第4章 エピローグ
リブラはあの日以降、雰囲気が暗くなってしまった。
オセロと満足に話すこともできず唐突な別れを迎えることになってしまったのだ。俺だって動揺したし、きっとリブラはそれ以上の衝撃を受けたはず。ちょくちょく笑顔を見せてはくれるが、元気がないのは誰の目からも明らかだ。俺やクロエさんも気の利いた言葉をかけることができず、逆にリブラに気を使わせてしまったくらいなのだ。
オセロが奇襲で殺されたあの夜、花咲とはあの後すぐに分かれた。リブラのことを待つわけでもなく、オセロのことを尋ねることもせず、俺たちの前から一度姿を消した。だが彼女が別れ際言っていた言葉が引っかかる。
『それじゃ、夏休み明けにまた会いましょう』
その言葉が正しいのなら、彼女が俺たちの前に再び姿を現すのは夏休み明け。それまでは特に動かないようだ。
花咲はコマンダーと知り合いみたいだったが、俺はそのことを尋ねることはせず黙って彼女と別れを告げた。花咲でも勝てない敵に、俺の不安は募る一方だ。
葉島や遊香先輩とは特に連絡を取っていない。とりあえず異世界人の脅威は去ったとだけ説明し、あの日の詳細な出来事を語ることはなかった。璃子のこともまだ説明していない。
彼女たちに問題があるわけではなく、俺の方がなんて説明したらいいのかわからないのだ。きっとこのままでは夏休み明けまでずるずると引きずってしまうのだろう。
そんな中、新たな指針が決まる。
「私は、まだこの世界に残ります!」
リブラはまだこの世界に留まるらしい。リブラがこの世界にやってきたのは、逃げ出した異世界人を捕らえるため。異世界人の脅威が完全になくなった以上この世界に留まる理由がないのだが、そのうえでこの世界でやりたいことができたらしい。
「ガイアはあまりにも危険です。このまま放っておけばいずれこちらの世界にも影響を及ぼす可能性がある。それに・・・このままでは、オセロが報われないので」
俺はあの日の夜、『オーバーフロー』で見たオセロの光景をリブラに伝えていた。俺は初めて、リブラが泣いているのを見た。それほどまでに、感情的になっていたのだろう。
何度もオセロに謝罪して膝から崩れ落ちる姿を、俺は見て居られなかった。
だが彼女は俺が手を伸ばすまでもなくすぐに立ち上がる。その眼には、大きな覚悟を映していた。
きっとリブラなら、何かを成すことができるはずだと俺は信じるのだった。
※
だから、俺も前に進まねばならないと思ったのだが・・・
「それはそうと、リコは大丈夫なんですか?」
あの夜から数日たった現在、体を休めていた俺にリブラがそう問いかける。本当なら自分のことで精一杯なのに、俺のことまで心配してくれるリブラには感謝しかない。だから俺は今わかっていることを話す。
「璃子は全身筋肉痛だって。反転の時に現れた人格も完全に消えて、ゆっくり休めるようになったって言ってるよ」
「そうですか・・・しかし、彼女はどこでアビリティストーンを?」
そうなのだ。俺もそれが気になって璃子に尋ねてみたのだが、璃子が気になることを言っていた。
「なんか、白い女が急に目の前に現れて急に石みたいな何かを渡してきたんだって」
「白い女?」
「ああ。なんでも、璃子が石を持ったと思ったらその女は影もなく消えていて、気づいた時にはもう一人の自分が囁く声に悩まされていたんだとさ」
璃子はお化けなどの心霊番組が苦手だ。だからこそ、そんな非現実を認めたくなかったのだろう。俺たちにも言い出しにくかったんだと思う。
「白い女ですか・・・確か」
「なんか前に、葉島も同じことを言ってたよな」
葉島が異能力を手にしたとき、白い髪の女が目の前に現れて急にいなくなったとかそんなことを言っていた。葉島と璃子にアビリティストーンを渡した人物は同一人物の可能性が高い。
「いったい・・・何者でしょうか」
これに関してリブラに心当たりはないようだ。リブラが知っているのはこの世界にやってきた三人の異世界人について。ようするに、それ以外の何者かが異世界のものを流出させているのだ。これはかなりの大問題なのではないだろうか。
俺たちは結論が出せないでいた。そんな中、急に部屋のドアが開きもう一人の住民が家に帰ってくる。
「お待たせしました! レンさんのメモに書いてあったものは全部この袋の中に」
「悪いなクロエさん。お使いなんか頼んじゃって」
「いえいえ。この家で世話になっている身で、これくらいして当たり前のことです」
クロエさんは俺たちが夏休みの間はこちらの世界にいるようだ。もともと長期的な作戦を予定していたが、それが急に落ち着いてしまった。つまり、休暇を言い渡されたらしいのだ。
だから俺たちの夏休み期間に合わせ、それが過ぎたら元の世界に帰還するらしい。
ちょうど今日で夏休みの折り返し地点を迎えたところだ。彼女とはまだ二週間ほど一緒に過ごすことになる。いろいろと考えることはあるが、もちろん不安はある。
「璃子が知ったら、おかんむりなのでは?」
「・・・言うな」
俺はあの日からずっと璃子のことを考えている。地震の感情と向き合う日々が続いたけれど一向にピンとこないのだ。俺がそういうことを今まで考えなかったというのもあるが、非常に悩ましい問題だ。
そんな状態で、新たな女性が俺の家に借りぐらし。璃子からしたらふざけるなと思いっきり一蹴されるだろう。考えただけでも恐ろしい。
そんなこんなで、夏休みの間は三人暮らしが続きそうだ。俺としては楽しそうだし料理も作りがいがあっていいのだが、クロエさん的には大丈夫なのだろうか?
俺がそう思って聞いてみたら
「全然気にしないですよ! むしろレンさんのお話をもっと聞いてみたいです。それが私が強くなる近道だと思うので」
どうやら俺の戦闘スタイルに感じるものがあったらしい。彼女の戦い方は『転移』を使った変則的なものなのだが、クロエさんは俺から戦い方を学びたいようで時々俺に師事してくることが増えた。彼女の体術はもともとかなりの練度なのでこのまま続けていけば俺の技術を容易に上回るだろう。
「とりあえず、この夏休みはどうしようか?」
本来なら遊びに行く計画を立てたり、みんなでお泊り会を開催したりするだろう。だが、今の俺たちはそんな気分にはなれない。
やらなければならないこと、俺たちがやりたいことを見つけてしまったからだ。
「・・・巻き込んでしまうのは申し訳ありませんが、メイやユウカ。そして可能ならリコも一緒に、ガイアと戦いましょう。彼らを放っておくわけにはいかないです」
「・・・そうだな」
彼女たちなら自ら手を貸してくれるだろう。それほどの信頼関係を築いてきたし、きっと二つ返事で駆けつけてくれるだろう。
あんなことがあった後では乗り気はしないが、みんながいなければガイアと渡り合えるきがしない。それに加えて花咲がいてくれればなお心強いだろう。
本来なら今すぐにでも動きたいところ。だがリブラの精神状態を考えるに、それはあまりに早計だ。もう少しだけ期間を設けるべきだろう。できるなら夏休み中にすべての決着をつけたいのだが。
「ま、考えてても仕方がない。とりあえず今は回復にと止めよう」
「わかっていますよ。というか、二人だって消耗しているんですしもっと休むべきですよ」
「私は全然大丈夫です! むしろ力が有り余っているというか・・・」
大物になるな、クロエさんは。そんなクロエさんに俺とリブラは苦笑いだ。クロエさんが買ってきた食材を冷蔵庫に入れていた時、思い出したかのようにクロエさんがポンと手を叩く。
「そうだ副長、別件で報告があったんでした」
「報告? いったい何ですか?」
リブラが首を傾げる。するとクロエさんが詰め寄るようにリブラの方へ行く。
「あの次元の亀裂が発生した後、アビリティストーンが流出してしまったとかそういう騒動になりましたよね?」
「え、ええ。こちらの世界で異能力に目覚めているものがいる以上、それは紛れもない事実だと・・・」
そうだ。俺たちやガイアの連中が異能力に目覚めたのはアビリティストーンに触れたのがきっかけ。異世界のものが流出してきた結果で・・・
「ないんです」
「ない?」
「異常は、なかったんです」
クロエさんが言っている意味がよくわからない俺たちは詰めかけるようにクロエさんの方を見つめる。するとクロエさんも先走りすぎたと気づいたのか、わざと少しせき込んでもう一度話し出す。
「王国が管理しているアビリティストーン。そこからいくつかがこの世界に流出したという仮説が立っていましたが、王国が管理しているアビリティストーンに異常は何一つありませんでした」
「それってどういう・・・」
「つまり」
クロエさんは、強調するようにはっきりと言う。
「アビリティーストーンは一つとして、こちらの世界に流出していません」
「は?」
「ふぇ?」
どうやら厄介ごとはまだまだ増えていきそうだ。
まあ、何とかなると願うしかない。とりあえず俺たちは、最高のハッピーエンドに向かうよう努力しよう。もう、みんなをバッドエンドに連れていきたくないから。
第4章 完
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