第237話 ランニングの目的。

 セーゼル武闘会の参加希望者達がランニングを始めて六時間が経った時だった。


 参加希望者達が走り出した広場に置かれていた大きな砂時計の砂がすべて落ちる。


 広場では多くの者が大汗をかきながら地面に横になっていた。


 その様子を目にしたノックスはクスッと小さく笑ってしゃがみ込む。そして、地面に手をついた。


「さーて、ランニングはおしまいッスね。【サモン】」


 ノックスが【サモン】と魔法を唱えると、地面が白く輝いた。その後に、四メートルほどの体躯に成長していたノヴァが姿を現す。


 猛々しく……そこに居るだけで身震いするほどの威圧を発つノヴァが姿を現すと、会場にいた者達が騒然となる。ただ、ノックスは周りのことなど気にすることなくノヴァへ話しける。


「む、何だ? 夕食の時間じゃったんだが?」


「すいませんッス。ちょっと、馬車の荷台を引いて……あの壁を沿って回って、走っている人達を回収するの手伝ってもらえないッスか?」


「む、めんどいのぉ」


「そこをどうにか、ノヴァが一番早いッスから……そうそう食べ物ならいっぱい余っているッスよ? ローラさんの手料理だから美味しいッスよ?」


 ノックスが後ろを指さすとローラの作った食事がまだまだ余って置かれていた。


「ぬう、仕方ないのぉ……ちょっとひとっ走り行ってやるかのぉ!」


 ノヴァはすぐにやる気を見せて、馬車の荷台押す準備を始めるのだった。


 それから、十分ほどで壁回りを一周してまだ走っていたセーゼル武闘会の参加希望者達を回収し……再び広場に参加希望者達が集められた。


 ガツガツと食事をしているノヴァを後ろに、ノックスが座り込んでいる参加希望者達を前に立って話始める。


「おほん、これでランニングを終わりにするッスね。それにしても、だいぶ人が減っているッスねぇー」


 ノックスの言葉通り、走る前は三百人いたセーゼル武闘会の参加希望者が今は百人ほどに減ってしまっていた。


 参加希望者が減ってしまったのは走り始めてから前を走る上位陣に追いつけないとあきらめてしまったのが多く者の理由のようである。


「まぁ、予想通りなんで良いッスよ。それで事前に知らせていたと思うッスけど。五日後、もう一度予選会をやるッスから、またここに今日と同じ時間に集まって欲しいッスよ」


「ハハ、何だ? またここに集まるのか?」


 ノックスへとセーゼル武闘会の参加希望者の一人が問いかける。


「そうッス。ここでやるッスよ……なんせ、五日後にやる予選会の競技種目もランニングなんッスから」


 ノックスの言葉を聞いたセーゼル武闘会の参加希望者達がザワザワと騒ぎ出した。


 それで先ほどノックスに話しかけていたセーゼル武闘会の参加希望者が再び問いかけてきた。


「な、どういうことだよ? 今日、十分に走っただろうが!」


「そうッスね。皆さん、頑張って走っていたッスねー」


「じゃあ」


「まぁ、この予選会で見ているのは別にどれだけ走れるかではないッスから」


「何を言っている? どれだけ走れるか見るために今日一日走らせたんだろ?」


「んーそもそもの話なんッスが……走る速さは限られたスペースで戦うことになる武闘会に絶対必要な要素じゃないッスよね? よって、目的は別……この予選会の一番の目的は今日の自分をどれだけ超えられるかなんッスよ」


「自分を超えられるか? 何を言っている? どういうことだ?」


「準備期間があるとはいえ、今日走った距離を、後日また走って大きく超えるのは大変ッスよね?」


「そ、そうだろうな」


「少なくとも今日を超えるには、今日よりも自分を追い込む必要があるッス。この予選会は周りの出場希望者と競わせるモノではなく、今日の自分と競いどれだけ勝てるか……つまり、精神力を計るためのモノだったんッスよ。この武闘会の主催者は諦めずに最後まで必死に戦う姿を見たがっているんッスよ」


「……」


「しっかり準備して、死なない程度に頑張って欲しいッス。あ……それから最後に一つ、次は騎士団の人達が見学に来るって話ッスから……ズルすることは出来ないッスよ?」


 ノックスはニヤリと笑みを深めて言い放った。


 すると、ノックスの言葉を聞いた一部のセーゼル武闘会の参加希望者達が青ざめてザワザワと騒がしくなった。


 セーゼル武闘会の参加希望者達の動揺を知ってか知らずか……ノックスは踵を返して広場で仕事をしていたローラやルシャナ、王宮から派遣されていた者達、食事をしているノヴァへと視線を向けて声を掛ける。


「じゃあ、帰るッス。撤退ッス。ノヴァもそろそろ帰るッスよ?」


「うむ? もういいのか? ところで、アレンの奴はなぜあんな恰好……」


「あーあー大丈夫ッスよ!」


 ノヴァの言葉をノックスは声を上げて遮った。


 そして、立ち去ろうとしたノックスは最後に一度振り返り、セーゼル武闘会の参加希望者達を見てニコリと笑う。


「じゃー皆さん、五日後に会うッスよぉ~」


 後日、セーゼル武闘会の予選会……二度目のランニングが行われ……セーゼル武闘会の出場者三十人が選ばれることになった。


 その出場者三十人の一覧はクリスト王国の国内に張り出される。


 一覧にはハンバーク公国のナミリア公女様と側近数名、ベラールド王国の王子様と側近数名、ロビンを含む冒険者達などなどの名が並んでいた。


 ただ、残念ながら出場者一覧の中でクリスト王国の貴族の名は予想されていたよりもだいぶ少なく……国王カエサルは肩を落としていたそうが。


 ちなみに、こちらも残念ながら……スラムで結成されたスクードのメンバーであるアレンとキュロス、トッシュの三人も選ばれることはなかった。

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