第174話 デザート。



「あ、あの一つよろしいですか?」


 アレンはカエサルの後ろにいたベアトリスへと視線を向ける。そして、ベアトリスの問い掛けに答える。


「どうした?」


「あの魔族はなぜ我が国とバルべス帝国との戦争の場に現れたのでしょうか? 偶然と言うにはあまりにも」


「……あの場に現れたのはあの魔族の封印を解いた者の命令なのだろ」


「しかし、あの魔族は誰かの命令に従うような。そもそも、あの魔族は封印が劣化などの要因で解かれたのではなく……何者かが解いたと言うことになるんですか? そんな……」


「しかも、その何者かと言うのはおそらく人間だろうと私は思っている。あの魔族を従わせるには……封印を解いたばかりで完全じゃない状態の魔族に対して隷属系統の魔導具でも取り付けて無理矢理に従わせたんだろう」


「では、その封印を解いた者が人間だとするなら……その者をつきとめて……捕縛するしかないですかね。あの魔族を倒すのは少なくとも私にも無理です」


 ベアトリスの言葉に、アレンは首を横に振る。


「……まぁ、俺も倒すことができなかったからな。ただ、アレほど強い魔族を人間が作った隷属系統の魔導具でいつまで拘束できるか……不明だな。いざとなったら解除できる状態かも知れない。つまりは封印を解いた者を捕縛したからと言って意味をなさない可能性が高い」


「そうですか……」


 落胆したように肩を落としたベアトリスは小さく呟いた。また、重い空気が流れ始めたところでカエサルが重々しく口を開いた。


「うむ、我々は次にもしあの魔族が現れた時どう対応するのがよいか……。いや、アレン殿から逃げるほど……どうしようもないか?」


「んー私の行ける範囲内に現れればもちろん戦いますが……隠居している私に行ける範囲と言うのも短い。いや……隠居と言っていられないかも知れないが。私はハーフエルフとは言え、もう少しで五十。今から、あの魔族を追ってあてもなく世界を転々する旅に出るのはさすがに……。また、私の目の前に都合よく表れてくれたら。いや、しかし私一人で勝てるとは……断言できない。かと言って中途半端に人を増やしても」


 アレンが口元に手で押させて、ブツブツと呟く。そのアレンの様子を見たカエサルが小さく笑い出した。


「……クク、英雄と言われるアレン殿は隠居しても憂うことが多いな」


「本当……ですよ。やはり、安心できるように強い後世を育てなければ」


「それで先の提案か……この件は我々もいろいろ考えを巡らせてみる。更に守護者の一族とも連携を強化しよう」


「守護者……」


 アレンは気になった言葉をポツリと呟いた。


「アレン殿は守護者とは面識はあるのか?」


「いえ、私は他の一族との関わりがないのです」


「では、相手の話を聞き、許可を貰えれば紹介するか?」


「……喧嘩になりそうですが」


「喧嘩?」


「一応、別の守護者かも知れないので、お門違いなのはわかっているんですが。今回の件は魔族の封印を守る役目の守護者がしくじったからですよ」


「確かに……そうだが」


「断切者が代々行っていた魔族の遺物を排除すると言う仕事のほとんどを無駄にしてくれた上に、仕事を無駄に増やし、世の中に危機に晒している。守護者に少なくとも一発殴らないと気が済まないんですが」


「……私が以前あった守護者は老人だったからな手加減してやれよ」


「わかりました」


「それで、これが最後の懸案事項だ。今回の戦争の顛末をどのように公表するか。アレン殿が表舞台に立たないのであれば……どういう筋書きに換えるのが良いと思う?」


「……それならば、ルンバ王子様やベアトリスの功に」


「それだと、さすがに辻褄が合わんくなるだろう? ルンバとベアトリスは壁上で戦っておったのだぞ? 確かにルンバとベアトリスは実力者だが……さすがに帝国軍五万を一人で退けられるかと言うと難しいだろう。それに、それができるのなら我が国は最初から苦戦などしておらん」


「確かに……そうですね」


「あぁ……兵士達にあまり嘘を吹き込んでもな。だから、私はアレン殿を公式な謁見に呼ばんと言ったが、名前を使おうと思っているがどうだ? アレン殿やってのけたことは多くの者がやれるようなことではないであろ?」


「やれる人は……かなり限られてくるかも知れないですね」


 アレンが眉間に皺を寄せて考える仕草を見せる。すると、カエサルが手を目の前にもってきて数を数えるように指を曲げていく。


「少なくとも、五万の敵を一人で退けることができそうな人物で思い当るのは火龍の副長三人、バルべス帝国の剣隠ルバート、ハンバーク公国の獣神マゼラン、ベラールド王国の守護神グラース、アルセーヌ共和国の神弓ヘイムダルくらいなものか? しかし、ほとんどが国の管理下で子飼いにされている者ばかり。お主と火龍の元副長三人と……強いて言うなら剣隠ルバートが遠ざけられていると聞くが……それでも帝国の人間である彼が今回の戦争を阻止する理由が乏しすぎる」


「……そうですね。ホーテ達もそれぞれサンチェスト王国で仕事をしているでしょうし……となってくるのはあの場に姿を現せたのは国外追放された俺だけですか?」


「うむ……まぁ、よいではないか? もちろん姿絵は出回るだろうが、公式の謁見には呼ばんのだ……姿絵は誤魔化して発行させる。どうせ、我が国で火龍魔法兵団団長アレン・シェパードの実像を知る者など居らんのだから……アレン殿は変わらぬ生活を送れるぞ?」


「なるほど……それがいいですかね。あぁ……また語り歌が増えてしまいそうですねぇ。自分の語り歌を酒場で聞くと恥ずかしくて酒が不味くなるんですよね」


「ハハ、それは我慢してくれとしか言えんな」


「……そうですね」


「では、話はここまでだな……デザートを運んできてもらおうか。ベアトリス」


 カエサルはベアトリスに指示を出した。


 すると、ベアトリスがどこかに歩いていきデザートの乗った皿を持ったメイドを連れてきてきた。


 アレンはメイドによって出されたデザートから香ばしい香りを嗅ぎ取って呟く。


「これは……イモのタルトですね。良い香りですね」


「あぁ最近、うまいイモを見つけてな。名前は確か……ゴルシイモと言ったか?」


「ブハ……」


「どうしたアレン殿?」


「いや、なんでもないです」


「そうか? まぁ、なかなか入荷せんで、たまにしか食えんが程よく甘くて美味いぞ?」


「そうですか。貴重な芋なんですね。いただきます」


 アレンはそう言って小さなフォークを手に取って、ゴルシイモのタルトを食べ始めた。


「そうだ。国王様……一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ん? 何だ?」


「国王様はこの後何か予定がおありでしょうか?」


「あぁ、残念ながらな。戦後処理の打ち合わせが……しかし、アレだ」


 表情を曇らせたカエサルであったが、何か思い付いたように指を鳴らした。そして、ニヤリと笑みを浮かべて続ける。


「アレン殿の誘いならば無下にはできんな」


「国王様……」


 カエサルの後ろに戻っていたベアトリスがカエサルの発言に頭を抱えながら小さくこぼした。


「そうですか。戦後処理の話し合いはちゃんとしとかないとですね」


「この後、何かあるのか?」


「まぁ、まだ予定なのですが……」


 アレンは身を乗り出して、小声でカエサルに話始めた。アレンの言葉を聞いたカエサルは表情を顰める。


「この時期にか?」


「いえ、この時期だからこそ、必要なのです」


「……わかった」


「良かったです。あと……」


「お主な。確かに……表舞台に立たんとの話だったが、いいのか? お主は……この国の大恩人で……」


「ええ、構いません。ちなみに準備は私と弟子達で進めていきますので」


「ふぅ……わかった。足りないものがあったら言ってくれ」


 カエサルとアレンが所々聞き取れないほどの小言で話していた。それを見ていたルンバが口を開く。


「先ほどから何をこそこそと話しておるんだ? アレン殿よ」


「あぁ、すみません。とりあえず、秘密と言うことで」


「なんだ? アレン殿、国王様に話して私には話してくれんのか?」


「こういうのはサプライズであった方が面白いので」


「面白い……ふん、楽しみにしておくか」


 ルンバは渋々と言った感じではあったが、引き下がった。


「すみません。ありがとうございます」


 それから、ゴルシイモのタルトを食べつつ、紅茶を飲みながら雑談を楽しんだ。


 会食を終えて……アレンはベアトリスと少し話をして王城を後にしたのだった。




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