第153話 早朝。

 早朝。


「……っ!」


 アレンは地下通路から、扉を通ってブレインの森に出るとすぐに顔を顰めた。そして、辺りに視線を巡らせて、鼻をスンスンと動かし匂いを嗅ぐ。


 アレンの後ろから顔を出したホランドがアレンの異変に気付いて問い掛けた。


「どうしたんですか?」


「これは……血の匂いだ」


「血の匂い?」


「あぁ、俺の嗅覚はノヴァほどではないが、これはわかる。これは血の匂いだ」


「えっと、獣のモノでしょうか?」


「さすがにそこまでは分からんが。ただ、……嫌な予感がする。ホランド、念のために全力で屋敷に引き返してローラに変装させて……いや、全員を連れて来てくれ」


「アレンさんはどうするんですか?」


「俺は血の匂いがする方へ行ってみる。それでホランドが全員を連れて来たら、ノヴァを召喚して俺のところまで来てくれ」


「わかりました」


 ホランドは背負っていた野菜が大量に入った籠を降ろすと、通ってきた扉に戻って地下通路を駆けて行った。


 再び鼻をスンスンと動かして、匂いを嗅ぐ仕草を見せたアレンは匂いをしてきている方向へと視線をやって呟く。


「こっちか……」


 アレンは背負っていた野菜が大量に入った籠を捨て置いて、血の匂いがする方へと走り出した。




 アレンは血の匂いを漂わせていた場所へとたどり着いた。そこはレイブンの森の中の出入り口に使っている扉とフーシ村とのちょうど真ん中あたりだった。







 ……大量の人間が無残な姿となって森の中に転がっていた。






 大量の人間の死肉に群がった野犬や狼などに対してアレンは険しい表情で一睨みする。


 すると、野犬や狼などはヒャンっと声をあげて逃げていく。


 アレンは近くで倒れている女性に近づいてしゃがみこんだ。


 その女性にたかっていたハエを払い、女性はうつ伏せになっていたので、ゴロンとあお向けに寝かした。


「っ!?」


 アレンは少し目を見開いた。


 アレンが目にした女性は血だらけで……涙の痕が残り悲痛な表情を浮かべていた。


 その体には刃物で何度も切り裂かれたような切り傷が残されていて……。何よりも酷いのは両目がくり抜かれていた。


「これは……これは魔物に襲われたとかじゃない……人間の仕業か」


 アレンは眉間を深くして一度ギュッと目を瞑って、ふぅーっと息を吐いてゆっくり目を開けた。


 そして、女性の顔に手を伸ばして瞼を閉じる。


「誰か……生き残っている奴は居ないのか?」


 アレンは立ち上がって屍が大量に転がる中で、周りを一回見回して歩き出した。




 十分ほど、アレンは生きている者が居ないか探していたアレンの視線が見覚えのある姿を捕えてピタリと止った。そして、ゴクンと息を飲む。


「ルーシー……っ」


 アレンの視線の先にはルーシーが倒れて横になっていた。


 この時、アレンの頭の中にはルーシーの姿に過去に助けられなかった女の子の姿がフラッシュバックしてダブる。


 目を見開き、心臓がドクンと跳ね上がった。


「くそ……が」


 アレンは素早くルーシーに近づきしゃがみ込んで、ルーシーの体に触れる。


 ルーシーの体はすでに冷たくなっていた。


 アレンがルーシーの体を抱え上げるとクチャと、水気を手の平に感じることになった。


 アレンの手から滴るように、赤い血液がポタポタと落ちていく。


「ルーシー」


 アレンがルーシーに呟くように呼びかける。


「……ルーシー」


 アレンは少しの沈黙の後に視線を落とす。


「こんな小さい手……俺の手よりも小さいじゃねーか」


 ルーシーの冷たくなった手をキュッと握ったアレンは語り掛けるように話し出す。


「ルーシー……お前にはまだまだこれから楽しいことも、面白いことも……あと、恋愛だって……いっぱい経験することがあったんだろうに」


 絞り出すようにルーシーの名を呼んで、アレンはルーシーの体を抱きしめる。


「ルーシー……」


 その時、トクン……。


 小さくルーシーの心臓が動きだした。


 ルーシーはうっすら目を開けて、か細い声を漏らす。


「ぁ……アレン兄ちゃん」


「ルーシー! 意識が……!」


 ルーシーの声を聞いたアレンはバッとルーシーの体から離れ、声を上げた。アレンの声を聞きルーシーは嬉しそうに笑う。


「あぁ……アレン兄ちゃんだぁ」


「ルーシー、今……治療魔法を」


 アレンはルーシーの体を横に寝かす。


 そして、ルーシーの血で血塗れた左手の人指し指で、右手の甲へ円、そしてその円の中に小さな円と十字を書き込む。


「アレン兄ちゃん、来てくれたんだね……」


「ルーシー、今はあまりしゃべるな【ヒール】」


 アレンが治癒魔法の【ヒール】を呟くと、ルーシーの体を薄く白い光が包んだ。


「悪かった」


 アレンは悲痛に顔を歪めて、呟くように謝罪を口にした。


「なん……でアレン兄ちゃんが謝るの?」


「いや、俺が遅かった……俺はいつも肝心な時に……」


 アレンの左目から涙があふれてきて、零れ落ちた。その涙はルーシーの手に落ちるのだった。


 ルーシーは震える手でアレンの頬に触れる。


「アレン兄ちゃん……泣いているの?」


「……泣いてないよ。泣く訳ないだろ?」


「そうかな? あぁ……なんでだろう……視界がぼやけてアレン兄ちゃんがよく見えないよ。そこに居るよね?」


「俺はここに居る」


 アレンは空いている左手でギュッとルーシーの手を握り締めた。


「アレン兄ちゃんの手……暖かいね。へへ」


「それは良かったよ」


「ねぇ、アレン兄ちゃん」


「なんだ?」


「アレン兄ちゃん……あのね。う……ぐぅ」


 ルーシーは突然苦しそうに顔を歪めて小さく悶え始めた。


「ルーシー? ルーシー! 大丈夫か?!」


「ごめんね。大丈夫だよ」


「そうか……今はあまりしゃべるな」


「ううん、今言わないと……後悔する気がするもん」


「……」


「アレン兄ちゃん……最初に会った時からずっとね。……ずっと、好き。ずっと、大好きなんだ」


「……嬉しいよ。ありがとう。ただな、もっと……生きて……大人になってから言ってくれ」


「うぅ、もう私は大人だよ……けどアレン兄ちゃんに言えてよかった」


 ルーシーは力なく笑うと、ルーシーの体から力が抜けて、眠りに付くように……目を瞑った。その瞬間ルーシーの全身を覆っていた薄く白い光が弾かれるように飛散する。


 どうやら、アレンが使用していた治癒魔法の【ヒール】が拒絶されたようだった。


 その現象を目にしたアレンは驚き、ルーシーへ呼びかける。


「ルーシー? ルーシー! おい、ルーシー!」


 アレンの呼びかけにルーシーは答えることはなかった。


「……俺は……どんなに強くなっても、目の前で死にそうな小さな女の子一人も救えない……肝心な時にいつも無力で、いつも遅い。いつも……いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも……【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】」


 やけくそになったアレンが叫ぶように治癒魔法の【ヒール】唱えるも、変化は何も……なかった。


「【ヒール】!!!!!!!!!!」


 アレンは目を閉じて……ルーシーの手を両手で包み込むようにして握る。それは祈りを捧げるようであった。




 ……。




 ………。

























『ガハハハ、我、ここに復活なり……我の魂の欠片を育ててくれた事、礼を言うぞ』

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