第211話 潜入。
場面が変わって、ここはホソード・ファン・ガラード侯爵の屋敷の長く廊下。
ホソード・ファン・ガラード侯爵の屋敷に潜入したラーセットは周囲警戒をしながら物陰を移動していた。
潜入自体は問題なく……誰からも見られることなく順調に進んでいたのだが、当のラーセットの表情は浮かなく困惑しているのが見てとれた。
庭のトラップを難なく抜けられたのは良かったけど……。
入ってみてわかったわ……やっぱり、この屋敷は不気味ね。
……屋敷に入ってみると動く気配が両手で数えられるほどしかいない。
この規模の屋敷をここまで綺麗に管理するなら使用人が五十は欲しいでしょ?
そもそも、外で監視していた時にはもっと使用人が居たのが目視で確認できた。
監視の報告ではここ数日屋敷から外に出た人はいなかったのよね?
目視で確認できた人の数と、屋敷内に入って感じる気配の数が合っていない?
そんなこと初めてなんですけど……。
屋敷に住んで居る人達が全員気配消しを習得している訳ないでしょうし。
んーどういうことかしら?
とっと、あそこね。
ラーセットは一度辺りを見回して周囲警戒すると、物陰からサッと出て、大きな扉に近づいた。
ラーセットの頭の中には以前、ホソード・ファン・ガラードの屋敷に訪れたことのある者達が書いた地図が入っていて……その地図によるとラーセットの前にある扉がホソード・ファン・ガラードの執務室へと続く扉であったのだ。
ラーセットはしゃがみ込むと、懐から筒状の道具を取り出して……その筒の端を扉に当てて、もう一方の端に耳をつけた。
人の気配もないけど……物音も無しか。ここにはホソード侯爵が居ない。じゃあ、どこかしら? 寝室かしら? 食事中で食堂?
まぁ……念のために確かめようかしら?
一瞬考えを巡らせた後でラーセットは、音をたてぬようにドアノブを握る。そしてゆっくりドアノブを動かして……十センチほど扉を開ける。
扉を開けると、執務室の中から悪臭を嗅ぎ取ってラーセットは眉をひそめる。
「っ!」
執務室の中から漂ってきた悪臭は普通の人間ならば吐き気をもよおすほどの激臭。
ただ、その臭いが何なのか、すぐにラーセットにはわかった。ラーセットにとっては嗅ぎ慣れた臭いであったからだ。
ラーセットはいつの間にか取り出していた短剣を構えて、扉をゆっくりと開けて執務室を覗く。
執務室の中は豪華な作りをしていて、凝った装飾が施された家具などが置かれていた。そして、執務室の真ん中辺りに五、六人が座れるソファが置かれていたのだが……ソファには男女四人が座っていた。
男女四人は執事服、メイド服をそれぞれ着ていてこの屋敷の使用人であることが推測できる。
ラーセットが扉を開けたにも関わらず、男女四人は一切身動きをとらず反応を示さなかった。
……執務室の中からは人の気配がしないのに……人がソファに座っていた。それは……つまりソファに座っている男女四人は死んでいたのだ。
実際に男女四人の周りにはハエがぷーんと飛び回っていて……よく見ると蛆(ウジ)がうじゃうじゃと……。
死体……?
こんなところに? どういうことなの?
何者かが彼らを殺して? ん? だけど、数日前から監視していて、使用人達は働いていたわよね……?
こんなわかりやすいところに、死体が置かれていて他の使用人は気付かなかったのかしら?
ラーセットは執務室の中に入って、男女四人に近づこうとした。しかし、途中でビクンと体を震わせて、背後に飛び去った。
何なの! 急に気配が!
どういうことなの?
遺体じゃなく……生きているの?
ラーセットが内心動揺しながらも落ち着いた表情で、男女四人へと視線を向けた。
カタカタ……。
すでに死んでいると思っていた男女四人の体がカタカタと不規則に動き出してラーセットの方へと顔をグリンっと勢いよく向けてきたのだ。
近くで見る男女四人の様子は普通ではなかった。
彼らは骨や内臓がデロンっと露出し……肌の血色が悪く黒ずんでいて……目の焦点は合っておらずにギョロギョロと動き回り、口元からはダラダラと涎を垂らしていたのだ。
「シ……シンニュウシャ?」
「シンニュウシャ……」
「シンニュウシャ、コロ……ス」
「コロス……シンニュウシャ、コロズゥ」
男女四人はバッとソファから立ち上がって、ラーセットに襲いかかったのだ。それにはさすがのラーセットも動揺を隠しきれなく声が漏れる。
「何よ、これ……侯爵は自身の使用人でアンデットの魔物を作っていたと言うわけ? マナの濃い魔物の領域って訳でもないのにどうやって……?」
ラーセットは近寄ってきたゾンビ達を持っていた短剣でスパスパと切り裂いていく。ゾンビ達の動き自体はそこまで早くなくラーセットにとって余裕で対応圏内であった。
最後に残ったメイド服を着たゾンビに短剣を向けた時だった……すでに切り伏せていたゾンビ達が絨毯を這ってラーセットの足に纏わり付こうとしてくる。
「アーアー」
「シンニュウシャコロス」
「ニクゥー」
「私、アンデット系の魔物は苦手なのよねぇ【パワード】」
ラーセットは肉体強化魔法の【パワード】を唱えると、地面を強く蹴った。
動きの速度で纏わり付こうとしていたゾンビ達を置き去りにして、メイド服をきたゾンビの首を切り落したのだ。
そして、クルクルとバク宙をしながら、執務室の奥にあったデスクの上にストンっと着地した。
ドンドンドン。
執務室の外から扉が強く何に叩きつけられる音が執務室内に鳴り出した。
「っ」
ラーセットは表情を曇らせた。
三体のゾンビを前にして……扉の向こうに扉を叩く存在が何であるか察することができたラーセットは小さくため息を吐いて、胸元の辺りに手を当てた。
ラーセットが手を当てた胸元の辺りには三センチほどの円筒形のペンダントのようなモノが首に掛かっていた。
……首に掛かっていて円筒形のペンダントを首から外すと、どこか複雑な表情で円筒形のペンダントを見つめた。
潜伏失敗ね……さすがに魔物がこんなところに居るなんて予想外。
この状況、どう考えても私一人では対処できないわ。
ふぅ、これは意地を張っても仕方ないわね。
意地か。
ふふ、悔しいわねぇ。団長に潜伏の術を教えた者として……団長に渡されたこれをずっと使いたくなかった。
ラーセットは一瞬の間に思いを馳せていた。ただ、迫り来るゾンビ達を前に……キッと睨み付けたラーセットは円筒形のペンダントをゾンビへと向けて投げ付けた。
円筒形のペンダントがゾンビの一体にぶつかると、そのぶつかった衝撃でパカッと半分に割れた。……その瞬間、耳を塞ぎたくなるほどの大きな音と激しい光が辺りに広がったのだった。
ラーセットが取り出した円筒形のペンダントは音響弾と閃光弾の効果が合わさった特殊な爆弾であった。
それは、火龍魔法兵団での規則の一つで必ず潜入・潜伏時に持って行くことが義務とされていた爆弾であった。その理由はもちろん、もしもの時に外で待機している者に救援を知らせるためである。
ラーセットから爆弾による救援要請を受けた待機していた火龍魔法兵団の兵団員達はラーセットが救援を求めるほどなのかと内心動揺しながらも即座に動き出し、ホソード・ファン・ガラード侯爵の屋敷の中へ増援に向かうのだった。
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