第242話 最近の王族。

 ここは円形闘技場の関係者専用にいくつか作られた観戦室の一つ。


 その観戦室にはアレンが一人席に座って、闘技場の円形の台座の上で行われている一対一の戦いを見守っていた。


「今戦っていたのはルトバイとリックか……確か、リックってのが、何とか男爵の息子さんだったな。なんだか不器用なのかな? 勝ったものの戦いに窮屈な感じを受ける……二、三回戦止まりか勿体ないな」


 アレンがブツブツと出場者の評価を口にしていたのだが、扉をノックする音が聞こえてくる。


 トントントン。


「ん?」


「アレン様、入ってもよろしいでしょうか?」


「良いぞ」


 アレンの許可を得ると変装しているローラが観戦室に入ってきた。


「失礼します。アレン様、昼食を待ってきました」


「おお、ありがとう」


 ローラはアレンの隣にちょこんと座ると、持ってきていた鞄の中からサンドイッチやらお茶やらを取り出していく。


 お茶を注いだ木のカップをアレンに手渡したところで、アレンに問いかける。


「良い方はいらっしゃいましたか?」


「そうだなぁ。クリスト王国の連中も頑張っているが……どうしてもハンバーク公国やベラールド王国の出場者に目が行ってしまう。やはり国民が多くいれば居るほど強い奴が生まれる確率も上がるよな」


「そうですね。私も先ほどチラッと獣人の方が戦うのを見ましたが、お強いのですね。対戦相手の方も強そうなのに簡単に倒してしまっていました」


「獣人は魔法が苦手だと聞くが、基本的な身体能力がぶっ飛んでいるから。魔法が使えない人間には脅威だよな」


「ですね。はい、サンドイッチです」


「ありがとう。はむ……」


 アレンがローラからサンドイッチを受け取ったところで、円形闘技場が揺れそうなほどの歓声に包まれた。


「ん? なんだ?」


「どうされたのでしょう?」


 アレンとローラが円形闘技場の真ん中に設置された舞台へと視線を向けたところで、二人の男性が姿を現した。その二人を目にすると、アレンは納得したように頷く。


「あぁー守護神の孫が出てきたんだな」


「守護神の孫さん……イグニス・ファン・ロドリゲス様ですね」


「ローラはベラールド王国に居た時に見たことあるのか?」


「いえ、拝見することはありませんでしたが。お孫さん達の中でもベラールド王国内では有名なお方ですよ」


「人気モノか。守護神……英雄の孫だから、仕方ないな」


「そうですね……重圧は大きいでしょうね」


「ん? 待てよ? お孫さん達と言うことは他にも居るのか?」


「ええ、長男のヒルダ様は第一王子の近衛。長女のマルタ様はボルベスト辺境伯夫人。次男のラリー様は確か……冒険者。それで……イグニス様は八番目のお孫さんに当たると記憶しています」


「大家族かよ」


「ふふ、そうですね。貴族様がお世継ぎを作るのが責務とはいえ多いですかね。イグニス様の下に後五人ほど居たはずですし」


「ふは、そのあたりの話を聞いてみるか。あ……そうだ。今日は夜遅くなるわ」


「? また国王様にお呼び出しがありました?」


「いや、さっき昔の知人にたまたま会って……何か話があるんだと」


「アレン様の昔の知人?」


「あそこにいる……守護神と」


「アレン様は……グラース様とお知り合いだったのですか?」


「だったみたいだな。随分前に会ったきりで……さっきまで完全に忘れていたんだよ。そもそもヨボヨボの爺さんになっていたら気付かんよなぁ」


「ふふ、そうなんですか。しかし、グラース様は何の話があるんでしょう?」


「んー俺にも分からん。面倒事ではないと良いが……お、戦いが始まるな。あむ」


 イグニスの戦いが始まるのに気付いたアレンは持っていたサンドイッチを口の中に放り込んで観戦を再開するのだった。




 イグニスと対戦相手のラルファは互いに刃の付いていない槍を構えていた。


 審判をしていたホランドが開始の合図を口にする。


 イグニスとラルファは互いに真剣な眼差しを交錯させていた。そして、二人は槍を構えながら右方向へ間合を計るよう歩きだした。


「はっ!」


 先に仕掛けたのはラルファだった。ダンッと地面に足を付いて踏め出して……槍をイグニスへ突き出した。


 対するイグニスは向けられた矛先に自身の槍の矛先をぶつけていなした。更に……いなしつつ、状態を傾けながらラルファへと槍を突き出した。


 イグニスの槍は少し逸れてラルファの頬に傷を負わせるにとどまった。


 ただ、傷を負って危機感を抱いたラルファは悔し気な表情を浮かべて後方へ飛ぶ。


「っ!」


「逃がさない」


 距離を取ろうとしたラルファに対して、イグニスは前に出て、ラルファへ向けて槍を目にも留まらぬ速さで、連続して突き出してみせた。


 ラルファも最初の数回は何とか槍で受けて耐えていたのだが……対応しきれずに槍を数打まともに受けた。


 そこで、審判のホランドが止めに入って試合は決着が着いたのだった。






「イグニス君は槍の腕がノックスよりも上だな……これからが楽しみな奴だ」


 イグニスの試合を見終わったアレンがポツリと呟いた。その呟きを耳にしたローラは首を傾げる。


「イグニス様の方がノックスさんよりもお強いのですか?」


「ん? あぁ槍の腕はな。ただ、魔法を含めた総合戦闘能力は五分五分ってことかな……戦いになったらどっちが勝つか分からないな」


「なるほど」


 ローラは納得したように顎に手を置いて頷いた。


「しかし、他の出場者との力量差がかなりなるな」


「アレン様はどなたが優勝なされると思いますか?」


「んー分からんな。上位者……獣人の姫様と配下の者一人、ベラールド王国の王子様とイグニス君、クリスト王国では冒険者のロビンがほとんど同レベルで読めんよ。しかし、獣人の姫様を始め……ベラールド王国の王子様と今時の王族は自身を鍛えることに熱心なのか?」


「ふふ、確かに」


「さて……次の戦いが始まるな」


 アレンは木のコップに注がれたお茶をグイッと飲み干したところ、円形闘技場の舞台にセーゼル武闘会の出場者が姿を現した。


 それから、戦いが進んでいき……セーゼル武闘会の一日目が終わるのだった。

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