第10話 一致

 まずいことを聞いてしまったのか、愛理さんはしばらく黙ったまま顔を伏せていた。数十秒にも感じる沈黙の後、愛理さんが顔を上げ重たい口をゆっくり開く。




「そういう意味では、ボクが助けてほしいくらいなんだよね。ボク自身、どうやってこの世界に迷い込んだのかわからないし、どういう風に出られるのか一切わからない」


「・・・やっぱりそうか」




 なんとなくだが、愛理さんが隠れ家にこもって生活している時点でそんな気がしていた。恐らくだが愛理さんはかなり長い期間この世界で生活しているのだろう。そして時間の流れは、たぶん俺たちの世界とほぼ同じ。




 すでに俺がこの世界に来て半日が立つ。恐らくリブラたちは俺が目覚めないことに焦り始めている頃だろう。体感的に、向こうの世界ではお昼をとっくに過ぎている。正直リブラが夢幻の回廊などの知識を持っているかはわからないが、その辺の知識を有していることを祈るしかない。




「まあ大丈夫。ボクはこの世界に来てもう三年だ。手段そのものは分からずとも、手段を知る方法ならもう知っているんだ」


「・・・なに?」


「正確には、元の世界に戻る方法を知っている奴を知っている・・・かな。ただそいつがちょっと尋常じゃないくらい偏屈な奴でさ。めちゃくちゃ無理難題を押し付けてきたんだけど、いまだにクリアできてなくて。さすがに困っててね」




 その言葉から察するに、愛理さんは何かしらの試練を与えられているのだろう。そしてそれをクリアすれば元の世界に帰る切符を手に入れる方法を知ることができると。




 だが、その言葉が聞けただけで俺はようやく落ち着くことができた。




(あるんだな・・・元の世界に帰れる方法は)




 それなら話は簡単だ。愛理さん一人で無理ならば、誰かが手を貸せばいい。




「俺が手伝うっていうのはどうだ?」


「・・・正直ボクもそれを提案しようと思っていたんだけど・・・いいの?」




 なんとなくだが、少女がそう提案するのではないかと話を始めた時点で察していた。いろいろ質問したいことはたくさんあるが、既に決めていることがあるのだ。




 俺が、この姉妹を助ける




 遊香先輩と関わり始めて、いつしか俺はそう決めていた。俺にできることなど何もないと思っていたが、ようやく前進できるのかもしれない。ならば、積極的に関わるまで。




 俺があの人の妹を、絶対に助け出して見せる




 気づいた時にはそう決めていた。いや、あの病室で俺は誓っていたのかもしれない。




「愛理さんのお姉さんには、散々っていうほど世話になったからさ。先輩に借りを返すって意味でも、君のことをここで見捨てるなんて選択肢は俺の中にないよ」


「フフフっ、優しいんだねキミは」


「忘れたのか? 俺たちは一度世界をやり直したんだぜ。俺たち二人が力を合わせれば運命を変えることなんて容易だ。だからもっと自信をもっていこう」


「それもそうだ」




 そうだ。俺の力だけではできることなどたかが知れている。そしてそれは一人きりだった愛理さんも同様だろう。だけど俺たちが手を組めば案外あっさりこの世界を脱出できるかもしれない。




「それで、脱出方法を知っている奴ってどんな奴なんだ?」


「ええっと・・・もしかしたらキミもすでに視界に入れたことがあるかもしれないけど、ここに来る途中に大きな木が見えたかな?」


「ああ、あの空まで伸びてるやつの事か?」




 それはこの世界に来た時に確認できていた。てっぺんが見えないほどの巨大樹に縄のような何かが巻き付いていたのだ。最初は気になっていたがこの世界を歩いているうちに頭から吹き飛んでいた。




「遠くから見たら縄みたいに見えるかもだけど、あれって生き物なんだよね。それも、この世界を支配している存在」


「あれが、生き物!?」




 確かてっぺんが見えない巨大樹に巻き付いていた。あれが生き物だというのか?




「いや、そうだとしても・・・でかすぎないか?」




 地球では宇宙までの距離がおよそ百キロメートルとされている。この世界がどうなのかはわからないが、もし同じくらいだとすればあの生き物は体長百キロメートルを余裕で越えているぞ?




「まあ、驚くのは分かるよ。ボクも近づくまであれが生き物だなんてわからなかったし。ただ、意思の疎通ができる上に、実質的にこの世界を支配しているからあいつを避けるのは不可能かなぁ」


「・・・その言い方だと、何度か話したことがあるのか?」


「まあね」




 現実世界でオセロが解き放った魔物と戦った時は魔物に知性を感じることはなかった。きっとあの生き物は魔物とは別次元の存在なのだろう。だが、会話できるのならば案外スムーズにこの世界から出られる・・・とも限らないな。目の前に三年間もこの世界に閉じ込められている人物がいるのだから。




「あの蛇に期待するだけ無駄だよ。こっちが要望するたびに無理難題を押し付けてくるんだ。まあでも、蓮くんが来たから状況を動かせるか?」


「よくわからないけど、行ってみる価値はあるんじゃないか? 俺も会ってみたいし」




 愛理さん的にはどうも折り合いが合わないらしい。というか蛇なのか。


 この世界でのライフラインは不要ということが分かったし、ならば一刻も早く目標を決めるべきだ。とにかく、その蛇とやらを訪ねてみるしかない。




「はぁ・・・ボク的には気が進まないけど、今後の方針は決まったね。とりあえずこの後にでもあいつのところに顔を出してみようか。蓮くんのことを見て何か気が変わるかもしれないし」


「とりあえず頼むよ。ところで、俺たちみたいにこの世界に迷い込んでしまった人っているのか?」




 今ふと思ったのだが、この世界に迷い込むことができるのならば俺たち以外にも迷い込んできてしまった人がいるのではないだろうか。もし暴走や代償を負うことが条件ならば、それを満たす異能力者などゴロゴロいると思う。


 リブラなんて異能力を使いすぎて子供の姿になっているくらいだ。恐らく代償を負うことは異世界では日常茶飯事なのだろう。それならば暴走もそれに匹敵するくらいの頻度で起きているはず。


 そう思った俺は仲間である愛理さんに尋ねてみる。




「残念だけど、現時点で発見できたのは君だけだ。異能力は異世界の文明らしいけど、夢幻の回廊とかはこの世界独自の概念なのかもしれないね。それか、ボクたちが特別かのどっちかさ」


「うまくいけば戦力増強ができると思ったんだけどな」




 淡い期待は早くも打ち砕かれてしまった。まあそこまで期待していたわけでもないのでしょうがないところではある。




「とりあえず、今はお茶でも飲んでゆっくり過ごそう。この隠れ家にはボクたち以外は絶対に来ることができないし、身を休めることができるのだって今のうちかもしれないよ?」


「まあ、焦っても仕方ないか」




 俺は焦りや緊張などが織り交じって少しだけ火照っていた。さすがにそろそろ落ち着かないと情けない。いくら体力などの消耗が現実世界より落ち着いているからといってさすがにクールダウンも必要だ。




「そうそう。キミは理的な方がかっこいいよ」




 俺の心情を見透かしてか愛理さんが俺にそう笑いかけてくる。俺と同い年で、肉体的には3年近くも年下の少女。だがこの少女は俺なんかよりよっぽど大人っぽいと思った。




 そういえば遊香先輩もそうだ。いつもは誰よりも子供っぽいのに、いざという時に誰より頼れる先輩へと変貌する。




 この二人は血の繋がった姉妹なのだと、俺はこの時初めて思った

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異世界コネクト 在原ナオ @arihara0910

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