第163話 制約。

「はぁはぁ……毒もだが……なんてタフなんだ。さすがに疲れた。討伐クラスでいったらS級の魔物くらいか。そういえば、魔獣薬は服用した者の力量に起因するとムート婆ちゃんが言っていたっけ」


 アレンは肩で息をしながら、膝を付いた。


「アガ……ガガ……ガガ」


 アレンの目の前ではガルゴがのたうち倒れた。


 ガルゴの体には百を超える剣が突き刺さっていて、黒い体液がプシュっと辺りに飛び散っている。


 何本も切り落とされたガルゴの触手のような腕、ガルゴの体液によって黒く染まった地面、辺りに残された痕から激しい戦闘のあとであることかがうかがい知れる。


「いい加減倒れてくれると嬉しいんだが」


「ウウウウウウ……ガハァ」


 ガルゴはうめき声をあげたのち、口から何か……透明な液体に包まれた人間の姿に戻ったガルゴが吐き出された。


 人間の姿のガルゴが吐き出された時点で、巨大な黒蛇の肉体は砂のように崩れていく。


 アレンは人間の姿になったガルゴに近づいて、手を取る。そして、手首に指を当てて脈を確認する。


「ふぅ……何とか生きているな、聞きたいこともあるローラに診てもらうかっ!」


 ガルゴの脈を確認したアレンは安堵したように声を漏らした。ただ、そこで瞬発的に飛び去って……その場から離れた。


 アレンが先ほどまでいた場所には黒い剣が突き刺さる。


 アレンはバッと視線を上げる。


 そこにはタキシードを着た男性が空中に立っていた。


 その男性は人間には見えない。


 頭部には羊を思わせる大きく黒い角が、黒い髪の間から覗いる。


 そして、陶器のような真っ白い肌。


 そして、背中から蝙蝠のような黒い翼。


 そして、サソリのような黒いしっぽを生やしていた。


「……っ」


 タキシードを着た男性を見据えたアレンは黙ったまま動けなかった。


 汗をタラーッと流し、顎先からポトリと地面に落とす。


 タキシードを着た男性はガルゴ、そしてアレンの順で視線を巡らせて、ニヤリと笑った。


「おやおや、ガルゴ君はやられてしまったのであるな。まぁ、白鬼アレン、貴方がまさかこんなところに居るのは予想できなかったのである。そして、紅茶好きの友から貴方の噂はいろいろ聞いていたのであるが、噂をはるかに超えた強さなのであるな……フヒフヒ、そうか、そうか、さすがはカーベル・スターリングの部下と言うところであるな」


「お前は何者だ」


「何者かであるな……うむ、吾輩はまだ表舞台に立つつもりではなかったのであるが、名無しのままと言うのも締まらないのであるな。……我が名はモルス・ガル・ヒルリューク……魔族なのである」


「魔族だと……魔族までもが蘇って……いや、封印が解かれて? 魔獣薬もお前が作ったモノか?」


 アレンの眉間が更に深くなり、タキシードを着た男性……モルスを睨み付けた。そして、アレンはブツブツと呟きだした。


 アレンの様子を見たモルスは首を傾げて問いかける。


「おや、驚かないのであるな。驚かれると思ったんであるが……つまり貴方は魔族の存在を知っていたんであるな。貴方こそ、何者であるな?」


「俺はアラン・シェパードだ」


「それは知っているのであるな。吾輩が聞きたいのは……「俺が何者か……魔族……害悪であるお前は話さなくちゃいけない?」


 アレンはモルスの言葉の途中で被せるように言い捨てた。


「フヒフヒ、言ってくれるであるな」


 モルスが笑った。そして、蝙蝠の羽を大きく広げた。


 モルスの雰囲気はあからさまに変わった。


 モルスとアレンが居る周囲にはガルゴが倒れているだけで、誰も居なかった。


 しかし、壁の上や少し離れた森から対峙している二人の様子を窺っているクリスト王国の兵士とバルベス帝国の兵士が一部であるが居た。


 モルスが放つ殺気は常人では立つことすら許されないほどで、遠くで見守っていた兵士達の意識すらも刈り取っていく。


「凄い殺気だが……脅しか?」


「フヒフヒフヒ、ちょっと試したまでであるな」


「なんの意味が?」


「うむ、このまま吾輩が貴方を殺してもいいのであるが、不完全な吾輩では手傷を負ってしまう……ここは引かせてもらうのであるな。一応はガルゴ君が失敗しそうになった時点で目的の第二皇子は確保してあるのである」


 モルスから向かって左側に黒い渦のような物が出現する。


 そして、モルスがその黒い渦の中に手を入れると青髪の美しい女性……ルシャナが現れたのだった。


 ルシャナは眠っているのか、ダランと脱力し目を瞑っていた。


 ルシャナを目にしたアレンは少し目を見開き呟くように言う。


「ルシャナ? 第二皇子?」


「おや、知り合いであったのであるか? この女は男のフリをして皇位を継ごうした罪深き者なのであるな。今の帝国に取って最重要の人物であったのであるからして」


「そうか。わかった。お前は……すでにあの制約の解除条件を満たしている」


「はて? 何を言っているのであるな?」


「全人類に害をなす存在を排除する」




 アレンはギロリとモルスを睨み付けて、モルスと同等……いや、それ以上の殺気が放たれる。


 そして、剣を真横に構え直る。




「お前は殺しの制約の解除条件を満たしているんだ。モルス【パワード】【空脚】……【神斬】」

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