第81話 深まる謎
「本日は、その計画が表舞台においても始動する、記念すべき日である。―――以上」
「今読めるのは、ここまでだよ。後はページがくっついてて、まだ読めていない」
ライトは、レオニスに言われた通りに表題のない本の読めるところまでを読み上げ終えた。そして、本をそっと閉じる。
それまでずっと無言で静かに聞いていたレオニスは、口を開いた。
「ご苦労さん。ありがとうな、疲れたろ?」
「ううん、これくらい平気だよ」
レオニスは、ライトを労いながらその頭を優しく撫でた。
さほど時間をかけたつもりはなかったが、ふと窓の外を見るとだいぶ日も暮れており、もうすぐ夜の帳が下りようとしていた。
「もう結構な時間だし、ひとまず晩飯にするか。ライト、作るの手伝ってくれ」
「はーい」
ライトは表題のない本を本棚に戻し、レオニスの後を追って部屋を出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
晩御飯を軽く済ませた二人は、食休みも兼ねて再び居間で向き合う。
「しっかし……思っていた以上にとんでもない内容だったな、あの本」
「うーん、ぼくにはよく分かんないけど……レオ兄ちゃんがそう言うなら、本当にとんでもないんだろうね」
「ああ、今まで『円卓の騎士』に関する記述のある本なんて、おそらく市井で発見されたことは一度もないことだと思う。少なくとも俺は、そんな本が実在するとは聞いたこともない」
正真正銘の歴史的発見らしい。
本を求めてスレイド書肆に入ったあの日、店の中で何気なく目についた本がそんなすごいものだったなんて、レオニスはもちろんのこと選んだ当人のライトとて思いもしなかった。
「ラグナ宮殿の書物庫とか、図書館?あるいはグライフのところの禁書とかに、そういう本はないの?」
「さぁなぁ……俺は廃都の魔城に関してそこまで踏み込んだ研究なんて一切してないし、もし存在しているとしても一介の冒険者が閲覧できるようなもんでもなさそうだしなぁ」
確かに、それを題材として日々研究している者ならともかく、普段無関係の人間が興味本位で見せてもらえるような代物ではなさそうだ。
「それにしても『人工勇者育成計画』とはな……円卓の奴等め、何とまぁとんでもないことを考えやがる」
「やっぱりそれって、まずいことなの?」
「いや、その志としてはまぁ立派なもんだとは思う。当時は今以上に魔物の侵攻が激しく、かなり逼迫していたようだし」
「うん……今だって魔物の被害って結構多いのに、それよりもっと酷いとなると相当な惨状だよね」
この世界、魔物との対立やら被害に遭うことなど決して珍しいことではない。冒険者が数多いて、日々活躍していることがその証左だ。
世の中が平気であればあるほど、彼らの居場所は狭まっていくだろう。
「つーかな、この世界に『勇者』と呼ばれる者はいないんだ」
「……えッ、そうなの!?」
レオニスの言葉に、驚愕を隠せないライト。
「英雄とか王者とかなら、その功績や偉業を讃える二つ名としてつくことはあるが」
「ジョブとしての『勇者』はこれまでの歴史、少なくともラグナ暦の中では一度も出現したことはない、はずだ」
「そんなすごいもんが現れたら、それこそその情報が大陸中を駆け巡るほどの話題になると思う」
「お前が読んでくれた本の文章の中にもあったが、『勇者』とは天啓を受けなければ得られないものなのかもな」
勇者って、そんな稀有な存在なのか……ライトは口にこそ出さないが、内心でとても驚いていた。
というか、おそらくそれはジョブシステムとしての話だからではないのだろうか。
ただし、ジョブシステムのみならず職業システムの方にも『勇者』という職業は存在しなかったが。
さてそうなると、勇者とは一体どういう存在なのだろうか?
前世のファンタジーものなどでよく言われていたのは、『勇者とは、魔王と対をなす者である』説だ。
いわゆる『魔王現れし時、勇者顕現す』みたいな?勇者は魔王を撃退するための存在、なんて解釈も普遍的である。
そう考えた時、ふとライトはひとつの疑問が湧いてきた。
「レオ兄ちゃん、この世界には魔王っているの?」
レオニスは、きょとんとした顔になる。
「魔王?魔物の王、ってことか?」
「俺はそこら辺詳しくないから分からんが」
「種族の違う魔物全体を統べる単一の王がいる、というのは聞いたことはないな」
「人族の中で特に魔力が強くて魔法全般が得意な、角を持つ種族のことを『魔族』と呼びはするし、魔族の中にも王侯貴族は存在するが」
「魔族の頂点は『魔帝』と呼ぶ慣わしだから、魔王ではないな」
ここでまた、ライトを驚愕させる事実が出てくる。
何と、この世界には魔王が存在しないどころか、魔王という言葉自体が知識や理解の埒外らしい。
え、何、もしかして自分、また地雷踏んだ?ヤバッ!?とライトは内心ガクブルする。
「へ、へぇー、そうなんだー。勇者って、魔物の王を倒すために生み出されるものなのかと思ってたよー」
「ああ、そういう解釈の仕方もあるかもな。もしかしたら、あの大厄災が起こる前のラグノ暦の時代には、そういう存在もいたのかもしれん」
セーフ!!ライトは内心で会心のガッツポーズを取る。
しかしあれか、もしかして魔王がいないから勇者もいない、ということなのか?
ライトの心中は、ガッツポーズしたり考察したり、かなり多忙である。
「しかし、円卓の奴等の理念やら何やらが、今の時代で言われるほど極悪非道なものではないってのは分かったが……それだけじゃどうにもならんなぁ」
「そうだよねぇ……肝心の後半部分もまだ読めてないし」
そう、ライト達は別に『円卓の騎士』の名誉を取り戻したい訳ではない。
今のこの世界にとって、何か役立てられるような新たな発見があれば良い、という考えしかないのだから。
「それに、本の中ではスキルスキルスキルとまぁ、スキルって言葉を連発してたが。そもそもスキルって、何だ?」
「文脈から察するに、どうも魔法に似たものっぽいが」
「俺達の言うところの魔法とは、その仕組みや根本からして全然違うもののようだ」
レオニスは、こういうところで妙に勘が鋭い。
観察眼が秀でている、とでもいうのだろうか。この手の違和感はすぐに察知する。
確かに、魔法とスキルは似て非なるものだ。
魔法はジョブとスクロールにより覚えるもので、そのジョブは一生に一回しか選択できないという。
よってこの世界のジョブを駆使する冒険者は、レオニスなどの一部の強者を除き、基本的に単独行動はせずに複数人数でパーティーを組むことが大前提となっている。攻撃は攻撃、回復は回復、バフはバフというように、一人一役しかできないからだ。
一方、スキルはその取得条件さえ満たせば、誰でも身につけることができる。
それは職業の習熟度を上げたり、特殊アイテムを入手して使用したりと様々な方法があるが、どれも一度覚えれば以後ずっと有効でいつでもそのスキルを使うことができる。
しかし、現時点で職業システムのことを知るのは、おそらくこの世界ではライトのみである。
もしライト以外でも知っている普遍的知識であるならば、一生一度きりのジョブシステムなんて不自由なものよりも、何度でも自由に転職できる職業システムの方を誰もが皆選ぶはずだ。
だが、そうなってはいないこの世界の現状を見るに、職業システムは世に全く知られていないと見て間違いないだろう。
ライトはそれをレオニスに説明すべきかどうか、ずっと悩んでいた。というより、もし全部明かして説明したところで、現状ではライト以外の者にそれを活かす術がないのだ。
現に転職神殿である旧教神殿跡地に二人で出向いた時も、ライトは目の前に名も無き巫女が現れて念願叶い職業【斥候】になることができたが、その間レオニスは時間が止まったように動かなかった。
もしかしたら、この世界の人間でもディーノ村の転職神殿を利用できる方法はあるのかもしれない。
だが、その方法が見つかるまでは、スキルの話を聞かせたところで絵に描いた餅に過ぎない。それではただ単に、糠喜びさせて終わるだけなのだ。
ライトはそう考え、スキルの詳細はまだ伏せておこう、と心に決めた。
「うん、この本の記述を読む限りでは、スキルと魔法は違うものみたいだね」
「俺達が使う魔法以外にも、戦闘技術を高められるようなものならば、是非とも使えるようになりたいんだがな……」
「そこまでの方法や詳しいことは、前半部分では分からないもんねぇ」
「ああ。この本の読めない後半部分も、何とかして読めるようになればいいんだが……」
レオニスはそう言った後、しばらく考え込む。
そして小さなため息をひとつついた後、徐に重い口を開きぼそっと呟いた。
「……復元魔法、試してみるか」
====================
禁呪にも近い禁断の魔法、復元魔法。
その出番がとうとう来たようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます