第27話 扉。




 ノックスにサメの解体を頼んだ後、再び湖の中央辺りで潜った。そして先ほどサメと戦った場所よりも更に下、湖の底にアレンはたどり着いた。


 湖の底は綺麗な白い砂が溜まり、広い空間が広がっていた。


 お、わぁー綺麗な場所だなぁ。


 上から差し込む光がカーテンのように揺らいで見える。


 しかし、せっかく底まできたが何も無さそうだなぁって……ん?


「っ!」


 アレンが周りを見回していると、湖の底の横に続いているある存在に気付いて、息を少し漏らした。


 横穴だ。


 しかも、この横穴人工的に作られたような?


 人工的に……罠でもあるのか? ノヴァを呼ぶか? イヤ、俺一人で大丈夫かな?


 ふ、まぁーアレだ。何より……これは面白そうだ。ホランド達を連れて来るにはまだ早いな。


 俺だけで行くか。しかし、横穴は光が届いていないから暗いな。


 横穴に視線を送ったまま考えを巡らせていたアレンは不意に手を前に突き出した。


【ライト】


 アレンが心の中で無属性魔法の【ライト】を唱えると、白い光の発光体がアレンの手の平の上に現れた。




 【ライト】の明かりで視界を確保すると横穴へ泳ぎ進んでいく。


 そして、アレンがきょろきょろと周囲を警戒しながら泳いでいると、横穴の奥まで行き当たった。


 横穴が行き当たったところには階段があった。


 やはり誰かが人工的に作った場所?


 だとしたら、湖の底でよく掘ったもんだよ。


 ? 階段入り口のところにある紋章が掘られているが……どこかで見たことがあるような?


 ん? んーん? あぁーあ、そうか。どこかで見たと思ったら……バルベス帝国の紋章だな?


 そういえば、ホランドがこの森はバルベス帝国の領地と言っていたな。


 じゃ……こんなところに階段を作ったのはバルベス帝国か? まぁ……誰かが使用した形跡もないようだし、行ってみよう。


 アレンは水に浸かっている上へと続いている階段を泳ぎながら登って行く。そして、少し泳ぐと、空気があるところにまでたどり着いた。


「ふは……」


 アレンが水面から恐る恐る顔を上げる。そして、視線を巡らせて周囲を確認して表情を顰めた。


「まだ階段か。しかし……」


 アレンの視線は階段の上へと向かい、登ってきた階段は少し先で階段が途切れていた。


「ふ、行ってみようか。特に気配とかはないが……何がでてくる?」


 アレンは小さく笑って、残りの階段を登り始めた。


 






 アレンが階段を登りきったところには平屋建て一軒家ほどの大きさの部屋があった。


 警戒しつつアレンは部屋の中をうかがっていた。


「ここには……何が」


 部屋の中へと、アレンが視線を巡らせると部屋の正面に大きな扉があった。


 アレンはまた警戒しつつ大きな扉の前にまで行く。


「ほーう、でっかい扉だなぁ。そして頑丈そうだ。今は魔法に制限があるから……開けられるかな? さっさと壊して進んだ方が早いか?」


 大きな扉を見上げたアレンは不意にその扉へと手を伸ばした。そして、アレンの手が大きな扉に触れた瞬間、アレンの手は弾かれた。


 自身の手が弾かれたのを目にしたアレンはピクンと体を震わせて表情を曇らせた。


「これは……防御魔法による結界が敷かれているな。俺も本来の魔法が使えている状態なら、このくらい破れたかも知れんが? あ、鍵穴がある。そうか、何か鍵がなければ開けられないよな。もちろん俺は鍵なんて持ってないし、どうしようかな? んー無理矢理壊せないだろうか? ……とりあえず一回攻撃してみるか。ナイフの扱いはラーセットが一番うまかったな。えっと……こうだったか?」


 ブツブツと呟きながら考えを巡らせていたが、考えがまとまったところで、アレンはナイフを構えて、目を瞑った。


「【一突き】」


 アレンは【一突き】と呟いて……ナイフが目に見えぬほどの剣速でナイフをまっすぐ突き立てる。


 ナイフの刃先と扉がギィイイインっと音を響かせて激しくぶつかり合う。


 それと同時にアレンがナイフを振るった影響で部屋の中に溜まっていた埃が舞い上がった。


 ……埃が晴れたところで、扉から発せられた黒い電流によってアレンが握っていたナイフが弾かれてしまった。


 ナイフが弾かれて手を押さえていたアレンは扉に視線を向けると、扉にはアレほど激しくナイフで切り付けられたにもかかわらず、小さな傷しか付けられなかった。


 それを目にしたアレンは表情を曇らせる。


「はぁ……全然駄目だ。全然手応えがなかった。このまま続けても時間が無駄にかかるだけかな。んーただ、他に手段が……ホランド達に相談してみるか。今日のところはここまでだな」



 それから、アレンはナイフで扉を攻撃し続けるも、扉はびくともせず、逆にナイフが砕け散ったのだった。














「ふは……はぁはぁ」


 アレンは大きな扉を見つけた後、引き返して湖の水面からアレンが顔を出した。そして、湖をスイスイと泳いでノックスの元へと戻っていった。


 アレンがノックスの元に戻ると、ノックスは先ほどアレンが仕留めたサメの解体をちょうど終わらせていた。


 アレンは水に濡れた髪を掻きあげて、ノックスに声を掛けた。


「……解体は出来そうか?」


「あぁ。アレンさん、お帰りなさいッス」


 アレンはノックスによって解体されたサメの姿をみて、あごに手を当てながら感心した声を漏らす。


「お、なかなか、うまく解体できているではないか」


「はいッス。他の魚類と体の構造が似ているので、案外簡単にできたッス」


「そうか」


「鱗はアレンさんの言った通り、硬度が高くていい物ッスね」


「……鎧にも装飾品にも使えるかな」


 アレンはサメの鱗を一枚手に取って、太陽に掲げる。


 太陽に掲げてみると、サメの鱗は綺麗な薄紫色が透き通って見えた。


「うん。いい物だな。さて、そろそろ洞窟に戻るか……ちょっと話したいこともあるし」


「ん? 話したいことッスか?」


「あぁ、そうだな。みんなが揃う食事の時に話すわ」


「そうッスね。わかったッス」


 ノックスの返事を聞くと、アレン達は荷物纏めて洞窟へと戻るのだった。










「扉ですか?」


 ホランドがサメの肉を串に刺して焼いた物を食べながら、アレンへと問いかけた。


「あぁ、湖の底に横穴があって、その先に階段、そして大きな扉があった」


「そうですか……あの湖に」


「なかなか強固かつ防衛魔法が仕掛けられていて開けられないんだけど。あむ、むにゃむにゃ」


 アレンはそう言うとサメの肉串を頬張って食べる。


 アレンの言葉を聞いたホランドは口元に手を当てて俯きながらブツブツと呟きながら考えを巡らせているようだった。


「そうなんですね。んーこの森をバルベス帝国が領地であると主張していることと関係がある?」


「あの、アレンさん。その扉に鍵穴はあった?」


 リンがサメの肉串を食べる手を止めて、アレンに問いかける。


「ん? 一応鍵穴はあった」


「じゃ……どんな形式の鍵が使われているか気になるから……見に行きたいんだけど、付いて来てもらっていい?」


「ピッキングできたりするのか?」


「……一応、できるかも」


 アレンの問いかけに、不安げながらリンは頷く。


 すると、サメの肉串を食べていたノックスは小さく笑った。


「あむ……うんん。リンに開けられなかったら、俺らではどうしようもないッスよ」


「私の知識にあるものだといいんだけど……その扉はずいぶん古いモノなんですよね?」


 リンの問いかけに、アレンは首を傾げて思い出すように口を開いた。


「んーどのくらい古いかは分からんが……使われなくなってからずいぶん経っているって感じだった」


「うはーそれだと、鍵が開けられても錆びて固着してそうだなぁ」


「扉の防衛魔法さえ解除できれば、俺が叩き斬ることもできるかも知れん……ただ防衛魔法の解除は今の俺やユリーナではたぶん難しい。あの扉の先にある何かを手に入れるにはリンのピッキングの腕に掛かっているという訳だな。……つまり、がんば」


 アレンはリンへと視線を向けて、ニコリと笑顔を浮かべて声を掛けた。


「頑張れ」


「リン、頑張るッス。もしかしたら、すごいお宝が眠っているかも知れないッスよ?」


「お宝楽しみ」


 アレンに続いて、ホランドとノックス、ユリーナが期待の眼差しをリンへと向けた。すると、困ったような表情になったリンは頭を抱える。


「ぐぬぬ……みんなが笑顔でプレッシャーをかけてきた! や……やったる! 頑張るよぉ!」


「それで、明日からやるか?」


「ううん、今日の午後からやろう」


「湖の奥底にあるから行くのも大変だが、大丈夫なのか?」


「頑張る!」


 リンは座っていた切り株から立ち、拳をグッと握った。




 アレンとリンの二人は湖を泳いでいた。


 湖の真ん中あたりに差し掛かったところでアレンが泳ぎをやめて、リンに声を掛けた。


「さて、この辺りだ」


「ちょっと、下を見ていい?」


「ん? あぁいいよ」


 リンは潜って湖の中の様子を確認すると、すぐに顔を出した。


「結構、深いね」


「あぁ、なかなか深い。潜れそうか?」


「……ギリギリかも」


「んーじゃ俺が引っ張るから、リンは息を持たせることに集中したら行けるかな?」


「それなら、行けるかも」


「じゃそれで行こう」


「わかった。はぁーすぅー」


「さて……いくか。すぅー」


 アレンとリンは大きく空気を吸うと一斉に潜る。そして、アレンがリンの手を引きながら湖の底へと向かうのだった。




 少しして湖にあった大きな扉の前まで、アレンとリンの二人がたどり着くことができた。


 扉を前に立ったリンは感嘆の声を漏らした。


「なんだか、すごい……感じがする」


「そうか?」


「そうだよ。厳重そうな扉に鍵……何かすごいモノでも守っているのかしら?」


「まぁ、確かに厳重だな。それで、その鍵開けられそうか?」


 アレンに問いかけられてリンはすぐに扉の鍵穴に近づき。そして、鍵穴を覗き込む。


「……んーかなり古い鍵の形式ね」


「開けられそう?」


「ちょっと……待って」


 リンは鞄をパカッと開く。


 そして、鞄の中から細長い金属の棒を二本取り出して鍵穴に差し込み、探るように弄る。


 十分ほど、そうしていると、金属の棒を鍵穴から抜くと、フーッと息を吐く。


「んーこんな形式の鍵を初めてみた」


「そうか、じゃー難しいかな」


「……だけど、ジンドームの地下ダンジョンでの鍵の形式に似ているから」


「できるの?」


「たぶん。いや、絶対にできると言えないけどわからないし。時間かかるかも知れないけど……やらせて欲しい」


 リンはまっすぐにアレンに視線を向けて、願い出た。すると、意見を聞いたアレンは頷きすぐに答える。


「そうか。わかった」


「え、本当に言いの? 全然、できるかわからないよ?」


 簡単に許可を出したことが以外だったのか意外そうな表情でリンが問いかけた。


「いいよ。別にやることないし。ここには魔物の気配がないとはいえ、お前を一人ここに行かせる訳にはいかないから。俺かノヴァ、そしてノヴァを呼べるユリーナと一緒じゃないと駄目だがな」


「は、はい」


「うむ、あと日が落ちるまで少しだが、少しやってから帰るか」


 それから日が暮れるギリギリまでリンはピッキングを続けて、アレンは周囲を警戒しつつリンの様子を見守っていたのだった。




 アレン達がユーステルの森に入って十日目。


 その午後のことだった。


 リンが持っていた金属の棒を左回すと扉の内部でカチンッと小さく鳴った。


 その小さく鳴った音に反応したアレンがリンと扉の方へと視線を向ける。


「ん? 何か音が?」


「アレンさん……あ、開いたよ」


 リンの言葉通り、扉は少し開いた状態となっていた。座っていたアレンが立ち上がってリンに近づく。


「おぉ、開けられたんだな」


「あぁー……」


 立ち上がろうとしたリンはふらつき倒れそうになった。アレンは倒れそうになったリンを慌ててリンの体を支えるように抱える。


「おっと、大丈夫か? ずいぶん集中していたから疲れたか?」


「うん……疲れたー」


「そうか。しかし、本当に開けられるとは思っていなかった」


「……あ、アレンさん、私のこと信じてくれてなかったの?」


「ん? あぁ……いや、そういう訳では……っとこの扉の向こうはどうなっているんだろうな? 気になるよな」


 リンから不満げな視線を受けたアレンは言葉を濁して……なんとか話題を変えることを試みる。


 ただ、その試み虚しく、リンは目を細めて首を傾げて問いかけた。


「アレンさん、ごまかしてる?」


「いや、ハハ……」


「もう……んっなんだか眠い」


 リンは集中のし過ぎで、疲れ果てたのかアレンに持たれる形で脱力し眠りについてしまった。


 アレンはリンの頭を撫でると呟く。


「ふ、頑張ったな。……よっぽど疲れたんだな。ホランド達への報告は後で。……ここから先の探索は明日からだな」


 アレンとリンは一時間ほど休憩した後、一旦湖を出て、野営している洞窟へと戻ることにしたのだった。




「本当に開けられたのか!」


「開けられたんッスね」


「ふすん、リン、すごい」


 洞窟で留守番していたホランド、ノックス、ユリーナの三人はリンが扉を開けたことを伝えると驚きの声を上げた。


 その声を受けたリンはムッとした表情になって口を開いた。


「む、何、みんなも私が鍵を開けられるとは思っていなかったという訳?」


「あ……いや」


「いや、そんなことないッスよね。ホランド」


「ち、違う」


 ホランド、ノックス、ユリーナは視線を揺らしながら、答えた。その答えを聞いたリンは頬を膨らませて不満げだった。


「もう!」


 アレンは彼等四人の会話に入らないようにしながら、魔法で召喚されていたノヴァの頭を撫でるのだった。


「……」


「わふ」


 それから、不機嫌そうなリンの機嫌を治すため、そして扉が開いた記念にアレンとノックスで大量に食事を用意することになった。



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