第164話 終わり。

 アレンは目にも留まらぬ速度で、モルスにまで近づき胴体を両断するように剣を振り抜いた。


 その一刀の凄まじさを物語るように大量の砂埃を上げたのだった。


 ただ、そのモルスの後方の砂埃から顔を覗かせたアレンの表情が曇っていた。そして、手に持っていた剣が粉々に砕け散った。


「くっ……」


「いやはや、早いのである。そして……痛いのであるな」


 モルスは背中の羽を大きく羽ばたかせて、アレンが巻き上げた砂埃から上昇して姿を現した。


 モルスの腹部辺りの服が切り裂かれ、浅く傷が付いているものの修復されているように見える。


「固いな」


「……信じがたいであるな。さっきまでのは本気ではなかったのであるか?」


「どうかな。【神斬】で真っ二つにできんとは俺の腕が鈍っていたか。それとも、剣が鈍(なまくら)だったか。はたまた両方か……しかし」


 砂埃が無くなると……アレンの手の中にはルシャナがしっかりと抱きかかえられていた。それを目にしたモルスは大きく笑い出す。


「フヒフヒフヒフヒ、まさかあの一瞬の間に奪われたとは吾輩も情けない。速度では敵わないのである。しかし、それを奪われたとなっては吾輩も本気を出さなくては……【ナイトソード】」


 モルスの【ナイトソード】と言う言葉と共にモルスの全身か、黒い煙が溢れ出てくる。


 そして、その黒い煙は剣に成形されていき、モルスの周囲に七本の黒剣を出現させたのだ。


「さすがに厄介そうだな」


「速度で敵わないならば……手数と攻撃力で上回るのが上策であるか?」


「厄介……」


「では、戦……っ」


 モルスの言葉の途中であったが、二つの影がモルス目掛けて飛んできた。ただ、それはモルスに躱されてしまったが……。


 モルスに躱された後、二つの影……ノヴァと一メートルほどの綺麗な青い翼の鳥がアレンの前に姿を現して……口喧嘩を始めた。


「アホ鳥……邪魔じゃ」


「馬鹿犬……私の邪魔」


「……」


 突然の事態にさすがのアレンは困惑し黙る。


 ただ、そのアレン達の様子を見たモルスは大きくため息を吐いた。


「はぁーやれやれ、嫌なものを見てしまったんであるな。これではかつての……次から次へと邪魔であるな」


 モルスは一本の黒剣が動いて、後方から高速で飛ばされた巨大な火の玉を切り裂いてみせた。


「嫌な気配を感じ取って来てみれば……まさか、魔族と出会うなんてびっくりだよ」


 声がした先はクリスト王国の王都リンベルクを囲む門の更に上からだった。


 そこには以前酒場銀老亭の舞台の上で美声を轟かせていたライラが体を浮かせていたのだった。


「ん? アレは……ライラか?」


 ライラを目にしたアレンが少し驚きの表情を浮かべる。そのアレンの様子を目にしたライラは笑う。


「ふふ、なんだい君が英雄様だったの? お姉さん、すっかり騙されちゃった」


「?」


「まぁ、その話は後でいいか。【ファイヤーボール】」


 ライラは右手を掲げて火属性の魔法である【ファイヤーボール】を唱えた。


 すると、人が十メートルほどの巨大な火の玉を頭上に作って見せたのだ。


 巨大な火の玉は離れていても眩しく熱を感じるほどに激しく高熱であり、その魔法一つをとってもライラが凄腕の魔法使いであることがうかがい知れた。


「ふむ、これは厄介なのであるな」


 モルスはライラ、そしてアレン達の順で見てそう呟くと、地上……ちょうどガルゴが倒れている辺りに降り立った。


 そして、やれやれと言った両手を上げて、再び口を開く。


「さすがに白鬼アレンに、憎っくきプロリアが連れていた青い鳥、白き狼の末裔……そして、エルフの魔法使いを一度に相手にするは今の吾輩には難しいのであるな」


「どうするんだ。さすがにお前を野放しに出来ない……俺はまだ戦う気でいるが?」


 抱えていたルシャナを降ろしたアレンはその場に落ちていた剣を拾い上げて、モルスに向けて構えた。他の者達もアレン同様に逃がさないと言った風で臨戦態勢をとる。


「何ですか? 貴方の体力は底なしなんですか? まぁ、仕方ない【ブラックムーブ】」


 モルスが【ブラックムーブ】と口にして、パチンと大きく指を鳴らした。


 すると、モルスとガルゴの体に黒い煙が取り着き、モルスとガルゴの姿が黒い煙に消えた。


「くっ……逃がすか【パワード】【風切り】」


「逃がさないよ」


 アレンは凄まじく高速で剣を振り抜いた。すると、空気の層により形成された鋭い斬撃がモルス目掛けて飛んでいく。


 アレンの斬撃とほぼ同時にライラも手を降ろして、頭上にあった火の玉をモルス目掛けて飛ばしていく。


 ただ、アレンの斬撃もライラの火の玉もモルスが先に出していた黒い剣を動かして、防いでしまった。


「ここは引かせて貰いますが……いつか必ず」


 最後にモルスが一言残して、黒い煙が空へと消えていったのだった。








「アレンよ。逃がして良かったのか?」


「ぐっ」


 モルスが消えた後、ノヴァがアレンへと視線を向けて問いかけた。


 ただ、ノヴァの問い掛けに答えることなくアレンは表情を歪め、後方にバタンっと倒れた。


「アレン! 大丈夫か!」


「あぁ、大丈夫だ。ちょっと無理をし過ぎた……全身の肉体疲労が限界を超えた。虚勢だった。正直、引いてくれなかったどうなっていたか」


「……そうか。もうすぐでホランド達も来る。一旦ここを離れるかの?」


「そうだな。う……凄い眠いわ。それから、ノヴァ……そこにいるルシャナ……青髪の女を屋敷に連れていくようにホランドに」


「む? いいのかの?」


「あぁ、ルシャナをここに置いておいても……彼女がこの戦争の発端のようだし、いい扱いはされないだろ」


「うむ、わかった」


「あぁ……頼んだ。それで」


 アレンは先ほどからアレンの様子を窺っていた青い鳥……ブルーガシルバードに視線を向けた。


 アレンの視線を受けた青い鳥は左の羽根を胸に当てて礼儀正しく頭を下げる。


「私はブルーガシルバードのコニーよ。貴方がそこにいる馬鹿犬の契約者ね? 光栄に思いなさい、この私が馬鹿犬の代わりに契約を結んであげるわ。ぴぴぴ」


「なな、何を言っておるのじゃ。アホ鳥!」


 青い鳥……コニーの言葉に答えたのはアレンではなくノヴァであった。


「ぴぴ、馬鹿犬の貴方に比べたら私の方が役に立つでしょ?」


「何を言いおる。吾輩の方が強かろうて」


「何言ってるのよ。馬鹿犬。強いのは私よ」


「なんじゃとー!」


「何よぉ!」


 ノヴァとコニーは互いに睨み合い口喧嘩を始めるのだった。そこへ、少し呆れた様子でライラが降り立つ。


「あらあら締まらないわね」


「ライラ……さんがここまで強かったとは思わなかったよ」


「何、今更子供のフリは必要ないわよ」


「まぁ……そうか」


「話をしたいことがいろいろあるけど……今は難しそうね」


 うつらうつらして眠たげなアレンの様子を見たライラは苦笑した。


「あぁ……そうしてくれると嬉しいね」


 アレンはそう言ったところで、ダランと脱力して小さく寝息をたてて眠りについた。


 そして、その後ホランド達によって回収されて屋敷に戻ることになる。


 このバルベス帝国とクリスト王国との間に起こった、世にも珍しいたった一日の戦争――。


 後に、クリスト王国ではレゴッド・ラドンの奇跡と呼ばれ語り継がれることになる戦争、バルベス帝国では語られぬ戦争が……ここに終戦を迎えたのだった。

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