第243話 軍略チェス。



 セーゼル武闘会の一日目が終わった日の夜。


 ここはクリスト王国の王城、その隣に作れた迎賓館の一室。


 その部屋には鎧を脱ぎ……ラフな服装の守護神グラース将軍がワインを飲みながら、ソファに座っていた。


 そして、彼の目の前の机に置かれた四角い盤と黒白のさまざまな形の駒が並べられていた。


 グラースは目の前に置かれて黒い駒を手に取った。そして、その駒を動かして盤上に置いた。


「ふーん、そこに置くんだ……じゃあ、俺はこっちに置こうかな」


 声と共にグラースの横からスッと手が伸びて、白い駒を手に取ると盤上を動かした。白い駒が盤上に置かれるのを目にすると、グラースは表情を曇らせた。


「……ぐう」


「軍略チェスか……久しぶりだな。よっと」


 グラースの隣にいつの間にか現れたアレンが軍略チェスの盤を挟んでグラースとは対面のソファに腰かけて座った。


 渋い表情を浮かべたグラースは黒い駒を手に取ると、盤上へ置いた。


「アレン殿、突然現れるのは心臓に悪いのでやめてもらいたい。これでどうか」


「守りを固めるのか……面倒な。引っ張りだしてやろう。いやいや、来ると言ったはずだろ?」


「確かにそうだが。こうだ」


「遅い、周り込む」


「ぐ……そんな簡単にやらせはせん」


 アレンとグラースは軍略チェスを指し……盤上では一進一退の攻防が繰り広げていた。


 ただ、三十分ほど軍略チェスの……決着がついたようだ。


「ぐぐぐ……ここまでだな……私の負けだ」


 苦悶の表情を浮かべたグラースは負けを認めて……黒い駒を軍略チェスの盤面の上にバラバラと落とした。対するアレンも表情は良くなく、軍略チェスの盤面を眺めていた。


「ふふ、勝った。勝ったと言いたいところだがギリギリだった。これだけ……兵を殺してしまったら、戦争に勝ってもじり貧で意味がないな」


「そうだな。いや、参った。アレン殿は軍略にも詳しいのだな」


「俺の火龍魔法兵団はいくら強くとも百人しかいないんだ。軍略もなしにバラバラに戦っても大軍相手に戦い続けることは出来んよ」


「なるほどな」


「まぁ、軍略のほとんどはシズと言う兵団員に任せていたが……シズが入団するまでは俺が兵団を動かしていたんだ」


 軍略チェスの駒を上にポンポンと投げながらアレンは答えた。対してグラースは目を細めた。


「火龍魔法兵団の強さの根幹はそこにあったのかも知れんな」


「どうだろうな。それで? 話って何だ?」


「アレン殿、まずワインを飲まぬか?」


 グラースは足元に置いていたワインボトルとワイングラスを手に取った。そして、ワイングラスの方をアレンの前に出した。


 アレンはワイングラスを受け取ると、グラースが持ったワインボトルからワインを注がれる。


「ありがとう、良い色のワインだ。グラース殿も」


「あぁ。これはザヴォワ地方で作られたいいワインだぞ?」


「ザヴォワ地方……前に聞いたな。ワインの名産地だとか?」


「豊潤で……香り高いワインを作ってくれる。毎年、新酒を手に入れるのが楽しみでな」


「そっか……いいな。ほんじゃまぁ……とりあえず乾杯」


「そうだな。乾杯」


 アレンとグラースはワイングラスを掲げた。


 そして、互いにニヤリと笑うと乾杯を口にした。


 アレンはワイングラスをクルクルと回し香りを嗅いで……一口含むように飲んでゆっくり味わう。


「んーいい香りのワインだ。……うん、味もいい」


「そうだろう。そうだろう」


「これ、美味いなぁ。やっぱり買いに行くかな」


「買いに行くと? もしかして、密入国するんじゃないだろうな?」


「ん? あぁ? いや、ちゃんと許可は取ろうかな? うん」


「本当だろうな。まぁ、どうあってもアレン殿の侵入を阻むことなど出来ん訳だが」


「だろうな……国に侵入するだけなら籠城する城に潜入することに比べたら楽だからな。それで? 話があるんじゃないか?」


「あぁ、私はベラールド王国で唯一アレン殿の顔を知る者だったからな。もし、アレン殿とであった時にとベラールド王国の国王様より命令を受けている。アレン殿……ウチの国に来る気はないか?」


「ない」


「……そうか、そうであろうな。どうせ、クリスト王国の国王からの勧誘も断ったのだろう」


 アレンが即応すると、グラースはワインを一口飲むと予想していたのだろうかすぐに頷いた。


「分かっていたなら聞かないでくれ」


「聞くのが命令だったのでな」


「もう俺は誰にも仕える気はないよ。後進を育てるので忙しい」


「アレン殿が後進を育てていると?」


「あぁ若く見えるが……俺も五十だよ? 去年の国を追放された時に思ったんだ……俺も隠居して後進を育てる役目が来たと思ったんだよ」


「それは……私も耳が痛いな」


「確かにグラース殿にも言えるところか……グラース殿は……六十代か? 道を譲らなければ、後進は育たないぞ?」


「うむ、最近の若い奴は軟弱なのが多くてな」


「しかし後進に任せないと、成長もないぞ? いざという時に大役を任せることができないぞ?」


「それは分かっているのだが。私の名が無くてはバルべス帝国などの近隣諸国より、侵攻する理由ができてしまうので、国王様より止められているのだ」


「その辺もちゃんとベラールド王国の国王に進言した方がいいかも知れないぞ? なんせ、今の帝国は何を始めるかわからない……」


「ん? アレン殿は剣隠と戦ったと言っていたが帝国の情報を掴んでいるのか? 我々の国も帝国の皇宮には間者を忍ばせていたのだが……連絡取れなくなっているのだ」


「はぁーあまり話を広めたくはないんだが……周辺諸国の要人には情報共有するべきか」

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