子見程度の予定だし、ならばそれよりも先に起きた東部の大規模な襲撃を迅速に収めるのがまず先決だ、ってことになってな」


 当時のことを思い出しているのか、レオニスは遠くを見つめるようにくうを見ながら語る。


「今思えば、あの東部の魔物襲撃も廃都の魔城の四帝の策略だったんだろう。先遣隊の戦力を少しでも削ぐための、な」

「結局は俺も、まんまと奴等の策略に引っかかったって訳だ。フェネセンに対する罠ほどえげつないものではなかったにしても、な」


 レオニスは自嘲するようにせせら笑う。

 一方ライトは、初めて聞く話ばかりで何も言えなくなっていた。

 今までレオニスはライトに、冒険話はたくさんしても廃都の魔城のことだけはほとんど話してくれなかったのだ。


「そして、俺が東部でもたもたしている間に、廃都の魔城の反乱が起きた。全滅した先遣隊の中に、グランの兄貴がいたことを知ったのは―――」

「先遣隊が全滅した後、改めて俺が第二陣の討伐本隊に組み込まれた後だった」


 レオニスは目をぎゅっと閉じ、俯きながら歯を食いしばる。


「俺、先遣隊の中にグランの兄貴がいたこと、全く知らなかったんだ……それを先に知っていれば、絶対に先遣隊から離れずにグランの兄貴とともに戦ってた」

「もし、俺がグランの兄貴といっしょに先遣隊にいれば……グランの兄貴は、今も生きて……レミ姉と、ライトと……いっしょに……」


 俯くレオニスの閉じられた目から、ぽたり、とひと粒の雫がこぼれ床に落ちた。

 そこから先はもう、言葉に詰まり何も言えないレオニス。

 ただただ重く、悲しい空気が部屋の中を支配する。


 そんなレオニスのもとに、ライトがゆっくりと歩み寄り―――レオニスに抱きついた。

 それまで目を閉じて立ち竦んでいたレオニスは、目を開けて自分のお腹にくっついてぎゅっと抱きしめてくるライトを見た。


「レオ兄ちゃんは、悪くない……」

「フェネぴょんも、悪くない……」

「誰も……誰も悪くない……悪いのは、廃都の魔城のやつら……」

「だから……」

「二人とも、そんなに自分を責めないで……」


 絞り出すようなか細い声で、ライトは呟いた。

 抱きつかれたレオニスだけでなく、フェネセンもまたライトのその慰めの言葉の中に自分まで入っていることに驚き、ただただその目を見開く。


「ぼくの父さんと母さんは、もういない……だけど、ぼくにはレオ兄ちゃんがいる」

「そして、フェネぴょんも諦めずに頑張って、この世界に戻ってこれた」

「ぼくは、それだけでも嬉しい」

「二人が今ここにいてくれることが……ぼくはとても嬉しい」

「ありがとう……二人とも、生きててくれて、ありがとう」


 途切れ途切れになりながらも、懸命にレオニスとフェネセンを肯定するライト。

 その言葉に、二人の視界は瞬く間に霞む。

 声を押し殺した三人の嗚咽が、居間の中で静かに響いていた。





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 ライざえもん話から一転、壮絶に暗鬱な話に。

 お、重い……重たい……話と空気が重た暗すぎるぅぅぅぅ……

 ライざえもん、助けてぇぇぇぇ……!

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