第33話 大爆笑の渦

 そんなことを考えていると、俄に周りが騒がしくなった。

 どうやらレオニスが大広間に来たようだ。


「ライト、クレナ、待たせたな」

「レオ兄ちゃん!おかえり!」


 ライトはレオニスに飛びついた。

 先程まで、この世界の厳しさや孤児院のことなどに思いを馳せていたからだろうか。何故か無性にレオニスに甘えたくなった、のかもしれない。


「おっ、どうしたライト。俺がいなくて寂しかったのかぁ?」


 揶揄うように、ライトに向けて軽口を叩くレオニス。

 軽く笑いながら、ライトの頭をくしゃくしゃと撫でる。


「うん。レオ兄ちゃんがいない間、ちょっとだけ寂しくなっちゃったの……」


 レオニスのお腹のあたりに顔を埋めながら、もじもじと呟くライト。

 その発言を聞いたレオニスは、一瞬呆気にとられた後、ボンッ!という音とともに一気に顔が赤くなった。


「えッ、ちょ、あ、何、何だ、どうした、ライト、何かあったのか?」


 顔から湯気がシューシューと音を立てそうな勢いで、アワアワと慌てながらレオニスはライトに問いかける。


「ううん、何でもないよ。大丈夫、心配しないで」

「そそそそうか?それならいいけど……」

「うん、ごめんね、レオ兄ちゃん」


 そんな二人の様子を見て、クレナがくつくつと笑いだした。


「幼子に抱きつかれて、大慌てで照れるレオニスさん……いやぁ、今日は実に珍しく、かつ良いものを見せていただきました」

「ちょ、クレナ!てめー、揶揄うんじゃねぇ!」


 レオニスはまだ若干赤い顔で、笑うクレナを威嚇する。

 もちろんそれは本気の威嚇ではなく、軽いものだったが。


「あっ、レオ兄ちゃん。女の人にそんな乱暴な言い方、しちゃダメでしょ?メッ!」

「ううぅ……ッたく、誰のせいでこんなことになってると……」

「言い訳はしないの。レオ兄ちゃん、お返事は?」

「……はい……すみませんでした……」

「はい、よくできました!レオ兄ちゃん、いい子いい子」

「ぐぬぬぬぬぅ……」


 そのやり取りを、周囲はポカーンとした表情で見ている。

 クレナに至っては、ライト達に背を向けて涙を浮かべながら口を押さえ、声にならないヒーヒー声で笑っている。

 一頻り笑い転げた後、クレナは眼鏡を軽く上に上げて目尻を拭いながら、ライト達の方に向き直った。


「レオニスさん、お疲れ様です。ギルド長からのお話は、もう済みましたか?」

「ああ、一応な」


 レオニスの表情が、少しだけ翳る。

 それはほんの一瞬だけのことだったが、ライトは見逃さなかった。


「レオ兄ちゃん、何かあったの?」

「……いや、何でもない。ライトが心配するようなことでもなかったよ」


 何でもないような顔をして即座に否定したレオニスだったが、ライトには通じない。

 だが、ライトもそれ以上は追求しなかった。レオニスがそう言うならば、これ以上は聞いても無駄であり本当のことは言わないだろうから。


「んじゃ、そろそろディーノに戻るか」

「うん、お土産もいっぱい買えたしね!」


 ライトは努めて明るく振る舞った。

 今は言えないようなことでも、いつかは話してくれるだろう。

 自分がもっと大きくなって、大人になって、一人前の冒険者になったら―――今よりもっと、レオニスの信頼も得られるだろう。

 でも、それっていつになるんだろう?今ですら、ろくに何も教えてもらえていないのに―――


 そんなことを思いながら、ライトは年相応に見えるように振る舞う。


「レオ兄ちゃん、ぼく疲れたぁ。抱っこしてぇー」

「んー?今日のライトは本当に甘えん坊だなぁ」

「だってー、いっぱい歩いて疲れたんだもんッ」

「はいはい、分かりました。王子様の仰せのままにwww」


 ほっぺたを膨らませて、おねだりするライト。

 その小さな身体を、レオニスはひょいと抱え上げて抱っこする。


「うッはー……レオニスの旦那のあんな姿、俺初めて見たわ……」

「俺もだぜ……」

「明日は雪か?雪でも降るのか?」

「いやいや、降るのは槍かもしれんぞ?」

「槍どころかドラゴンの卵が降り注ぐかも……」

「「「「「……肉まんェ……」」」」」


 ライト達の周りで、傍観していた冒険者達。

 好き勝手にあれやこれやと、面白おかしいことを口々にほざいている。その流れの中で何やら苦い思い出でも出てきたのか、終いには全員してガックリと項垂れているのは、彼らの自業自得かご愛嬌か。


「お前ら、うっせーぞ!」

「はい、レオ兄ちゃん、アウトー。そんな言い方しないの」

「はい……君達ね、好き勝手言ってるんじゃございませんですことよ?」

「「「「「……ぐはぁ……」」」」」


 キラッキラの品行方正オーラに包まれたレオニスに、へんてこりんな敬語もどきを放たれた冒険者達は更なるダメージを受ける。

 冒険者の一人が、ライトに向けて話しかける。


「坊主、俺達のことならそんなに気にしなくていいぞ?」

「そうそう、俺達冒険者なんて荒くれ強面、怖がられてナンボだからなー」

「逆に言えば、俺達ゃ他の奴等に舐められちゃいけない稼業なんだぜ?」


 そんなことを言いつつ、穏やかな口調でライトに語りかける彼らも、根は心優しい者達なのだろう。


「そうなんだね。ぼく、仲間同士なら仲良くしてほしいって、思っちゃったの」

「でも、そうだよね。冒険者って、危険なお仕事もたくさんするだもんね」

「強くなくちゃいけないんだ、でないと皆を守ることができないから」

「余計な口出ししちゃって、ごめんなさい」


 抱っこしているレオニスの腕の中で、ライトは素直に頭をペコリと下げた。

 ライトに謝られた冒険者達は、一人残らずほんわかふわわーんとした空気に包まれる。

 そのやり取りを見ていたレオニスは、得意気に言う。


「お前ら、うちのライトは賢くて優しくて素晴らしい良い子だろう?」


 未だにほんわかふわわーんとした優しく和やかな空気に包まれた荒くれ者どもも、素直にうんうんと頷き続ける。


「もし俺に、万が一のことが起きたとしても―――そん時にはお前ら、ライトのこと、頼むな?」


 レオニスの唐突な物言いに、その場にいたレオニス以外の全員の時間が止まる。

 シーーーン……と静まり返る空気がしばし続く中、その静寂を破ったのはクレナの噴きだす声だった。


「……ぷぷッwww」


 その小さな笑いをきっかけに、周囲の冒険者達も釣られるようにして笑いだす。

 その笑いはあっという間に室内中に伝播し、大広間は笑いの渦に包まれた。


「……えッ、ちょ、待、な、何だお前ら、笑いごとじゃないだろ?」


 レオニスは若干戸惑いながら、慌てた様子で周りを見渡す。

 そんな中で、唯一人、笑いもせずきょとんとした顔つきのライト。

 レオニスは、ライトに問いかけた。


「な、なぁ、ライト。何で皆こんなに笑うんだ?俺、何か変なこと言ったか?」

「んーとねぇ。変なことっていうかー、何というかー……」

「ん?」

「あのね、レオ兄ちゃん」

「はい、何でしょう」

「例えばさ、もし討伐や冒険でレオ兄ちゃんの身に万が一のことが起きたとして、ね?」

「ハイ」

「その時は、大陸全土が消滅するとか人類滅亡待ったなしとか、そういうレベルの事態だと思うんだよね」

「…………ッッッッッ…………!!!!!」


 レオニスは素で気づいていなかったようだが、ライトを含むレオニス以外の全員は全く同じことを考えていたようだ。

 ライトにそれを指摘されて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をレオニスがしたその瞬間。

 大広間は、一気に更なる大爆笑の渦に包まれた。建物全体がビリビリと揺れ動くほどの勢いだ。


「ぶわーっはっはっはっは!!」

「違ぇねぇ!その坊っちゃんの言う通りだぜ!!」

「お前が勝てねぇようなバケモンに、俺達が束になりゃどうにか勝てるとでも思ってんのか?」

「「「「「無理無理無理無理ぃぃぃぃwww」」」」」


 皆涙を流しながら笑い転げている。

 中には床に蹲り、拳でガンガン床を叩く者までいる。

 ちなみにクレナは、壁に向かって俯きながら手のひらをバンバン叩きつけている。


「ひー、ひー、苦しいいいい、冗談キッツいぜレオニスぅぅぅぅ」

「いやー、ホントに賢い坊っちゃんだなぁ!」

「うんうん、ありゃあレオニスよりレオニスのこと分かってるぜ」

「さすがはレオニスの旦那の隠し子だ!」


 何やらまたおかしな疑惑が持ち上がっているようだ。


「……ま、そんな訳だ。人類滅亡しないように、レオニスの旦那には頑張ってもらわないとな」

「そうそう、俺達だって負けないように頑張るけどよ」

「人類最強の冒険者は、今の時点では間違いなくあんただ。そして、その坊主を守るのはあんたの仕事であり、あんた以外の誰にもできん。それを忘れんなよ?」


 冒険者達が、口々にレオニスに話しかける。

 レオニスは彼らの言葉を、神妙な面持ちで聞いている。


「……ああ。忘れないさ。絶対に、忘れないとも……」


 レオニスが兄と慕ったグラン。そのグランは、ライトの顔を一度も見ることなく世を去ってしまった。

 その時の悲しさ、寂しさ、心の奥底から突き上げるような慟哭は、今もレオニスの胸を抉り、その辛さを忘れることを許さない。

 そんな思いを、自分だけでなくライトにまで背負わせる訳にはいかなかった。


「まぁね、レオ兄ちゃんが冒険や討伐で万が一のことが起きた時にはね、ぼくもここにいる皆も、だぁーれも生きていないから」

「それはそれで、ある意味安心?だよね!」

「でも、できればぼくも長生きしたいし、レオ兄ちゃんや皆にも元気に長生きしてほしいなぁ」

「だから、レオ兄ちゃんも、冒険者の皆さんも、いつも『いのちだいじに』で行動してね?」


 ライトはのほほんとした顔で宣う。

 レオニスは苦笑を浮かべながら、ライトの顔を見つめる。


「ああ、分かってるよ。俺だって、お前の嫁さんや子供や孫をこの目で見るまでは、死んでも死にきれんからな」

「「「「「………………」」」」」



 大広間が再び静寂に包まれる。

 基本空気の読めないレオニスは、そんな微妙な空気に気づくことなくクレナに向き直る。


「さ、ギルド長の用事も済んだことだし。俺達帰るがいいか?」

「あ、はい。では転移門の部屋までお送りします」

「じゃあな、お前ら。今日はありがとうな」

「おう、こっちもいろいろと珍しいもん見れて楽しかったぜぇ」

「うるせーや。そう思ったら今度飯でも奢りやがれ」

「いいとも、それくらいお安い御用だwww」

「言ったな?そんなら氷蟹の贅沢フルコース料理10人前奢ってもらうぞ?」

「や、ちょ、待て、それは反則だろ!」

「冒険者たるもの、二言はねぇ!金稼いで用意しとけよ!」

「ぐああああ、俺明日ラグナロッツァ出て別の街行くわ!」

「あッ、おいコラ、逃げんじゃねー!」


 騒がしくも賑やかで楽しい時間は、留まることを知らないようだ。

 だが、それでも日は落ち、帰宅の時間は近づく。

 ライト達は数多の冒険者達に見送られながら、大広間を後にした。





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 冒険者達が _| ̄|● となる「ドラゴンの卵」と「肉まん」は、第25話に出てくる『ドラゴンの卵を孵化させよう!イベント』が原因です。

 人死の出るような危険さこそなかったものの、当時そのイベントに参加した全ての冒険者達に一生もののトラウマを与えるほど、過酷だったようです。


 そして、レオニスが仲間の冒険者にふっかけた『氷蟹の贅沢フルコース料理』は1人前3000G、日本円にして3万円相当の超高級料理です。

 つまりレオニスは、30万円分の料理を奢れ!と言っているのも同然なのです。そりゃ言われた方は裸足で逃げ出して当然な訳ですねwww

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