第224話 アレンは突然に。

「ふんふんーせーかいじゅうを~ぼーくらのーなみだーでうめつーくして」


 新たな武器を手に入れたアレンはご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら王都リンベルクを一人歩いていた。


「はやーくよ、はやあーくよ、いえにかえってーれんしゅしなきゃーいけないんだぁーけど、れんしゅうあいてがーダイスのようにころがってーふんふん……んお?」


 一旦ひどい鼻歌をやめてアレンは立ち止まって、何かを見つけたのか振り返った。そして、ニヤリと笑みを浮かべる。


「お、丁度いいところに……」


 アレンは踵を返して、来た道を引き返していくのだった。




 ここはリンベルクの街にある陽蜜亭と言う菓子店である。


 陽蜜亭は以前アレンが弟子達を連れてきたことのある菓子屋兼カフェで……名物が蜂蜜をたっぷりかけられたワッフルであった。


 店内は蜂蜜の甘い香りが漂っていた。


 多くの客で賑わっていてお菓子を楽しみながら会話を楽しんでいる。


 その店内の中で一つのテーブルの席にメイド服の女性に案内されて深い帽子に黒縁の眼鏡をかけた女性が着いた。


「お客様、こちらメニューです」


「大丈夫、蜂蜜ワッフルとトッピングでゴルシイモのムース……それから紅茶を」


 黒縁の眼鏡をかけた女性が硬い口調で、メニュー表も見ることなく注文を口にした。注文を受けたメイド服の女性はメニューを下げて、頷く。


「蜂蜜ワッフル、トッピングゴルシイモのムース、紅茶ですね。かしこまりました」


 メイド服の女性が一度頷き、その場から離れようとした時だった。


「あ、お姉さん。お姉さん。僕も! 僕も! お姉ちゃんと同じやつを頂戴」


 黒縁の眼鏡をかけた女性とはテーブルを挟んで対面にいつの間にか座っていた……アレンがメイド服の女性に子供のフリをして注文したのだ。


 黒縁の眼鏡をかけた女性がブフッと吹き出し、突然現れたアレンを目にして驚きの表情を浮かべた。


 メイド服の女性も驚きはしたが、首を傾げる程度で……すぐに笑顔を浮かべて受け答える。


「あら? ご、ごめんなさい。私ったら……弟さんもかしこまりました。サービスで蜂蜜をたっぷりにしてあげるから楽しみにしていてくださいね」


「わーありがとう」


「ふふ、少々お待ちください」


 注文をとったメイド服の女性が笑みを浮かべて、カウンターの奥へと入っていった。


「と、突然、どうしたのですか?」


 メイド服の女性が離れたのを確認して、黒縁の眼鏡をかけた女性が硬い口調でアレンへと問いかけた。


「敬語はいらないって……弟と接するように話してくれる?」


「……分かった。それで」


「いやーちょっと前から優秀な尾行者に追われていてさ。気配をちゃんと殺して尾行者をまいてやらないと駄目なんだよねぇ」


「尾行者? 大丈夫なんです……なのか?」


「あぁ、大丈夫。大丈夫。最近では、尾行者との追いかけっこも楽しくなってきたくらいなんだ」


「楽しくって……貴方は」


「それで、さっきから気になっていたんだけど……何で変装してこんなところに来ているんだ? ベアトリス?」


「……」


 アレンの問いかけに黒縁の眼鏡をかけた女性……クリスト王国最強の騎士と呼ばれているベアトリスが顔を顰めて、黙った。


 少しの沈黙の後で、アレンが沈黙を破って、口を開く。


「まぁ、言いたくないなら別にいいよ。俺が気にしたのはこれからベアトリスが……恋人と密会とかだったら悪いなぁって思っただけし」


「……ずかしかった」


「ん?」


 ベアトリスの小さく言った言葉が聞き取れなく、アレンは首を傾げて、問いかけた。


 すると、絞り出すようにもう一度口を開く。


「恥ずかしかったんだ」


「ん? なんで?」


「いや、私のような無骨な軍人にこういう菓子を出す店は似合わんだろ?」


「ん? そんな理由なのか? 誰だって自由に来たらいいと思うが……」


 納得いかないと言った様子でアレンは首を傾げていたが。ベアトリスは、この話題にあまり触れてほしくなかったのか、話題を変える。


「あの……それより何か用があったんじゃないか?」


「あぁ、ちょっと新しい武器を作ったんだが……試すのに模擬戦を付き合って貰えないかと思った……それだけだよ。今、弟子が出払っていて試す相手が居ないんだ」


 ベアトリスの問いかけに、アレンは腰に下げていた鞄をポンポンと軽く叩きながら答えた。アレンが言った新しい武器と言う言葉にベアトリスはピクリと反応を示して、興味深げにアレンの鞄へと視線を向ける。


「……アレン君と模擬戦ができると言うのなら喜んで受けるよ? それでどういった武器なんだ?」


「投擲武器に改良を加えた武器かな?」


「投擲武器に改良? なんでまた?」


「今の俺は訳あってほとんど魔法が使いない状態って前に話したよな?」


「あぁ、まだ信じられないが……」


「魔法がない俺は中距離、遠距離の戦闘で……攻撃パターンが限られてくるんだよ。斬撃を飛ばすくらいか? しかし、斬撃を飛ばすのは加減が難しくて防御した盾をも切り裂いて兵士を殺しちゃう……それは制約的に拙いからいろいろ考えた結果たどり着いたのがこの投擲武器って訳」


「……私の理解の範疇を超えているのだけはわかった。まぁなんにせよ。アレン君が考えた武器を見ることができるのは喜ばしいことか」


「いや、待て待て……期待を高く持っているようだが……今さっき作ったばかりの武器で名前すらない。変わった作りの武器だから使い物になるか、わからないんだよ」


「そうか……それで? 模擬戦はいつにする? この後でもいいぞ?」


「さすがに今日は難しいな。少しは使い慣れないとだから……七日以降だな」


「七日後か……軍の修練場を一部屋貸し切っておこう」


 身を少し乗り出して……食い気味で答えたベアトリスにアレンは苦笑いをこぼす。


「できたら、傷付けたりしてもいい修練場が良いかな?」


「……もしかして、その武器は地面を大きく割ったりできるのか?」


「いや、そう言う訳じゃないんだが……武器の構想上では、いくつか傷が残るかも知らないんだ」


「そうか。分かった」


「恥をかかないくらいには練習しなくちゃなぁ」


 そんな会話をアレンとベアトリスがしていると、メイド服の女性が焼きたてのワッフルを持ってやってきた。


 それから、アレンとベアトリスは蜂蜜がたっぷりかかったワッフルを心行くまで堪能して店を後にするのだった。ちなみにベアトリスは自分には似合わないから恥ずかしいと言いつつ、ワッフルを三皿ほどおかわりして……アレンと店の人を驚かせていた。




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