第6話 最後の手紙 (side:レオニス)
レオニスは「廃都の魔城」と呼ばれる魔窟を、文字通り「蹂躙」した。
無限とも思える階層の多さや悪質な罠をものともせず、出てくる魔物全てを一瞬のうちに屠り続けたのだ。
「グランの兄貴を殺ったのはお前か!」
「お前であろうとなかろうと、ここにいる魔物共は全て殺す!」
「貴様等に明日が来るなどと思うなよ!」
そんなことを叫びながら、1メートルはあろうかという重厚な大剣をいとも容易く振り回し、魔物から噴き出る大量の返り血など欠片も気にすることなくひたすら蹂躙し続けたレオニス。
彼のトレードマークである深紅のロングジャケットは、瞬く間に数多の魔物の血で染め上げられ乾く暇もなかったという。
最終的には深奥のボスクラスの四帝【武帝】【愚帝】【賢帝】【女帝】と対峙し、それら全てを赤子の手を捻るかの如く容易く捻じ伏せた。
兄と慕うグランの死を知ったレオニスの怒りは、それ程までに強く凄まじかったのだ。
レオニスの二つ名はもとは【深紅】だった。彼の戦闘服である深紅のロングジャケットの出で立ちがその由来だ。
そこに「
【深紅の恐怖】―――金剛級冒険者の新たな二つ名が誕生したのは、紛れもなくこの廃都の魔城討滅戦が契機だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
廃都の魔城の攻略任務をひとまず完了したレオニスだったが、その後すぐにはディーノ村に戻ることができなかった。
魔窟という名に相応しい階層の多さにより、最奥部に辿り着くまでかなりの日数がかかったのと、全滅した先遣隊の遺体確認や遺品探しもしなければならなかったからだ。
レオニスとしても、グランの遺品があれば是非とも見つけたかったし、何としても何某かの遺品を見つけてグランの唯一の家族であるレミの元に届けたかった。
仲間の遺品をひとつでも見つけて、家で待つ家族のもとに届けてやりたい―――その思いは誰もが同じで、その場にいた者全員が数日間懸命に捜索し続けた甲斐あって、かなりの遺品を確保することができた。
そしてその中には、グランの物と思しきものもあった。
グランが愛用していたサブのナイフと、野営用のマント。特徴のあるナイフの柄に、黒いマントの襟元には最愛の妻レミの手縫いであろう紅色の糸で施された刺繍の、グランの名。
レオニスもそれらがグランのもとで何度も使われるところを見ていた品々なので、グランの物であることに間違いはない。
グランの遺体は、見つけられなかった。というか、今回のような魔物相手の討伐隊遠征で殉死した場合、誰の遺体か判別できる方が稀である。むしろ、明確にその人のものだと分かる遺品があるだけでもまだマシな方なのだ。
幸いにも発見できた、グランの遺品。そのうちのひとつ、黒のマントの内側のポケットには、最愛の家族レミに宛てた一枚の手紙が折り畳んであった。
『愛しいレミ。お腹の子と元気に過ごしているか。
子供は男の子かな、女の子かな。元気に生まれてきてくれれば、俺はどっちでも嬉しいな。
名前はどうしようか。子供ができる前に、男ならライト、女ならシェリィがいい!とか昔話したことあったっけな。
子供が生まれる前には必ず戻る。それまでレミも頑張ってくれ。
大事な時に一人にしてすまない。だが、俺も親父になるからには気張らなきゃな!父ちゃん頑張るぜ!!
それじゃ行ってくるよ。俺の帰りを待っててくれ。
魂だけになってでも、絶対にお前達の元に戻るから。
グラン』
「……グラン兄……何で……どうして……」
「レミ姉に……何て言えばいいんだよ……」
「なぁ、嘘だって……嘘だって言ってくれよ……」
「いつものようにさぁ……大声で笑いながら……俺の背中をバンバン叩いてくれよ……」
「兄貴……あぁ……ッ……兄貴ぃぃぃぃぃッ!!」
レオニスは手紙を胸に抱き、人目も憚らずその場で泣き崩れた。
どうしようもなく溢れる涙で、グランの手紙を最後まで読むことができなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そう、これは紛れもない遺書だ。
家に残してきた、愛しい家族への最後の手紙。
グランに限らず、既婚者や親兄弟など家族がいる冒険者や騎士は、危険度の高いダンジョンや遺跡に赴く際何かしら遺書のような手紙を毎回書いて持ち歩く慣わしがある。
万が一出先で死んでしまった時に、少しでも悔いが残らないように―――その時家族に伝えておきたい言葉を、その都度書き残しておくのだ。
もちろん冒険や任務を無事クリアし、己の住む街や家族の待つ家に帰ることができれば、遺書は晴れて御役御免となる。
だが、今回の廃都の魔城攻略の先遣隊は約100人もの冒険者全てが一人残らず帰らぬ人となってしまった。
レオニスが預かったグランの遺品以外にも、冒険者が書き遺した手紙がたくさんあった。
これら全ての遺品を、首都ラグナロッツァにあるアクシーディア公国冒険者ギルド総本部に届けなければならない。
同じ冒険者として、仲間である彼らの最後の声を遺族に届けるために。
冒険者の遺品を届けるのは、とても辛い仕事だ。訃報とともに遺品を見て、泣き崩れる遺族の姿は何度見ても慣れることができない。
明日は我が身、いつ同じ道を辿ってもおかしくない。冒険者とは、そういう生き様を背負う宿命なのだ。
だからこそ、仲間が伝えたかった最後の声はひとつも漏らさず届けたい。いつの日か、自分もその世話になるかもしれないのだから―――
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