第41話 人生
ガイアの二人が去った後、不自然な静寂が神社を包み込んだ。誰しもが状況を正しく認識できていない。だが俺は誰よりも早くオセロのもとへと駆け寄った。
「オセロ、大丈夫か!?」
声が返ってくることはないが、まだぎりぎり生きているのがわかる。だが、もうオセロは助からないだろう。オセロはそれだけの致命傷を負ってしまった。
「いったい・・・どうしてこんな・・・」
いつの間にか俺の隣に立ってオセロのことを見つめるリブラ。どうすればいいのかわからない顔をしており、俺も言葉を投げかけることができない。
いつの間にかクロエさんや花咲も集まってきており、状況を知らない花咲はけげんな表情を見せていた。
璃子はいったん目覚めたものの、再び深い眠りへ入ってしまった。
「あの時の異世界人。この状況を見る限り、もう助からないのは確実でしょうね」
花咲は改めて変えようのない事実を告げてくる。俺たちは治癒系の異能力を使えない。俺も自分自身にしか使えないのだ。だからこそ、オセロの死は必然であることを示してしまう。
「私は・・・こんなことのために戦ったのでは・・・」
オセロと戦い、刺し違えることを覚悟していたリブラ。だが実際に死に際のオセロを見てやるせない気持ちであふれてしまったのだろう。
(一度は、救ったはずなのに・・・)
俺はオセロのことを一度は呪縛から解放したはずだ。それなのに、助けたはずのものが簡単に手からこぼれてしまう。
また、俺は救うことができなかった。
「くだらない、連中だな・・・」
「「!!」」
喋る余裕などもう残っていないはずなのに、オセロが口をにやけさせながらそう呟いた。
「オセロ?」
「吾輩を助けられなかったと思っているのなら、それはお門違いだ。そもそも、吾輩は助けられてなどいない」
「なっ!?」
オセロはかたくなに最後まで悪者を貫くことを選んだようだ。だが、当然俺は納得することができない。
「おい、リブラに言うことはないのか?」
「・・・」
「あるだろ、一つや二つ」
だがオセロは目を開けようとしないでそっぽを向く。どうやら徹底的に無視をすることを選んだようだ。だが、そんな様子を見ていたリブラがようやく重い口を開く。
「オセロ、私にはあなたに何があったのかわかりません。つらい思いをしたのなら話してほしいし、私のことを恨んでいるなら罵倒していい。けど、これだけはどうしても言いたいんです」
「・・・」
リブラは目をつぶって、オセロの横に座り込む。
「救えなくてごめんなさい」
「・・・」
「あなたが他の団員から相当なプレッシャーを受けていたのを知っていますし、その有能さを嫉妬した同期から陰口を叩かれていたことも耳にしました。私はそれに、何もできなかった。いえ、何もしなかった」
「・・・」
「あなたなら、それを乗り越えてくれると信じていたからです。けれど、それは私の身勝手な決めつけによる理想論だった。その結果、あなたをここまで追いつめてしまった」
ここまで聞いた時、俺は璃子を抱えて立ち上がる。そしてクロエさんと花咲のもとへ行く。
「今は、二人きりにしてやってくれ」
「・・・はい」
「・・・そう」
クロエさんと花咲はそれぞれ何か言いたそうだったが、俺の言うことに素直に従ってくれた。俺たちはリブラより先に神社の門をくぐり階段を下りていく。俺たちが二人の会話を聞くのは無粋というものだろう。
そうして俺は眠りこけた璃子を抱え、二人を連れてリブラを待つことにした。
※
「まったく、レンのお人よしには困ったものですね」
ついそう呟いてしまうのは、もしかしたら癖なのかもしれない。私はここに至るまで、彼に救われてばかりだ。きっと、これがオセロと過ごせる最後の時。
「それで、いったい何が言いたいのだね?」
オセロは冷たく突き放すように言い放つ。きっと、私とはもう関わりたくないのだろう。だが、それでも最後まで付き合わねばならない。
「思えば、あなたと出会ったときに気づくべきでしたね。あなたが、相当な勇気を振り絞って私のもとに訪れたことを」
「はっ、何をいまさら」
「その勇気を、私はやる気と履き違えていたんですよ。だから、あなたに謝るべきことが多すぎて、本当に情けない上司ですよ私は」
「・・・」
オセロはあまり私と話そうとしない。まあ死にかけているのだから当然だが、やはりこれは私の一方的な贖罪だ。
「あなたと本当の意味で向き合うのは、きっとこれが最初で最後。だからもう一度言います。あなたのことを、救えなくてごめんなさい」
「・・・わたしは」
オセロは何か言いたげだが、それ以上を語ろうとしない。だが、どんどんオセロの寿命が削られていくのを肌身で感じる。もってあと数分の命だ。
だからその前に、言うべきことをどんどん言っていく。短い時間で、数年分の会話をしようと私は必死に心に浮かぶことを言葉にしていく。
「オセロ、レンのことを助けてくれてありがとう。あなたのおかげで、璃子を助けることができました」
オセロが協力してくれなければ、反転した璃子を取り戻すことはできなかっただろう。それどころか、私たちがウィッチの標的になっていたかもしれない。
結果的にだが、私たちはオセロに命を救われたのだ。
「私はずっと後悔しているんです。あの日、戦争であなたのことを貫いてしまった時のあなたの顔がずっと頭から離れない。私は、どこかで何かを間違えてしまったのだと、そう思えてならないんです・・・」
気が付けば、私は涙を流していた。誰かの前で泣くのは、これが初めてかもしれない。それほどまでに私は、今まで強がって生きてきたのだ。
「あなたが・・・どうして泣く?」
「アハハ・・・ほんっとうに、馬鹿な女ですね私は」
こうしてまともに、部下の最期をみとることができないのだ。上司失格どころではない、人間失格だ。
「けれどまあ、あなたとの日々は決して悪いものではなかった」
「・・・私も、後悔はありますが、それと同時に楽しかったです」
オセロの瞳はほとんど光が失われており、今にも死にそうなのがうかがえる。だが、最後にオセロは振り絞って口を開く。
「わ、たしは・・・あなたのようにはなれなかった・・・この、手で、多くの人を・・・」
「それは・・・そうですよ」
私はあえてオセロの言葉を肯定する。普通は慰めるべきところだが、そんなことをするとオセロという人間を否定することになってしまう。
「あなたは私ではない、オセロという一人の人間なのです。あなたが歩むべきは私の真似事をする人生ではなくて、あなたにしか歩めないあなただけの道。その果てに、オセロ自身の人生として多くの人を殺めた。それは決して許されることではないけれど、私だって同罪です。だから、決して自分を責めないで。もし自分が許せないなら、せめて半分くらいにしなさい。もう半分は、私が背負ってあげますから」
「リ、ブラ・・・ふ、くちょ・・・」
私がどこかでオセロのことを救えていたら、こんなことにはならなかった。だから私だって同罪だ。もし死後の世界があるのなら、私はそこでオセロの罪を半分背負おう。それくらいが、私に与えられた罰としてちょうどいい。
私は、既に冷たくなりかけているオセロの左手を手にとり強く握る。
「だから、もうゆっくり休んでください。あなたの仇は、私が取ります」
「・・・あり、が・・・」
オセロの言葉は最後まで聞き届けることができなかった。それと同時に、オセロの手の力がすっと抜けていくのを感じた。
「ごめん、なさい・・・オセロっ!」
私は思わず手で口を押え、すすり泣く声を押し殺す。こんな声をみんなには聞かれたくないし、何より目の前のオセロに聞かせたくない。ただ、我慢の限界だったのだ。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
私は必死に、流れ落ちる涙をぬぐう。だが、涙が止まることはなかった。最高の部下を失った悲しみがこれほどまでに痛いものだなんて知らなかった。
だが、きっとオセロは私たちのことを見守ってくれるはずだろう。
亡骸となったオセロの右目には、うっすらと涙の後が浮かんでいた。
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