第28話 十一日目。


 ユーステルの森に入って十一日目。


 早朝。


 アレン達は野営地の洞窟から出て、近くの湖に来ていた。


 階段の先に空気がある場所へと水中からガッバッと勢いよく、アレンとユリーナが顔を出した。


「ユリーナ、大丈夫か? 着いたぞ」


 泳ぎがあまり得意ではなかったユリーナを抱えて泳いでいたアレンはユリーナに声を掛ける。


 すると、アレンの腕をキュッとしがみ付いていたユリーナは息も絶え絶えながらアレンの問いかけに答えた。


「ふはーはぁはぁ……苦しかった」


「そうか、頑張ったな」


「へへ、頑張った」


「ちょっと、休んでいろと言いたいが……少し登るか」


「きゃ……んっ……あ」


 アレンは疲れた様子のユリーナをお姫様抱っこで抱える。


 そして、そのまま階段を登ったところにある扉の間にまで連れて行き寝かせる。


「しばらくここで休んでいろ」


「あ……うん」


 アレンの体が離れるとユリーナがどこか寂し気な表情を見せる。


「あ、アレンさん……」


「ん? なんだ?」


「あ……「わふ」


 ユリーナが何か言おうとした時、ちょうどノヴァが扉の間に顔をだしてユリーナの言葉を完全に遮ってしまった。


「ノヴァ、どうした?」


「うむ、本当にでっかい扉があったのか」


「なんだ、信じてなかったのか?」


「そう言う訳ではないが。なぜ湖の底に、人間はアホなのかの?」


「作った理由は俺にもわからんが。人間は基本的にアホだ……じゃあ、俺は荷物を取りに行くか。ユリーナは休んでいろよ」


 寝ていたユリーナに視線を向けた、アレンは扉の間を出て行った。


「うん、行ってらっしゃい」


「うむ、アレンは……ん?」


 扉の間から出ていくアレンをユリーナとノヴァは見送っていたのだが。ノヴァが不意にユリーナへと視線を向けた。


「どうしたの。ノヴァ?」


「ユリーナ、顔が赤いようじゃが。大丈夫か?」


 ノヴァの問いかけにユリーナはあからさまに動揺した。


「え、え、だ、大丈夫」


 確かにノヴァが言ったとおりユリーナの顔は少し赤くなっていた。


 ただ、そのことを隠すように、ユリーナは両手で頬を被ってしまった。


「どうしたのじゃ?」


 ノヴァは訳が分からないと言った様子で、首を横に傾けた。


「何でも、無い。大丈夫」


「そうかの? なら良いのじゃが……それにしても腹が減ったの、昼食はまだかの」


 ユリーナの言葉にあまり納得してない様子のノヴァであったが。


 そのことより自身の腹が減って、昼食のことが気になりだしユリーナをそれ以上追及することはなかった。


 それから、荷物を持ったアレン、ホランド、ノックス、リンの四人も扉の間で合流した。


 そして、ユリーナの魔法によって荷物や服を乾かしたのち、扉の向こう側の探索を始めることになる。




 アレンは扉に耳を当てて、何か聞こえると確かめる。


 ただ、扉の向こうから特に何も聞こえてくる音もなく、扉を少し開ける。そして、アレンとノヴァが少し開けた扉の隙間から、扉の向こうを確認する。


「ノヴァ、何か気配は感じるか?」


「腹が減ったの。腹の虫が鳴りそうな気配が感じられる」


「いや、その気配じゃないんだけどな……って召喚前に朝食は食べなかったのか?」


「うむ、どうせ呼ばれるだろうと思って朝食は少な目にしてきたのだ」


「それは自業自得だな」


「む、それはそうだが。そろそろ昼食でもよかろう?」


「昼食まではあと四時間ある」


「ななな、まだそんなに時間があるのか?」


 ノヴァは狼狽えたような声をあげて、顔を上げてアレンへと視線を向けた。しかし、アレンは気にすることなく、再び問いかける。


「あぁ、そんなことよりも……この先から何かいる気配はするか?」


「この先から何かいる気配? そんなのアレンもわかっておるだろう。この先から何も気配を感じない。スンスン……匂いは水、土、草木、鉄が……あと微かに油とインクの匂いがするな」


「油とインクの匂い? まぁ……人間の物があってもおかしくないか」


「そうじゃな」


 ノヴァの意見を聞いたアレンは一回後ろを振り返る。


「ユリーナ、何か探知魔法に引っかかったりするか?」


 アレンの問いかけにユリーナは辺りに視線を巡らせて、首を横に振った。


「ううん、何も感じない」


「そうか。警戒しつつ、前に進むぞ。いいな?」


 アレンはホランド、ユリーナ、リン、ノックスへとそれぞれに視線を巡らせて問いかける。すると、その四人は頷き答えた。


 アレンは扉を大きく開けて、持っていた松明で扉の向こうを照らす。


 松明で照らし出されたのは、何の変哲もない石を積み上げて作られた地下通路であった。


「行くぞ」


 アレンの声掛けで、地下通路を進んでいく。


 ちなみにノヴァ、アレン、ホランド、リン、ユリーナ、ノックスの順で隊列を組んでいる。


 地下通路は入り組んでいて、すぐに分かれ道に行き当たった。


 アレン達の前には左右に別れた道があって、アレンは立ち止まって腕を組んだ。


「さて、どちらに進むべきか……」


「スンスン……どちらに進んでも大差ないな。右の方が草と土の匂いが濃いかの」


 ノヴァがヒクヒクと鼻を動かしながら匂いを嗅いで、アレンへと視線を向けた。


「そうか……」


「うむ、さすがじゃろ? 吾輩におやつなどをくれてもいいのじゃぞ?」


「んー」


「アレン、聞いておるか?」


 ノヴァの問いかけを気にするそぶりもなく、アレンは後ろに居たユリーナに視線を向けた。


「……ユリーナの探知魔法は何か感知できるか?」


「ううん。何の反応もないよ」


「そうか」


 アレンはしばらく口元に手を当てて考える仕草を見せると、続いてホランドへと視線を向ける。


「んーじゃ、とりあえず、ノヴァの鼻を頼りに草と土の匂いが濃い方へと行ってみるか? ホランドはどう思う?」


「そうですね……それが良いと思います」


「そうしようか。じゃ、ノヴァ案内頼むぞ」


「……」


 アレンは視線をホランドからノヴァに向けて声を掛けた。しかし、ノヴァから返事なく、そっぽを向いていた。


「どうした、ノヴァ?」


「……」


「ノヴァ?」


 アレンはノヴァの視線が向いている方に移動して呼びかける。


 ただ、ノヴァは無言のままフイッとすぐに違う方向を向いてしまう。


「……」


「おーい。ノヴァー?」


 アレンは再びノヴァの視線が向いている方に移動して呼びかける。


 ただ、やはりノヴァは無言のままフイッとすぐに違う方向を向いてしまう。


「……」


「……はぁ、仕方ない。あと二時間したら休憩するから、その時に頑張った分だけ大きな干し肉をおやつに出そう」


 ノヴァの視線を追うのを諦めたアレンは一度小さくため息を吐いた。そして、あごに手を当てて、ノヴァに視線を向ける。


 アレンの独り言を聞いたノヴァは無言のままだが体を震わせた。


「……(ピク)」


「このままだと、小さいよな」


「……(ピクピク)」


「一口……二口食べたら、おしまいだろうなぁ」


「アレンよ! 何を呆けておるんだ。さっさと行くぞ!」


 突然、ノヴァがバッと起き上がって、振り返りアレンへと視線を向けた。


 そして、我先にと歩いて右の通路を歩いていってしまう。


 そのノヴァの様子を見て、アレンは……いや、アレン達は苦笑してノヴァの後を追うのだった。



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