第9話 夢幻の回廊
「夢幻の回廊って、たしか・・・」
「君はオーバーフローを使ってこの世界に接続していたよね。本来はそれ自体がイレギュラーだけど・・・ああ、そっか」
俺は完全に戸惑いの最中にいたが、どうやら愛理さんは彼女なりに自分の中で結論を出したようだ。それを確かめるためにか俺にいくつか質問をしてくる。
「最近さ、限界まで異能力を使ったり、激しく感情を揺さぶられる出来事があったりしなかった?」
「最近・・・」
正直言って思い当たることが多すぎる。ほとんど毎日といっていいほど異能力を使い、最近は敵であったオセロの死を垣間見たことにより精神的に追い詰められていた。
だけど、それがなんだ?
「あったみたいだね。うーん、となるとやっぱり」
「えっと、何かわかったのか?」
俺がそう問いかけると愛理さんは難しい顔をして俺に頷き返す。
「ボクがこの世界に迷い込んだのは異能力を暴走させてしまったため。そう考えていたんだけど、どうやらその仮説は正しかったみたい」
「暴走?」
「そう。多分現実世界のキミ、眠っている間に異能力が暴走しちゃったんだよ」
「・・・え?」
一瞬何を言われているのかわからなかった。だが確かに言われてみれば、ここ最近俺には不調が続いていた。
幻聴が続いたり、璃子やオセロのことで思いつめたり。それ以前に何度も死にかけたり、バーストなどの高威力技やエアロステップなどまだ練度の低い技を連発。冷静に考えて、今まで暴走しなかった方がおかしいのかもしれない。
「ほら、現実世界のボクは眠っているでしょ? 多分現実世界のキミも今眠りこけているはずだよ。まあ時間的に、そろそろ蓮くんの異変に同居人たちが気付く頃合いじゃないかな」
「たしかに。というか・・・」
この世界に迷い込んでからいったい何時間が経過した? というかそもそも
「あれから、食事とかトイレとか、全然取ってないけど」
「それは問題ない。ここは夢の中みたいなものだし、そういう概念がない。それに加えて、変化そのものがない」
「変化がない?」
どういうことだと俺は少女に聞き返す。すると少女はにやりと笑いながら俺に教え始めた。
「キミがこの世界にきてどれだけ経ったかはわからないけど、体に異変はない? この世界では食事を摂る必要がないし睡眠の必要もない。それによって体が変化する要素そのものがないんだ。ボクもこの世界に来てから数年間、一度も食事を摂ってないし寝てもいない。髪の長さが変わらないっていうのも特徴の一つかな」
「そういえば・・・」
確かに言われてみて初めて気づく。この世界に来てから食欲や睡眠欲がない。トイレに行きたいとも思わないし体力だっていつもより消耗が落ち着いている。これがこの世界の常識なのだろう。
そして目の前の愛理さんも、少しだけ幼く見える。記憶が正しければ現実世界の彼女は俺と同い年。だが目の前の彼女は明らかに中学生ほどの身長しかない。彼女がフードの下に身に着けている服も、まるで中学校の制服だ。
「この世界の住人となった人たちは不変。だから死ぬこともないし、新たな命が生まれることもない。例外を除いてね」
「だからあの時・・・」
俺が追手の男たちに攻撃をした際、彼らはほとんど無傷で立ち上がってきた。不変ということは、ダメージそのものがないのだろう。俺が立ち往生させられた門番たちも多分同じだ。
「この世界は、現実世界で運命を否定した人たちが行きつく場所。おねーちゃんはまだしも、ボクなんて時間を巻き戻しちゃったから。多分そのせいでこの世界に来ちゃったんだと思う。蓮くんは・・・まあ多分、たくさんの要因があると思うけど」
だから別名世界の墓場。きっと夢幻の回廊は俺が思う以上に特殊な場所なのだろう。だが、俺はこの世界の特性について少し考えていた。
「不変ってことはつまり、この世界にいる間は無敵?」
「それがさあ、そうともいかないんだよねぇ」
もしかしたらここで死ぬことはないのかもしれない。其れならばいつも以上の無茶ができる。そんな淡い期待を抱いて愛理さんにそう問いかけるも、それはあっさり否定される。
「ずるいよね。不変のルールが適用されるのはこの世界の住人だけ。食事とかの生理的な面は部外者であるボクたちにも適用されているみたいだけど、命そのものは変わらないみたい。つまり・・・」
「つまり?」
少女は強調するように、あるいは釘をさすように注意する。
「この世界での死は、現実世界での死と同等。この世界でボクたちが死ぬということは、精神が壊されるということだ。だから気を付けてね。君も知っての通り、この世界は危険だ」
「・・・」
俺はその言葉を、強く胸に留めておくことにした。この世界に来てわずかな時間にもかかわらず、俺は死を連想させるような出来事に遭遇している。俺はかなり危険なことに巻き込まれてしまったのかもしれない。
「だけど、デメリットばかりじゃない。この世界ならではの、最高のメリットがあるんだ」
「こんな世界のどこにメリットがあるっていうんだ?」
愛理さんの明るい雰囲気に俺は思わず呆れてしまう。愛理さんの周囲を漂うほわほわした雰囲気に飲み込まれてしまうが、状況が絶望的なのには変わりない。
「異能力が、本当の意味で使い放題」
「えっと・・・どういうこと?」
「もうっ、感が鈍いねぇ」
愛理さんは呆れるように、されど自信にあふれた顔で俺に言う。
「この世界では、代償や暴走を気にせず異能力を限界以上の出力で使えるんだ」
「!?」
その言葉を聞いて、俺は驚愕する。
代償を気にせず限界以上・・・それは、つまり
(オーバーフローも、使い放題?)
いまだに数度しか発動できていないオーバーフロー。体というより脳への負担が高いことからそう簡単には使えていなかった。だがこの夢幻の国では、それが乱発できるかもしれない。
(もしかしたら、できるかもしれない。『同調コネクト』の、完全掌握が)
俺はまだ自分の異能力を本当の意味では使いこなせていない。むしろ持て余しているといっても過言ではないのだ。もしかしたらこの世界で何かを掴めるかもしれない。
そんなことを考えていると愛理さんも自分の事を例にして話してくれる。
「ボクの異能力は時間を司るもの。まあ簡単に言えば過去への一方的なタイムリープだね。本来なら、ボクのこの力は生き物には使えない。現実世界でそれをやってしまったがためにこんなところへ飛ばされちゃったしね。けどこの世界ではそれを無視して発動できる。今日まで生き残れたのはそれがあったからなんだ」
そういえばそうだ。愛理さんは追手の男たち全員に向かって異能力を発動できていた。かなり強力なものだと思ったが、この不思議な世界だからこそできたものなのだろう。
この世界では、異能力の代償や暴走を気にしなくていい。
つまり、俺もこの世界では多少の無理ができるということだ。今まで試そうと思って試せなかったこともできるのかもしれない。
この世界での死は現実世界での死と同義。まあ、プレッシャー的にはたいしていつもと変わらないが。
「そうだ、それより一番聞きたいことがあったんだ!」
この世界をさまよっていた一番の理由。この世界のことを聞くよりも本来なら優先しなければいけないものだった。
満を持して、俺は愛理さんに尋ねる。
「この世界がどんなものなのかはよくわからないけど、どうしても聞きたいことがある。元の世界に帰るにはどうすればいいんだ?」
「・・・」
俺がそう尋ねると、愛理さんは難しい顔をして顔を下に伏せた。
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「助けたはずの女の子たちに嫌われている俺、一人で生きることを決める ~でもおかしいな、あの時キミを救ったのは僕ですけど~」
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