第95話 サイコロステーキとチーズ。
「ふはぁー生き返った」
アレンは席に座ると、ダルファーからすぐに水が入った小さな樽のジョッキを貰って水を飲み干していた。
その様子をみて、酒樽の机を挟んで対面に座り、すでにエールを飲んでいたスービアが口を開く。
「てか、本当に人酔いしただけだったんだな」
「悪かったな。今日はあまりに人が居て……気持ち悪くなってさ」
「そうか。俺もそういえばこっちにきた当初は人酔いはあったぜ。ただ、お前ほどひどくはなかったが」
「これはいつまでたっても治らんなぁ。これがなければ……」
「ん? これがなければなんだ?」
「いや、なんでもないよ。しかし、良い店だね」
一回首を横に振ったアレンは話を変えて、店の中へ視線を巡らせる。
客席は酒樽を加工した座席に、酒樽の机がいくつか並んでいた。
そして、客席の前には小さな舞台のような場所があって、今は吟遊詩人らしき男女が物語を楽しげにダンスや演技を交えながら歌っている。
エールを飲んでいたホップも店の中を見回して口を開く。
「今日来て正解だったんじゃないか? 普段はもっと混んで賑わってそうな店だ」
「あぁ。そりゃーめっちゃ混んでるぜ」
ホップの店の感想を聞いて、スービアは頷いて答える。
「まぁ、俺の場合はみんな座っていて、食事してたりしたら……案外大丈夫なんだけどね」
アレンは水の入っていた小さな樽のジョッキを置いた。そして、苦笑しながら言葉を続ける。
「多くの人が行き交っているって状況が気持ち悪くなっちゃうんだよな」
「あぁ、そうな。分かるぜ。田舎から出てくるとそうだよな……オヤジ、エールおかわり」
スービアはアレンの話を聞くと納得したように頷く。そして、空になったジョッキを掲げて、たまたま近くを通ったダルファーに酒のおかわりを注文する。
アレンはエールの入ったジョッキを手にすると、スービアに問いかける。
「ペース早くない? スービアは酒強いんだ?」
「ハハ、少しくらい良いんだよ。祭りだからな」
「祭りと飲むペースって何か関係があるのか?」
「そんなことより、どうだ? 酒の味は? ここのエールは少し高いがうまいんだぜ?」
「まだ飲んでねーよ」
アレンは持っていたジョッキに口を付けて、一口飲み干す。すると、口の中に味わい深い苦味が広がり、芳醇な香りが鼻を抜ける。
「どうだ? うまいだろ?」
スービアが前のめりになって、アレンに問いかける。エールを飲んだアレンは少しの沈黙の後に口を開いた。
「……うまい」
「ハハハ、だろう? おう、ホップはどうよ?」
酒の影響でご機嫌になっているスービアはホップにも視線を向けて問いかける。
「エールは少し苦手だったんだけど。これは美味いな」
「そうか。そうか。そういや、お前は銀翼に正式に入ったんだよな」
「入ったが……。まだ、草刈りの手伝いしかやってないけど」
「ハハ、銀翼は別名草刈りだからな。それは仕方ないぜ」
「ハハ……」
「一応はB級の冒険者であるお前がパーティーメンバーになった。つまりB級のクエストが受けられる。なのに受けないで居るあたり、安全志向でいいな」
「あぁ、地道にクエストをこなしていこうって方針らしい」
「そうだ。それでいい。冒険者は冒険しちゃいけねーからな」
「ゼハハ、ほらよ。お待ちどう」
スービアとホップの会話の途中で会ったが、いつの間にか近づいてきていたダルファーが樽の机の上にサイコロ状の肉がジューっと音をたてて焼けている鉄板を置き。続けて、薄くカットされた色の違うチーズが盛られた木の器を机の上に置いた。
スービアは料理よりも可笑しそうに笑っているダルファーが気になったのか顔を顰めて問いかける。
「なんだ? オヤジ、何が可笑しいんだ?」
「ゼハハ、昔はあんな危なっかしかったスービアからそんなセリフが飛び出て来るとは……。指南役のこともそうだが。時の流れを感じてしまってな」
「ふん、うるせーぜ」
「悪い悪い。一杯奢るから許せよ。ほらよ」
むくれるスービアに対して、謝りながらダルファーはジョッキを手渡した。
ただ、ダルファーが奢ると言うと、スービアの機嫌はよくなってジョッキを受け取る。
「しかたねーな」
「ゼハハ、注文は以上だな?」
「おう」
「じゃ、ゆっくりして行ってくれや」
ダルファーがそう言って、厨房に戻ろうとしたところで、アレンがジョッキを掲げる。
そのジョッキはすでに空になっていた。
「おかわり」
「お、さっきまで死んでいたガキも結構いける口なのか? 無理はよくねーぞ?」
「いや、大丈夫だ。これはうまいな。思わず黙って飲んでしまった」
「ゼハハ、そうか。そうか。待ってな、すぐに持ってきてやる」
ダルファーは空いたジョッキをアレンから受け取ると、厨房へ戻っていった。
「ハハ、アレンはいける口か?」
スービアはご機嫌な様子でワシワシとアレンの頭を撫でる。
「スービアの言う通り美味しいな。お土産に買って帰りたいな」
「だろ? だろ? あとで、オヤジに言えば買えると思うぜ」
「そうか、後で言おう。それにしても、美味しそうなステーキだ。いつの間に注文してくれたんだ?」
フォークを手に取ったアレンは机に乗ったサイコロステーキに視線を向ける。
「お前が死んでる間だ。まぁ待て。これはな。さらに美味しく食う方法があるんだ」
スービアはアレンがサイコロステーキにフォークを伸ばそうとするのを止めた。
そして、サイコロステーキと一緒に机の上に乗っていたチーズ盛り合わせを手に取って……肉がジューっと音をたてて焼けている鉄板の上にガバッとぶっかける。
「「おぉ」」
アレンとホップが声を上げる。
熱い鉄板の上でチーズがトローッと溶けだした。
チーズがいい感じで溶けだしたところで、スービアがとろけるチーズを纏わせたサイコロステーキをフォークで口に運んで食べる。
「うま……」
スービアは続いて、エールの入ったジョッキを手にして一気に飲み干していく。
「ごくごく……ぷはぁーこれが最高なんだよ」
「「ごくん」」
スービアの様子を目にしたアレンとホップは息を飲んで、我先にと言った感じでとろけるチーズを纏わせたサイコロステーキをフォークで突き刺す。
そして、とろけるチーズを纏わせたサイコロステーキを食べると、表情が緩む。
「これは……うまいな」
「うまい」
アレンとホップがうまいうまいととろけるチーズを纏わせたサイコロステーキの感想を口にする。
そして、ホップはエールの入ったジョッキを手に一気に飲み干した。
「ごくごく……ぷはぁーこれ最高」
「ぐ、俺のエールがない!」
エールを飲んでいるスービアとホップを羨ましそうに見ながら、アレンから声が上がった。
アレンが声を上げるのとほぼ同時に、ダルファーがアレンの目の前にずいっとエールの入ったジョッキに出した。
「ほらよ。エールのおかわりだ」
「おぉ、ありがとう。ごくごく……ぶはぁー」
ダルファーからエールの入ったジョッキを受け取ると、アレンはすぐに飲み始める。
ダルファーはどこか不満げな様子でスービアに視線を向ける。
「あのよ。あんま、してほしくねーな。その食べ方」
「すごくうまいんだぜ?」
「そんなこと知っているんだがな。しかし、チーズが鉄板にくっ付いちゃうだろう? 洗うの大変なんだからな?」
「ハハ、それはすまんとしか言えん」
「はぁ」
「それで、オヤジ。すまんが、エールのおかわりだ」
諦め顔で厨房に戻ろうとしたダルファーに陽気なスービアがジョッキを突き出しておかわりを要求する。
それに続いて、ホップもジョッキを突き出しておかわりを要求する
「あ、俺もおかわりを」
「あいよ」
それから、アレン達はとろけるチーズを纏わせたサイコロステーキをつまみに、エールを飲んで陽気に雑談が続いていった。
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