第11話 記憶の整理 (side:ライト/橘 光)

 今の俺は「アクシーディア公国のライト」だが、昔の俺はたちばな ひかるという名前の、そろそろ三十路いわゆるアラサーを迎えようかというお年頃の日本人だった。

 地元の中堅大学を卒業した後は定職に就かず、半ニート生活をしていた。親がそれなりの土地持ちで不動産収入や株の配当、いわゆる不労所得があり無理に働かなくても良い環境にあったからだ。

 しかし、俺の両親という人は堅実な人達で


「無理に就職しろとは言わん。だが、人間として生きていく上で、最低限必要な社会性は維持しろ。そのために週1週2でもいいから、何らかのバイトなり何なりで働いて稼げ」

「世の中一瞬先は闇なんだからな!今が良くたって、来年再来年は分からん。つーか、半年先だってどうだか分からんぞ、いつ何時でも備えあれば憂いなし、だ!」

「お前だって、完全ヒキニートになんてなりたくないだろ?俺だって親としての務めがあるし、我が子に穀潰しの甲斐性なしの無能になんてなってほしくないしな」

「結婚だって、無理してしなくてもいい。この人となら、一生を添い遂げたい!と思える人と出会えなければ、無理して結婚したって意味ないからな。ただ、生涯独身を貫き通すなら、老後の資金もそれなりに確保しとけ」


 と言って憚らない。うん、俺もそう思う。

 さすがはバブルやらリー何ちゃらショックやら、浮き沈みの激しい時代を生きてきた世代だ。言葉の重みをひしひしと感じさせる。


 両親の教育方針と言い分は全てが全て真っ当故、俺もそれに従い適度に仕事していた。

 基本的には、親父が管理している不動産類の維持管理の見習い的手伝いやら、株の管理を任されている。将来の相続を考えると、早いうちから知っておいた方が絶対にいいからな。


 そもそも俺は、就職氷河期と呼ばれる世代だ。

 ブラックだのホワイトだの、企業体質にも色があることが世に広く知られるようになった時代。

 そして、これだからゆとりは使えんだのさとり世代だの、まぁ散々な言われ方されたもんだ。

 それでもまぁ、他の同世代からしたらかなり恵まれてはいたと思うが。


 ……閑話休題。


 そんな前世の俺が、唯一プレイし続けていたゲーム。

 それが【ブレイブクライムオンライン】だ。


 ブレイブクライムオンライン―――通称ブレクラ、BCO。

 RPG系ゲームで、知る人ぞ知る的な隠れた名作―――とまでは言わない。何故なら、俺にとっては名作中の名作でも現実としては無名中の無名、エンペラーオブ無名ゲームだからだ!


 とはいえ、美少女カードゲーム系のような露骨な搾取ゲームや、オン狩り上等他人のアイテムバンバン強奪してやるぜ!みたいなトラブル満載地雷ゲームもやりたくない。

 数々のゲームを渡り歩き流離い続けた末に、ようやく辿り着いたのがブレイブクライムオンラインだった。


 そのブレイブクライムオンラインの始まりの地「アクシーディア」。今ライトとレオニスがいる国の名前だ。

 その他にも、今住んでいる魔の森カタポレンに俺の両親の生まれ故郷ディーノ村。

 この三つの地名を聞いただけで、俺はここがブレイブクライムオンラインの世界であることを即座に理解した。そのどれもが、ブレイブクライムオンラインのゲーム中に存在した地名なのだから。


 ということは、何か?俺は前世で死んだのか?

 前世で死んで、この世界に飛ばされたのか?


 だが、どうにもそこら辺が曖昧というか一向に思い出せない。

 あっちの世界で死んだからこっちに来た?

 臨死体験?幽体離脱?異世界転生?

 全く何も覚えてないし、記憶にない。

 死んだ覚えもないのに、気がついたら全く別の世界にいたのだ。


 え、異世界飛ばされたのに特典チートとか何もないの?ひどくね?

 バインバインでボン!キュッ!ボン!な女神様は何処にいるの?俺まだ一度もそういう存在にお会いしてないよ?


 だが、いくら考えても答えは出ないし、思い出せない以上どうにもならない。

 これ以上考えても時間の無駄だ!前世の記憶同様、そのうちに何かの拍子に思い出すだろ!……多分。

 そう開き直った俺は、今後のことを考えるべく育ての親になってくれたレオニスに、本やら地図やらあれこれおねだりした。


 書物や地図には、その世界に関する様々な知識が詰まっている。

 いくらこの世界が俺の知るブレイブクライムオンラインだとしても、全てが全て同じとは限らない。いや、むしろゲームの中で言及されていない部分の方が圧倒的に多いだろう。

 所詮ゲームなんてものは、ただ単に遊べる要素だけを切り取って寄せ集めた継ぎ接ぎだらけの―――いわゆる「仮想世界」ってやつなのだから。


 故に、俺はこの世界で実際に生きていくために必要な、実態に則した「この世界のルールや歴史」を早急に知らねばならぬのだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 レオニスから与えられる書物類を中心に、俺はこの世界のからくりの一端を知る。

 アクシーディア公国のある大陸名「サイサクス」、これはブレイブクライムオンラインというゲームを運営していた会社名だ。

 そのことに気づいた上で改めて世界地図を見回してみると、あちこちにあるわあるわブレクラ以外のサイサクス謹製ゲームの数々が!


「動物ペット物語」……様々な動物をペットにしてコレクションしたり着せ替えを楽しむのんびり系。

「ファンタジーライブラリー」……本を中心とした世界で様々な謎解きを進めていく推理もの。

「ゆるキャラ争奪大作戦」……全国各地のゆるキャラを争奪し合う陣取りゲーム。


 他にもいくつもの見覚えや聞き覚えのある、サイサクス製ゲーム由来の国名や地名が地図上にある。

 そしてそれらの固有名詞が全て、サイサクスという名の大陸にひしめいているという事実。

 それを知った時の俺の心情は、まさしく衝撃の一言に尽きる。


 また、かつて俺の母レミが父グランの死後に渡ったというサイサクス大陸北に位置する「ハイロマ王国」。

 その正体は、サイサクス製恋愛シミュレーションゲーム【ハイパーロマンス 燃え萌え恋来いウルトラズキュン☆】だ。

 通称「ハイロマ」もしくは「萌えズキュ」。


 ……ぐおおおおおッ、「ハイロマ」はともかく「萌えズキュ」だけはどうにも慣れんッ!何とかならんかこの殲滅力はッ!

 まだこの世界のそれがハイロマ王国で良かったわ、もし万が一「モエズキュ帝国」とかいう国名だったら、全身全霊全力で滅ぼしにかか……る前に俺の精神の方がメルトスルーする自信あるわッ。


 ……閑話休題、其の二。


 レオニスのおかげでハイロマ国民にならずに済んだ俺は、レオニスに連れられて本来のホーム、本拠地であるアクシーディア公国に戻ってきた。

 あのままハイロマに居続けたら、俺の人生どうなっていたか分からんかった。乙女ゲー世界のモブルート間違いなしとか考えたくもない。


 橘 光だった頃の記憶以外に異世界転生特典など全く手にしていない、本当に平凡な平民の子『ディーノ村のライト』として生を受けた。

 そこに不満がないと言えば大嘘になる。

 だが、他の人間だって皆そんなもんだろう。前世の橘 光だって平々凡々な一般市民だったし、そもそも特典チートなんて持って生まれてくる方がおかしいのだ。


 それに、平々凡々な俺だって何も持ってない訳じゃない。

 俺の養い親になってくれたレオニス、世界屈指の現役凄腕冒険者。彼に師事すれば、この世界で冒険者として生きていくことは十分に可能だ。

 そして最も重要なのは、この世界がブレイブクライムオンラインの世界であることを知っている、ということ。これが手の内にあるというだけで、俺の立ち位置はかなり有利なものに変えられるはずだ。

 今はまだ何もできない幼児だが、成長してある程度自分の足で動けるようになれば。この世界特有のシステムを利用して、より優位な人生を送ることもきっとできるはずだ。


 冒険王に、俺はなる!!……とまでは言わないが、適度に働き適度に稼ぎ、衣食住はもちろんのこと老後の憂いのない人生を送りたい。

 就職氷河期なんて辛く厳しい凄惨な過去は、思い出したくもない。

 何十社もエントリーシートを記入しては送り、何十社も都度出向いて面接を受けて、その悉くからお祈りメールを返される日々。

 あんな辛酸は、もう味わいたくないんだ。


 そう、俺はかつて【ブレクラの生き字引】とまで呼ばれた男。

 そのシステムを裏の裏まで知り尽くしたこの俺様が、ありとあらゆる手練手管裏技全てを駆使しまくって、今度こそ!平穏無事な人生を送るんだ!!

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