第80話 史上最悪の大厄災

 廃都の魔城―――それは、サイサクス大陸全土を大いに揺るがした、正真正銘史上最悪の大厄災。

 ライトの父グランが命を落とし、レオニスに【深紅の恐怖】という二つ名がついたきっかけの、因縁の場所である。


 昔はそこに、この国の首都があったと聞く。

 だが、何らかの異変により、今では見る影もなく魔物が跳梁跋扈する呪われた地に成り果ててしまった。

 ライトの知識では、その程度しか知らない。いや、ライトの知識というより世間一般的にもその程度の情報しか知られていない、と言った方が正しい。


「あの廃都の魔城にまつわる出来事や経緯は、ほとんど知られていない。それに関する資料や書物が、全くと言っていいほど残されていないからな」

「何で資料や書物が全くないかというと、廃都の魔城が出現した際に人類―――いや、サイサクス大陸は一度滅びかけたんだ」


 人類のみならず大陸そのものが滅亡しかけたとは、これはまた穏やかな話ではない。

 だが、レオニスの表情は真剣そのもので、とても嘘やジョーク、大法螺を吹いているとは思えない。


「今でこそその瘴気はあの魔城の周辺に漂う程度だが、事件が勃発した時にはそれこそサイサクス大陸全土を覆い尽くすほどの勢いと濃度だったんだ」

「そんな濃密な瘴気に耐えられる生物なんて、ほとんどないに等しい。人間どころか、魔物を含む全ての生物がほぼ死に絶えた」

「ちなみにこのカタポレンの森は、それまでは普通の森林だったらしいが。廃都の魔城出現時に、樹々が瘴気を吸い込んで魔力に変換し始めて、魔の森へと変貌していったらしい」

「その時にサイサクス大陸で生き残れたのは、カタポレンの森とそこに住む者以外では大陸の端の端の小さな農村、大陸から少し離れた小島に住む者、多数の魔術師を従えて大陸外に即時避難することのできた諸外国の王侯貴族くらいのもんだった」


 人類及びサイサクス大陸の滅亡一歩手前とは、大袈裟でも何でもなく厳然とした史実であるようだ。

 話を聞くに、それこそ本当に想像を絶する地獄絵図だったに違いない。


「カタポレンの森が瘴気を吸い続けてきたおかげか、今はようやく大陸各地で人間魔物含めあらゆる生物が住めるくらいには回復してきたが、それとて事件勃発から800年以上経過してようやくだ」

「そして今もなお廃都の魔城の瘴気は止むことはないし、その範囲も中規模の街程度には未だ広い」

「また、近年になって魔城の中の魔物も再び勢いを増しつつある」

「あれでも定期的に討伐したり結界を張ったりと、人類側も相当な努力と犠牲を払ってきているんだがな」


 レオニスはため息をつきながら、首を振る。

 事件勃発から800年以上も経過している、ということにライトは驚いた。

 ということは、あの表題のない本はそれ以上に古い書物ということになる。


「あの廃都の魔城がかつての首都だったということは、当時の王族はどうなったの?」

「もちろん全滅さ。今この国を治めているラグナ公は、滅亡時の王族の分家の分家だったらしい。その当時の何代も前の王女が嫁いだ外国の王族の血筋だとか」

「それくらい遡らなきゃならんかったってことだ」

「ちなみに、ラグノ暦ってのはラグナ暦の古語だ。廃都の魔城の事件が起きるまでは、ラグノ暦という名称の暦が使われていたんだ」


 本当に、人類は大陸もろとも滅亡の危機だったんだな……

 ライトは勝手に震える自身の身体を抑えるので精一杯だ。


「で、だ。その『円卓の騎士』という集団は、当時の首都ファウンディアで何かとんでもない実験をしててな。それが暴発して大惨事を引き起こした、と言われている」

「ファウンディアってのは、今で言うところの廃都の魔城があったところだ。昔はあすこがこの国の首都だった、と言われているのは有名な話だな」

「その旧都ファウンディアで起きた事件の真相を知る者はいない。現場に居合わせて後に語れるような生き残りなど一人もいなかっただろうし、資料も何も残っていないからな」


 レオニスは軽くため息をつきながら語る。


「だが、事件の真相や詳細は全く分からないが、それでもその事件を引き起こしたのは『円卓の騎士』で、奴等の行った実験が原因だというのは間違いない事実なんだ。これは今も世界各国で伝わっている話だし、数少ない生き残りの貴重な伝記としても後世に伝わっている」

「それ故に、その『円卓の騎士』という言葉は、今現在でも世界中で禁忌とされているんだ」

「そりゃ廃都の魔城に縁のない一般人なら、『円卓の騎士』という言葉を聞いたところで何の言葉か分からん者も多いが、廃都の魔城が何たるかをよく知る冒険者や王侯貴族のような支配者階級、上流階級には即分かる」

「そして、その言葉を吐いた者は、下手すりゃ問答無用で牢屋にブチ込まれかねん。それくらいに忌まわしいものとされている」

「その忌み嫌われ方は、こないだ話した旧教への宗教弾圧なんてもんじゃない。あの旧教神殿の壊れ方さえ、可愛く見えるほどだ」


 あの徹底的に破壊され尽くした旧教神殿が可愛く見えるとは、どれだけ『円卓の騎士』は忌み嫌われているというのか。

 でもまぁ、あの廃都の魔城を生み出した元凶となれば、その反応も当然のものかもしれない。

 確かにこれは、外で気軽に口にしていい言葉では決してなさそうだ。


「だが、もしかしたら―――その本に、何か手がかりが残されているかもしれん」


 レオニスは、ライトが持つ表題のない本を見た。


「まぁ、800年以上も昔に起きた事件のことを、今更穿り返してどうなるもんでもないかもしれんが……それでも、今尚膨大な瘴気を放ち続け、大量の魔物を生み出し続ける魔城をどうにかする手がかりとなるかもしれん」

「だが……何故お前には読めて、俺やグライフに読めんのだろうな?甚だ謎なんだが、俺とお前で一体何が違うというのか……」

「ライト、お前には何かその心当たりはあるか?」


 レオニスに話を振られたライト、動揺しながらも懸命に考え込む素振りをする。

 ライトとレオニスの違いなんて言うまでもない、元からこの世界の人間であるかどうかだ。


 レオニスやグライフ他大抵の人は、この世界で生まれ育った生粋の現地人である。

 一方ライトは、ブレイブクライムオンラインというゲームの画面越しにずっとこの世界を俯瞰し観測し続けていた、いわば完全に埒外の人間だ。

 今回二人に生じた差異は、それが原因としかライトには思えなかった。

 ライトには、前世でブレイブクライムオンラインというゲームを通じてこの世界のことを見知っていた記憶があって、レオニスにはそれがないのだから。


 だが、そんなことは口が裂けても言えない。言ったところで理解が得られるとも思えないし、何よりレオニスに拒絶されてしまうかもしれない。

 レオニスからの拒絶―――それはライトにとって、死の宣告にも等しいほどの最悪な事態であり、何よりも怖いことだった。


「うーん……何でだろうね?考えてみたけど、ぼくにもさっぱり分かんないや。ごめんね、レオ兄ちゃん」

「いや、お前が謝ることじゃないさ。俺だって、俺とお前の何が違うかなんてさっぱり分からんし、俺もお前も普通の人間だもんなぁ」


 懸命に知らないふりをする一方で、レオニスに嘘をついていることに心が痛むライト。

 それ故か、いつもならしれっと『普通の人間』などと言い放つレオニスに速攻でツッコミを入れるところだが、この時ばかりはそんなことをする余裕はなかった。


 レオニスは本当に、純粋にこの世界で生を受けた人間である。それに引き換え自分は―――肉体こそこの世界で生を受けたが、その魂は別の世界の記憶を持っている。これを異質と言わずして、何と言うのか。

 己の存在の曖昧さ、異端さ、いびつさに、ライトは今更ながらに背筋が凍る思いだった。


「まず間違いなく言えることは、俺の見えている文面は偽装で、ライトの見えているものの方が真の文面だろう。その内容の重さからして、天地の差だからな」

「ライト、お前の見えている文面をとりあえず今ここで、全部読み上げてみてくれないか。真の文面を読めない俺じゃ、どうにもならん」

「うん、分かった……」


 ライトはレオニスに促されて、先程の続きをゆっくりと読み上げ始めた。





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 ライトの抱える秘密。いつか明かせる日は来るのでしょうか。

 そしてレオニスの方も、一向に懲りずに自分を『普通の人間』カテゴリにねじ込もうとするのは、一生治らなさそうです。

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