第10話 ピクニック

「ライト、いいかぁ? お前の父さんはなぁ、そりゃあもう凄い人だったんだぜ!」


 7歳になったライトの誕生日。

 レオニスはライトを肩車しながら、カタポレンの森の見回り兼散策していた。

 うららかな春の陽射しが木漏れ日となって、二人の上から降り注ぐ。いつもと変わらぬ、穏やかな優しい時間が流れる。


「レオ兄ちゃんと父さん、どっちが強いの?」


 少しだけ開けた見晴らしの良い高台についた二人は、そこでお昼ご飯を食べるために準備をする。


「そりゃもちろんお前の父さんさ!俺より8歳年上でな、いっつも皆のことを守ってくれて、とびきり強くて頼もしい兄貴だったんだぞ!」


 明るく笑いながら、当然!とばかりに楽しそうに言い放つレオニス。

 大きな樹の下に敷いた敷物の上に二人は座り、持ってきた篭からサンドイッチや唐揚げなどを思い思いに取り出しては食べる。

 天気のいい日でレオニスの仕事がない時には、こうして二人でお出かけする。幼いライトが最も楽しくて、大好きなひと時だった。


「ぼくもレオ兄ちゃんや父さんのように、冒険者になりたいなぁ」

「おう、冒険者はいいぞ!世界中を旅していろんなお宝を探したり、強い魔物と戦ったり、何より人のために働けるからな!」

「そうだよねぇ、冒険者ってすごいよねぇ!ねぇ、レオ兄ちゃん、ぼく、大きくなったら強くなれるかなぁ?」

「もちろんなれるさ!何てったってお前は、あのグランの兄貴とレミ姉の子供だからな!それに、俺だってお前を鍛えてやるぞ!!」

「本当!?ぼく、がんばる!」


 育ての親レオニスを「レオ兄ちゃん」と呼び慕い、憧れの冒険者話で盛り上がる。その楽しい会話に、サンドイッチを食べるのも忘れて燥ぐ7歳児のライト。

 中身は前世の分も含めたらとっくにアラサー過ぎなのだが、それを今の7歳児が堂々と表に出す訳にもいかない。

 なので、とりあえず人前では年相応の振る舞いをすることを常に心がけているのだ。

 決してもとから精神年齢が低かった訳ではない。ないったらない。


 そう、いくら普段から大雑把でキニシナイ!がモットーなレオ兄でも、さすがに子供である俺がその目の前で『見た目はお子様、態度は大人!』な行動をし続けたら、壮絶に心配するか心底頭の壊れたおかしい奴だと思われるもんな……

 最初の頃こそ、演じる度にお尻のあたりがモゾモゾとしたもんだが。慣れれば0.1秒でオンオフ切り替えられるようになった。俺、来世ではハリウッド俳優目指せるかも!目指せジョニー・ピット、目指せブラッド・デップ!


「おう、そのためにたくさん食べて、たくさん寝て、ちょっとだけ勉強も頑張って、そっからまたたくさん遊ぶんだぞ!」

「うん!レオ兄ちゃんより父ちゃんより、強くなるッ!」

「おー、その意気だ!俺もうかうかしてられんなぁ、どっかで大物狩って鍛え直さないとならんな。よーし、ちょいと半年くらい頑張って遠征行ってくるかなッ」

「えッ、ウソッ、やだやだ!レオ兄ちゃん、そんなに遠くに行っちゃやだーッ!」


 慌ててレオニスにしがみつくライト。

 そんなライトの頭をくしゃくしゃと軽く撫でながら、レオニスは軽やかに笑う。


「ハハッ、冗談だよ、そんなに大規模な討伐は当分行かないさ。それに、そこまで深刻なダンジョンの出現もここ数年聞いてないしな」

「良かったぁ。んもー、おどかさないでよぅ!」

「すまんすまん。ただ、万が一廃都の魔城のような魔窟が新たに出現したら、さすがにその時は俺も出向かなきゃならんからな。ま、あの廃都の魔城もまだ健在なのが忌々しいが」

「廃都の魔城……」


 ライトはその言葉を聞いて俯いた。


 今まで旅した世界中の、ありとあらゆる話を面白おかしく話して聞かせてくれるレオニスだが、廃都の魔城のことだけはあまり話してくれない。

 その理由を、ライトは知っている。


「こないだ本で読んだ。すっごくたくさんの、ゆうしゅうな冒険者さんたちがぎせいになった、みぞうの大厄災だったって……」

「……ライト……お前、すんげー難しい言葉知ってんね……」


 ライトはとても頭脳明晰で、特に本や地図が大好きで絵本だけでなく歴史書や魔術書、技能書等々大の大人でも読むかどうか分からないような書籍まで、キャッキャと喜びながらページを捲って眺めていた。

 レオニス的には、あれは図説や魔法陣の絵面なんかが見てて楽しくて面白いんだろうなー、くらいにしか考えていなかったが。どうやら違うらしい。


「え、ナニ?お前まさか、もしかして今までの本の内容全部理解してんの?……すげーなぁ、俺なら3秒で寝れちゃうわ……」


 ライトは信じられないようなものを見る目つきで、レオニスから見られてしまったが。そんなことはキニシナイ!


「……ま、いっか。さすがはグラン兄とレミ姉の子だぜ!」

「勉強だって、できるに越したこたねぇからな。欲しい本や道具があったらいつでも言えよ、このレオニスの兄貴が何でも買ってやるからな!」


 レオニスはそう言いながら笑った。

 普通に考えて、そんな難解な本を7歳児が読み込んで理解するなどということは相当に奇っ怪なことで、疑問符のひとつやふたつや百千万くらい浮かんでもおかしくない、はずなのだが。

 そんなことはキニシナイ!(訳:さすがグランの兄貴の子、ライトはスゴイ!)

 レオニスも大概大雑把な性格だった。


 そんなレオニスだが、さすがに本と格闘して3秒で寝落ちする程無能ではないし、そこまで酷い勉強嫌いでもない。

 だがそれでも、二十歳を過ぎた今となっては「ああ、もっと勉強しておけば良かったな」と思うことが度々ある。

 自分でもそう思うからか、ライトには余計にそうなってほしくない、と思ってしまうようだ。


 だから、グランとレミの忘れ形見である大事な大事なライトに、将来不自由な思いだけはさせまいと、様々な鍛錬のみならず教養面でも金を惜しむことはなかった。

 それこそが、孤児院でも冒険者になってからもずっと面倒を見てくれた、グランとレミへの恩返しだから。


 ライトが読みたいと言った本は全て買い与えていたし、鍛錬にも良いと思えるような玩具や道具なんかも買い揃えた。

 さすがにエロ系が紛れ込んでいるようなものや、道徳面で危ういものは教育的にアウトなので事前にチェックして排除していたが。


 ライトが親無し子などといじめられたりしないように、何不自由なくのびのびと育てていきたい。レオニスは常々そう思っていた。

 もしグランが生きていたならば、絶対にそうしていただろうから。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 お昼ご飯を食べた後も、ぽかぽかと温かい陽射しが降り注ぐ。

 時折頬を撫でる弱い風が心地良い。満腹になった幼子の眠気を誘うには十分だった。


 レオニスの胡座の上に小さな頭を乗せて、スヤァ……とお昼寝するライト。

 ふにゃふにゃと寝言ともつかないような、謎の言葉を発しながら眠るライト。その何とも可愛らしい姿に、外では滅多に見せないような優しい眼差しで見つめるレオニス。


「ふふっ……こうして見てると、普通のちっこい子供なんだけどなぁ……何をどうすりゃあんなことになるんだか……」


 今からちょうど1年前の、ライトの6歳の誕生日の日の夜のことを思い返していた。





====================


ようやく主人公が出てきました。うおおおお、ここまで長かったぁぁぁぁ……

 作者的にはもう『苦節ウン十年』と語りだしたい気分でございますよぅぉぅ……


 グランの父ちゃん、レミの母ちゃん、見守っててくださいね。貴方方の息子と後輩がこれから活躍しますよ!……多分。

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