第6話 八方塞がり


 数十分ほど歩いた末、俺は城塞都市みたいなところへ到着した。離れた時は見えなかったが城壁にはツタなどが絡まっており、素人目に見てかなり古びているように見える。


 そしてもう一つ気づいたもの。




「・・・」




 門番のような恰好をした人間が二人、正門の前に立ちふさがっていた。それも検問所のようなところがあるわけでもない、本当に堂々と立ち塞がっているのだ。


 鋭利そうな槍を構え、直立不動で門の前に立っている。


 なんとなくとしか言えない直感だが、あの二人に関わってはいけない気がする。先ほどの花の化け物に似たような雰囲気があの二人からは漂っていた。だが人間であるということには間違いない。結局俺はその一歩を踏み出せず城塞都市から少しだけ距離を保っていた。




「さっきの化け物といい次は人間か。ここら辺の人たちってもしかして俺なんかと比べ物にならないくらい強いんじゃないのか?」




 それとも単に俺が弱いだけか。答えは出ないがあの町の中に入らないことには何もわからない。だから良くないとはわかっているが、俺は壁の周りを一周することを決める。もしかしたら都合のいい裏道とかが開いているかもしれないという希薄な望み。だが案の定何も発見できず、先ほどと同じところへ戻ってきてしまった。




 そして現在




「やっぱりあの二人の間を通っていくしかないのか・・・」




 関わってはいけないと頭の中で何度も信号を受信しているが、このままでは何も進捗がない。意を決して、俺は二人の門番のもとへと歩みを進める。


 あちらから確実に目視できる距離になったが門番からは依然として反応がない。俺のことに気づいていないのか、はたまた取るに足らない存在なのかはわからない。ただ、俺は人生で最大レベルの警戒をしていた。一歩一歩が、あまりにも重い。




「「・・・」」




 俺たちの距離が約十メートルほどに詰まった。あちらから何かを問いかけてくる様子は何もない。俺は慎重に門番らしき二人に問いかける。




「あの、すいません。この先の町に入りたいんですけど・・・」


「「・・・」」




 目の前の二人からは何も反応がない。人間なのは確かだが俺のことを一切気にしていない。俺のことに気づいていないのだろうか。




 疑問に思った俺は危ないと思いつつ二人のもとへさらに距離を詰める。もちろん警戒は怠らず、額に脂汗をにじませながら反応をうかがう。


 だが相変わらず門番の二人は俺に興味を示そうとしない。俺のことを全く意識していないのだ。




(なんか、機械みたいな人たちだな・・・)




 そう思った俺はちょっとした賭けに出てみる。それは俺のことを簡単に入れてくれるという安易なものだ。どちらにしろこのまま状況は変わらない気がする。それならば、自分でこの拮抗状態に石を投じてみたい。後手に回るよりはよっぽどいいはずだ。




 俺は二人のことを意識しながらその間を通り抜けようとする。だがもちろん、そう簡単にはいかなかった。




「っ!?」




 俺は瞬時に身を翻して後方へと下がる。不格好にも着地した先で転んでしまった。そして俺は先ほどまで自分が立っていた場所を見る。




「「・・・」」




 先ほどの門番が構えていた槍。その二つが地面を穿っていた。だが、それだけではない。




(今の槍捌き・・・全く見えなかった)




 身体強化ができる俺の動体視力を圧倒的に上回る速さを見せた二人。だが二人は追撃しようとはせず、先程と同様に門の前に仁王立ちで立っている。




 俺はむくりと立ち上がり、改めて門番の二人を観察する。




 筋力や体格が優れているというわけでもなく、圧倒的な迫力を放っているわけでもないし若干目が虚ろな気がする。しかしこの二人は明らかに俺の身体能力を上回る動きを見せた。




(葉島がいればまだしも、俺一人での突破は不可能だ!)




 彼女の『結界』の力を借りれば何とかなるかもしれないが、俺単体での突破は不可能だと判断する。要するに、俺一人ではこの先に進むことができないということだ。




(クソっ、ここまで来て何もできずに終わるのか・・・)




 今の俺ではこの門番二人を出し抜くことはできない。誰かが俺を助けてくれない限り・・・












「「!!」」




 俺が諦めかけていた時、ふと門番が違うところへと意識を向けた。自らが守るべき門の方へと視線を向け、槍を強く握っている。




 無機質だったマシンが急に怒気のようなオーラを放ったことにより俺は一瞬よろめいてしまう。直に受けたわけではないが、これほどの殺気を放てる奴らに会ったことはない。あの乱暴そうなウィッチだってもうちょっとぬるいはず。




「・・・」




 俺は門番の二人に対する意識を改める。恐らくこの二人、今の俺よりはるかに強い。




(悔しいけど、この街のことはなかったことにして他に人がいそうな場所を見つけるしかないな)




 残念だがこの街の調査は諦めるしかなさそうだ。手がかりが何もつかめなかったのは痛いが明らかに厄介そうな場所に残る理由もない。




 諦めて俺がもと来た道を引き返そうとしたとき、離れた場所からふと声が聞こえた。




「貴様、幾度となくこの街の壁を越えて・・・今日という今日は逃がさんぞぉーーーーー!!!」




「!?」




 ここからかなり離れた場所で、誰かが追われているのが見えた。何もない草原を自分の足で走っている。対する追手は真っ黒な馬に乗り猛スピードで迫っていた。




「・・・」




 なぜだろう。俺はあれを放っておくことができない。今すぐにでも追われているあの人物を助けなければいけない。そんな気がして止まないのだ。




「「・・・」」




 二人の門番はその光景を冷めた目で見ていた。恐らく興味を失ったのだろう。再び何事もなかったかのように正面に視線を向け門番としての仕事を再開していた。


 俺があちらへ走って行っても、この二人が何かをすることはなさそうだ。




同調コネクト・・・インストール』




 そう判断した瞬間、俺は地を蹴っていた。






   ※






???視点




「ああもう! なんでよりによって今日だけ巡回のルートが違うの!? これじゃいくら異能力を使ってもきりがないじゃん!」




 少女は現在、絶賛逃走中だ。前回は追手とかなりの距離があったし、まさか街の外まで逃げおおせると思っていなかったからか馬の準備もしていなかった。だが今回は前回の反省を生かしたのかいつでも追手を出せるように供えられていた。




「迂闊だった・・・まさか能力がバレていたなんて」




 少女はこのそびえ立つ壁を無効化することができる。だからこそあの厄介な門番を無視して街の中へ入ることができたのだ。


 正面から入ろうとして何回殺されたかはもう覚えていない。あの二人の門番ははっきり言って異常だ。真正面から挑むべき相手ではない。




「けど・・・ペガサスもどきまで準備するなんて・・・そんなにボクのことを警戒しているのかな、あの王様は?」




 背後から迫るのは闇のように真っ暗な霧に包まれた馬だ。ぱっと見不気味な煙にも見えなくはないが正真正銘の馬だ。


 いや、馬だった。




 そんなものまで出されてしまっては、逃げ切れるかも実に怪しい。いっそすべてをやり直すかと考えるが、それも得策ではない。




 少女は自分の異能力を、あまり使いたくはないのだ。




「やっぱり、最後までやってみてからかな」




 もし最後まで足搔いてダメだったときに、最後の手段として異能力を使う。それはこの少女のポリシーであり、譲れない一線だった。




 ここで生きることを諦めてしまっては、この世界からの脱出なんていつまでたってもできやしない。だから諦めるということだけは絶対にしないと決めている。これがこの少女の覚悟だ。




「全員、囲い込むように回り込め! 奴に戦闘能力はない。全員で油断しなければすぐに捕らえられるぞ!」




 部隊長だろうか。その人物の指揮によってペガサスもどきがボクを囲い込むように走り始めた。本来なら異能力を使うべき場面だが、自分でも何となく気になったのだ。




 もし捕まってしまったら、どうなってしまうのだろう




 いっそのこと、あえて捕まってみるのもありかもしれない。そうすればボクの目的を果たす手がかりを得られるかもしれない。




 これが諦めから来た発想だったのか、それとも純粋に疑問に思ったことなのかはわからない。気が付けば少女は、走るのをやめていた。




「よーし、諦めてくれたようだな。おい、お前! とっとと縄をよこせ。こいつを捕まえればようやく王も・・・」




 どうやらボクはこれから縄で囚われてしまうようだ。少なくとも乱暴なことをされることはないと信じたい。だが




「二度と逃げられないように、数発ほど痛めつけてもいいだろう。よくもここまで手こずらせてくれたな・・・この、反逆者め!」


「っ!?」




 少女の目論見は外れ目の前の男が少女に殴りかかろうとしていた。咄嗟のことだったので腕で庇う余裕もなく、気づいた時には拳が振り下ろされていた。




(マズイ、もし気絶なんかしたらその間にどうなってしまうか・・・)




 少女が異能力を発動するには少しだけ溜めの時間が必要だ。もう異能力の発動ができる段階ではない。




 そしてそのまま、少女に拳が・・・




「なにやってんだよ」




 振り下ろされたかと思ったが、それを誰かが片手で受け止めていた。隊長らしき男は戸惑い、その部下たちも咄嗟のことで困惑していた。もちろん、少女自身もそうだ。




「ま、この世界のことはお前たちに聞いた方が速そうだな」




 そう言って、知らない誰かが前へ踏み出した。


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