第232話 助言。

 ここはクリスト王国の王城にある応接の間。


 綺麗装飾の施された応接の間にてクリスト王国国王カエサルと、数刻前に冒険者ギルド会館で騒ぎを起こしていたナミリアとラベルトとが向き合う形でソファに座っていた。


 そして、応接の間にはカエサルの背後には護衛のベアトリスとその部下数名、ナミリアとラベルトの背後に男女の獣人が控えてカエサルとナミリア、ラベルトの話し合いの様子をうかがっていた。


 まず、カエサルが朗らかな笑みを浮かべてナミリアとラベルトに向かい歓迎の言葉を述べる。


「クリスト王国へよくぞいらした。ハンバーク公国の親善大使ラベルト殿、そして、第三公女ナミリア殿」


 カエサルの歓迎の言葉にナミリアが横に座るラベルトの肩をポンポンと叩きながら、満面の笑みを浮かべて答える。


「にゃはは。そうなのだ。私のラベルトが親善大使なのだ。クリスト王国国王カエサル様、お会いできて光栄なのだ」


「姫、静かにしてください。クリスト王国国王カエサル・ファン・クリスト様、突然の訪問申し訳ありませんでした」


 ラベルトが非礼を詫びて、ぺこりと頭を下げた。


「うむ、そうだな。せめてもう少し時間にゆとりを持って訪問の日程を送って欲しかった。それでは国賓に対してちゃんとした出迎えもできないのでな」


「ラベルトは悪くないのだ。私がせっかちだったのだ」


「だから……姫、静かにしていてください」


「まぁ、そこまで責める気はない。今後は頼む」


「分かったのだ!」


「だから姫、静かにしていてください……」


 ナミリアとラベルトのやり取りを見ていたカエサルは、表情は辛うじて変えなかったものの……内心では『本当にこの小さい公女は大丈夫なのか? しかし、クリスト王国よりも数倍の軍力を持つ国だ。公女とはいえ軽くは扱えんか……そもそもハンバーク公国はなぜ外交不向きそうな公女を? 何か狙いが?』と言う疑念を深めていた。


 ただ、そこからは一旦ナミリアが静かに話を聞くようになり、カエサルとラベルトの間で国交の復行に向けてのいくつかの話し合いが持たれることになった。


 その話し合いが一時間ほど経って一区切りついた時だった。


 カエサルは気になっていたセーゼル武闘会の件を口にする。


「それで、書状には我々が主催しているセーゼル武闘会に参加することが書かれていたが」


「私が出場するのだ!」


 セーゼル武闘会の件をカエサルが持ち出したところで、それまで黙って話を聞いていたナミリアは猫耳をヒョコっと動かして声を上げた。


 そこで、きょとんした表情になったカエサルはナミリアへと視線を向けた。


「え、ナミリア殿が出場するので?」


「うむ、私は強いのだ! それにあれ……」「姫、静かにしていてください」


 カエサルの問いかけに元気よく答えるナミリアであったが、そのナミリアの言葉を遮るようにラベルトが声を上げた。


 ラベルトは一度ワザとらしく咳払いをして、続き口を開く。


「おほん、すみません。姫を含めて、三名の参加を検討しています」


「まぁ、条件を満たしているのなら問題ない。ただ、セーゼル武闘会中の死傷関しての自己責任と言う契約書を書いてもらうこと、人が集まり過ぎたから予選会をやることを……了承するなら構わないのであれば」


「それはもちろん……それに臆する者を選定していませんので」


「ならばよい」


「ありがとうございます」


「うむ、話はこのくらいにしようか? ラベルト殿もナミリア殿も長旅で疲れているだろう? 迎賓館は埋まってしまう予定があってな、すまぬが……良き宿を貸し切ったのでそこで休んで欲しい」


「いえ、突然の訪問にも関わらず対応ありがとうございます」


「では、案内を頼むぞ。ベアトリス」


 カエサルは視線を後ろで控えていたベアトリスへと向けて命令した。すると、ベアトリスは一歩前に進み出て頭を下げた。


「かしこまりました。ベアトリスです。今日のお宿まで案内させてもらいます」


 ナミリア、ラベルトがソファから立ち上がった時、ナミリアがカエサルに視線を向けて問いかける。


「ところで、アレン・シェパードはどこに居るのか?」


「姫!」


 ラベルトは慌てた様子で、ナミリアを諫言した。しかし、ナミリアは止まることはなく。


「ラベルトはまどろっこしいのだ」


「……どこで、その噂を聞いたか知らんが。アレン殿はこの国を離れたよ」


 カエサルは少しの沈黙の後で、首を横に振って答えた。しかし、そのカエサルの答えではナミリアは満足しなかったのか更に問いかける。


「この王宮にも出入りしていると聞いているが?」


「今日、この国に入ったばかりのナミリア殿が誰から聞いたのか、気になるところだが……一つだけ言わせてもらっていいかな?」


 カエサルはナミリアの前に一指し指を立てた。ナミリアは首を傾げる。


「? なんなのだ?」


「彼はあまり表舞台に立つことを望んでいないようだ。少しのこと例えば……そうだな。尾行程度なら面白かったと言って許すだろうが」


 カエサルはそこで言葉を切るとナミリアの背後にひかえていた護衛へ一瞬視線を向ける。


 カエサルの向けられた後ろの護衛……特に女性の獣人の方が動揺したように表情を強張らせた。


 目つきを鋭くしたカエサルは少し声のトーンを落として話した。


「これは助言だ。あまり派手に彼の周りを嗅ぎ回ると怒りを買うぞ? 彼の強さは異質。そして、君達が英雄と崇める獣神マゼラン殿と同列に語られる人物である……彼に喧嘩を売るとどうなるか分かるだろう? 更に……公国とアレン殿とがことを構えた時には微力ながら我が国も彼の力になるべく動くであろう」


 カエサルから一国の王が放つ威圧……威光がナミリアへと向けられる。するとナミリアが気圧されたように、体をビクンと震わせた。


「わ、わかった。わかったのだ。戦争を起こそうなどとは……父上に拳骨をくらってしまう」


「……分かってくれたなら良いが」


 ナミリアの言葉を聞き、カエサルはすぐに表情を緩めた。すると、カエサルの放っていた威圧は飛散して消える。


 更にカエサルは手を組み、少し前のめりとなって続けた。


「我々クリスト王国国民にとって彼は亡国の危機を救った英雄なのだ。私も彼の機嫌を悪くするようなことはしたくない」


「私が悪かったのだ。忘れてくれると嬉しのだ」


「……分かった。今日のところは宿で体を休んでくれ。国の案内役は明日以降に用意するゆえ、また連絡する」


 こうして、カエサル達の話し合いが終わって、ベアトリスに案内でナミリアとラベルトが応接の間を後にしたのだった。

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