第204話 帰還。
スタスタ。
スタスタ。
ここはクリスト王国の王城である。その王城内にどこからともなく足音が響いていた。
スタスタ。
スタスタ。
バタン。
「お父様!」
騒々しく扉が開いて、リナリーが部屋の中に飛び込んできた。
リナリーが飛び込んできた部屋はリナリーの父でクリスト王国国王の執務室にあたる部屋だった。
部屋の主人兼リナリーの父でクリスト王国国王カエサル・ファン・クリストが読み込んでいた資料から目を離して執務室に飛び込んできたリナリーに視線を向けた。
「おや? お帰り。思ったよりも早かったな? 迎えに行く予定だったんだが」
気の抜けた返事を返したカエサルに対して、鬼気迫る様子のリナリーがカエサルのデスク前にまでズンズンとやって来る。
「できる限り早く帰ってきたのです」
「そうか。我が国が無事であるという伝令を送ったが入れ違いになったのか。まぁいい、もう見ての通りひとまずクリスト王国は無事だったから。リナリーはベラールド王国とバルべス帝国との戦争では随分活躍したそうじゃないか? 疲れているだろう。それに服も汚れている。シャワーを浴びて休みなさい」
「いえ、話を聞くまでは……休めません。情報が錯そうしていて……クリスト王国が壊滅したなんて噂が流れているほどでした。確かにクリスト王国にバルべス帝国を退ける兵力なんてなかったのではないでしょう? どうやって……」
「どうやっても何も……我々はただ運が良かっただけだ」
「運が……何を言っているんですか? 籠城戦とはいえ……我が国は近年敵に侵攻された経験もなくクリスト王国に残った兵数二万では……帝国軍の五万を退けるのは不可能だと言うのが多くの者達の見解でした。運でどうこうなるものではないでしょう」
「我々の国は幸運にも一人の英雄によって救われた」
「一人の英雄……に? どういうことです? 真面目に答えてください」
リナリーは何を言っているのかわからない。もしかして、おちょくられているのではと考えてムッと表情になった。
「いやいや、真面目さ。リナリーもよーく知っている人物だよ。世界でも五指に入る人類最強が一人……帝国から白鬼と恐れられる火龍魔法兵団の元団長アレン・シェパード。彼がサンチェスト王国を追放された後、身分を偽ってクリスト王国に滞在していたんだ……その彼にこの国は救われた。もし、彼が現れなければリナリーが言った通りクリスト王国は帝国を退けることなど叶わず、滅亡していたであろう」
カエサルはリナリーに……魔族の件そしてアレンの件は隠しつつ王宮が公式に発表したクリスト王国とバルべス帝国との戦争の顛末を話し始めた。
「では、本当にアレン殿がこの国に……」
カエサルからクリスト王国とバルべス帝国との戦争の顛末を聞いたリナリーは安堵し、その場にペタンと座り込んでしまった。
「あぁ、アレン殿がやってのけたことはにわかには信じがたいことかも知れぬ。しかし何よりこの国が存続していることこそがアレン殿がやってのけたことが真実であると証明している」
カエサルは椅子から立ち上がって、リナリーに近づくと座り込んでいたリナリーを抱えてソファに座らせる。
そして、カエサルはリナリーの隣に座ると頭を撫でて続ける。
「急いで帰ってきてくれてありがとう」
「……はい。しかし、国の存亡の時に居ることができませんでした」
リナリーは不意に涙を流した。
そして、何も言わずにカエサルに抱き付いて、肩に頬を当てた。
「それは仕方なかろう。私が命令したんだ……リナリーは良くやってくれたよ」
「ひぐ……お父様、ご無事で何よりでした」
「リナリーもよく生きて帰ってきてくれたな。戦争で辛いこともあっただろう」
カエサルとリナリーとはリナリーが泣き止み落ち着くまで、そのまま抱き合っていた。
しばらく抱き合っていたカエサルとリナリーであったが、リナリーが少し気恥ずかしそうに離れて口を開く。
「あの……アレン殿は何処に? 私、直接お礼を言いたいのです」
「……」
「お父様? どうされたのですか?」
黙ってしまったカエサルを目にして、リナリーは首を傾げた。リナリーの問いかけに答えないままにリナリーの隣のソファに腰かけた。
「……アレン殿はすでにこの国を離れてしまったよ。彼は表舞台に立つことを望んでいなかった。名誉もいらぬ。褒美もある意味突き返されてしまった」
「そんな……亡国の危機から救い、クリスト王国全国民から祝福が贈られるべきなのに」
「そうだな。英雄と呼ばれるに相応しく、素晴らしい人物だった。士官してもらいたかったが断られてしまったよ」
「そうですか。本当に残念です。お会いしたかった」
「そのうち……リナリーもめぐり合わせ次第で会えるかも知れないな」
カエサルが話を変えようと考えを巡らせたところで、何か思い出したような表情を浮かべるとニコリと笑みを浮かべた。そして、足を組んでソファに座りなおして口を開く。
「あぁ、それはそうと……ラーベルク王子様」
カエサルがラーベルク王子様と名前を口にすると、リナリーがビクンと体を震わせた。
「そ、それは」
「リナリーはベラールド王国のラーベルク王子様と婚約するのかい?」
「……」
「いや、戦争が始まる前にそのような報告が届いてね。驚いたよ。そう言うことは事前に説明してくれると嬉しいんだが? リナリーはこの国で数少ない魔法使いの一人なんだから、おいそれと国外には出したくないんだよ」
「ぐ……いろいろなことがあって忘れていました。みんなもいろいろなことがあって忘れていてくれないでしょうか?」
「……そんな都合のいいことがあると思っているのか?」
「そうでしょうか?」
「リナリーどうするつもりなんだ?」
「うう……わかりません」
「そうか、私でもお前の思いを汲んでやれんかも知れんが最大限の努力はしよう……ただ、それはリナリーが自分自身で自分の思いに答えを出さないと私はどうしようもないのだからな」
真剣な面持ちでカエサルはリナリーの肩に手を置いて語りかけた。すると、リナリーは小さく頷いた。
「はい……」
「まぁ、今日のところはもう休みなさい」
「わかりました。……失礼します」
リナリーは少しふらつきながらカエサルの執務室を後にした。リナリーの後ろ姿を見送ったカエサルは大きく息を吐いて、ソファの背に体を預ける。
「いやはや、弟子の話をしていたら……危なかったですな」
カエサルのデスクの影からヒョコっとアレンが顔を出した。
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