第171話 模擬戦。
ここは王宮の中庭。
中庭は広く、たくさんの花が植えられていて、花の甘い香りが漂ってくる。
中庭の一角には白石を積み上げられて作られた舞台が作られていた。普段はそこに吟遊詩人などを呼んで、演技を披露させたりする場所なのであろう。
ただ、今そこではアレンとベアトリスが真剣な面持ちで木刀を構えて模擬戦を行っていた。
こうなったのも昼食の準備が整うのを待つ間に、ベアトリスが木刀を持ち出してアレンに稽古を付けて欲しいと頼んできたことによるのだが。
模擬戦のルールとしては基本的になんでもありだが、魔法については強化系魔法の使用できるとして、周りに被害を及ぼす魔法は禁止とされていた。
木刀を構えるアレンに対して、ベアトリスが先に間合いを詰めて引いた木刀を一気に突き出した。
ベアトリスは強化系の魔法を使用したのか異常なほどに早く鋭く人間の急所を狙った三回の突きをアレンへ向けて放った。
ただ、二回の突きを木刀で受け流し、最後アレンの頭部を狙った突きはアレンが仰け反り、ギリギリのところで躱されてしまう。
「な……」
「うむ、良い突きだ」
アレンは仰け反った状態から体を一気に体を起こし、その勢いベアトリスとの間合いを一気に詰める。
「ぐ」
表情を歪めたベアトリスはなんとかアレンの剣を受ける。ベアトリスにアレンはニヤリと笑みを浮かべて口を開く。
「ただ、まだまだ俺には物足りないかな」
「……っ」
アレンの挑発にベアトリスは目付きを鋭くして、アレンの木刀を押し返す。
そして、しばらく目にも留まらぬスピードで木刀同士がぶつかり合い。木刀がぶつかり合う甲高い音のみが辺りに響いていた。
模擬戦を始めて二十分が過ぎた。
激しい剣げきがいまだに続いていた。それは最早、常人では木刀が視認することが叶わないほどであった。
ベアトリスは魔法によって力を増幅させてアレンの木刀を押しやる。
一歩下がり、剣を引き構える。
地面が凹むほどに強く蹴り、前に出る。
「【ブリューゲルの閃光】!」
ベアトリスの持っていた木刀がグニャッと曲がったように見えた後、五回同じ場所一点へ一段と早く鋭く突き出された。
その鋭い突きは圧縮された空気の斬撃を形成して、アレンの面前で放たれた。
ただ、アレンは木刀を思いっきり振り上げて、いとも簡単そうにベアトリスが放った斬撃の方向を上に逸らしてみせた。
「手、ビリビリする」
「な……」
まさか自身のとっておきの剣技があっさり弾き飛ばされると言うことを予想してなかったのか、ベアトリスは動揺した。
「その技一度見ているからな」
「く」
アレンとベアトリスが次に木刀を振るおうとした。ただ、互いの持つ木刀が割れるように砕けた。
「木刀が駄目になった。引き分けだな」
「……はぁ、引き分けですか?」
「あぁ引き分けだ。突きの速さ鋭さ……点を狙う正確さは良かったぞ? ただ、魔法での強化に頼らず、一撃で相手を突き殺すような強さが欲しいな。これでは魔法が使えない状態に陥った場合苦労する」
「は、はい」
「筋はいい研鑽を続けるように」
「あ、ありがとうございました」
ベアトリスが頭を下げた。
そこで、アレンとベアトリスの模擬戦を少し離れたところから見ていたカエサルと先ほどの玉座の間で、玉座の左隣に立っていたクリーム色の髪色の青年が揃って拍手を始めた。
「両者とも素晴らしい剣だった」
カエサルが拍手を続けながらアレンとベアトリスに近づき褒め称えた。そして、クリーム色の髪の青年が砕け折れた木刀の破片を拾い上げて独り言のように小さく呟く。
「最後の方、視認することもできなかった……木刀が先に根を上げたか」
カエサルに褒め称えられて、ベアトリスは恐縮し首を横に振る。
「私などまだまだです。もっと鍛錬を積まなければ」
「そんなことはないと思うが……」
「いえ、私はアレン様に魔法を使わせることができませんでしたし」
「な、今の模擬戦……は」
ベアトリスの言葉聞いたカエサルは呆気にとられた表情でアレンへと視線を向けた。
「えっと? 一応は稽古を付けて欲しいと言うことだったので」
「吟遊詩人の語り歌を聞き……アレン殿の英雄譚を知り、とんでもないことは分かっていたつもりであったが……実際に目の前で見てアレン殿のとんでもなさを再認識させられたわ」
「そう言っていただけるのは嬉しいですが、吟遊詩人の語り歌はかなり著色されていますね」
「あぁ、それはわかっている。ただ、もはや私は……いや、この話は後にしようか昼食にしようか。冷めてしまう」
カエサルにそう言われると、アレン達は昼食の準備が整えられている場所へ向かった。
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