第40話 嵐の展開
俺の腕の中で璃子はすやすやと眠っていた。目元は少し赤くなっているが、改めてかわいい奴だと思ってしまう。
あれだけ派手に異能力を使ったのだ。きっとしばらくは疲れ果てて眠ってしまうのだろう。そんな璃子を抱えながら、俺は地面へ静かに着地する。完全に衝撃を殺すことに成功したので、璃子にも特に負担はかかっていないはずだ。
するとリブラが真っ先に俺のもとへ駆け寄ってきた。
「レン、話し合いは済んだのですか?」
「ああ、みんなにも迷惑をかけちゃったな」
「そんなことはありません。彼女の叫びも、本心だったのでしょうし」
「・・・だな」
俺はそうして一度璃子を地べたに降ろし、自らも崩れ落ちるように座る。そろそろ俺も限界だ。
魔物との戦いが続き、オセロ戦を経てから璃子と戦ったのだ。俺だってここ数日でかなり疲労した。もうすでに家を出てからかなりの時間がたっているはずだ。そろそろ俺もベッドで横になりたい。
だがその前に、まだやらなければならないことが残っている。
「・・・」
俺はまだ一度もしゃべっていないオセロの方へと顔を向ける。そしてそれに合わせるようにリブラもオセロのことを見つめる。オセロにはもう、争うつもりはないようだ。
「それで、そろそろ説明してほしいのですが。一体、何がどうなってこうなったんですか?」
「・・・どこから離せばいいかな」
まずはなさなければいけないのは夢幻の回廊での出来事だろう。バッドエンドを迎えた世界のことをリブラたちに話さないことには何も始まらない。オセロのことを話すなら、その跡でも別に問題はないはずだ。
「えっと・・・俺が」
そうして事情を説明するために俺が立ち上がろうとした時だった。
グサッ!!
鋭く鈍い音が、俺の耳に張り付くように聞こえてきた。俺は音がした方を見て目を見開く。
「・・・なん、だと!?」
そう口走るのは今まで特に話すことのなかったオセロ。彼の口元からは血が流れ、その胸元に大きな穴が開いていた。
俺は慌てて立ち上がりすぐに周囲を警戒する。リブラは動揺しているのかその光景を見ることしかできないでいた。
「い、いったい何ですか!?」
俺たちとオセロからやや離れた位置にいたクロエさんも何が起きているか把握できていないようだ。だが彼女が叫ぶのと同時に、俺は神社の入り口の方を振り向く。
「誰か来てるぞ・・・一人、いや二人!」
「「!!」」
リブラとクロエさんもすぐに入口の方を見る。すると神社の門を、威風堂々とした佇まいで歩いてくる男がいた。
「私が仕掛けた攻撃に引っかかったということは、我々を裏切ることを決めていたようだな、オセロ」
「き、さまは・・・」
璃子のように輝いてはいないが、金髪でイケメンの青年が俺たちの方へ悠々と歩いてきた。この青年を、俺とリブラは知っている。
「お前は・・・コマンダー」
「まさかここまで生き残るなんて、その点については見事だと称賛しよう」
確かコマンダーは、かつて俺とリブラのことを見て期待外れだったといっていた。だが、その認識を改めることにしたのだろう。だが、どうしてこいつがこの場に現れた?
俺の疑問は解消される間もなく、次なる乱入者が現れる。
「待ちなさい、響!」
神社の門をくぐってきた誰かが叫んでいた。だが、それはつい先日まで一緒にいた少女。
「花咲!?」
「ほう、君たちはすでに彼女と知り合いだったのか」
どうやら花咲のことをコマンダーは知っているようだ。しかも花咲の慌てようから察するに、彼女を振り回せるほどの力を持っていると仮定していいのかもしれない。
(花咲の用事って、もしかして!)
ひょっとすると彼女は、今夜コマンダーのことを仕留めるつもりだったのかもしれない。その時オセロや魔物に乱入されたら困るから俺たちのことを動かした。
多少の補正は入るだろうが、これが今回の作戦の筋書きだったのだろう。だが彼女の様子を見るからに、それは失敗に終わったようだ。
「そうだ、一応報告してあげるよオセロ。君にもらった魔物は全滅した。そこにいる怖い女が慈悲の欠片もなく殺しつくしたからね」
「あなたは、自分の身を心配してなさい・・・『
彼女は大量の鎖を創造してコマンダーを拘束しようとする。あれほどの大量の鎖、俺でも完全にはよけきれない。だが、コマンダーは動じるどころか呆れるように笑う。
「何度も言っているだろう? 君と私の異能力は相性が最悪だ。そこにいる仲間でも頼ったらどうだね?」
「減らず口を!」
だがコマンダーの発言はハッタリなどではなかった。奴は鎖を一切見ることなく、まるで歩くかのように鎖を回避する。その動作に一切の無駄はなく、まるで鎖がどのように動くかがわかっているかのようだった。
「あいつの異能力はいったい?」
俺が疑問を持つ中、花咲は珍しく苦い表情をしていた。だがそんなことは気にも留めず、コマンダーは勝手にしゃべり続ける。
「そろそろ諦めてくれないかな。ビジネス的にもプライベート的にも、君の存在は邪魔でしかないんだよ」
「それなら、とっとと荷物まとめて帰ったら?」
「相変わらず手厳しいことだ。ああ、そこあんまり近づかない方がいいよ」
コマンダーが花咲のやや手前にある空間を指さす。すると花咲はまたもや歯を食いしばる。そこに何かあるのだろうか?
「忌々しい能力ね。そろそろ捨てていいんじゃない?」
「そちらこそ苛烈な異能力を使うじゃないか。お互い様、というやつだよ」
そうして、睨み合いは続く。すると花咲は諦めたようにすっと手を下ろす。
「いいわ、今夜は諦めてあげる。ただ・・・次はない」
「それはそれは、一応怖がっておくことにしようか」
そうして戦闘はあっさりと終了する。きっとここを訪れる以前にもかなりの戦闘を繰り広げてきたのだろう。コマンダーと花咲からはお互いに若干の疲労が感じられる。
「では私も帰ろうかな・・・いや、その前にやるべきことがあった」
するとコマンダーは俺たちの方へと向き直る。花咲のことなどまるで気にも留めていない。
「改めて君たちのことを歓迎しよう。どうやらウィッチやスナイパーのことも下してくれたみたいじゃないか。さすがに今夜はもう引くが、いずれ再びまみえた時は私も本気で君たちの相手になると約束しよう」
ここ最近で、俺たちは異世界人やガイアと渡り合い、そして下していった。その功績を前に、コマンダーも俺たちのことを明確に敵と認識したのだろう。
「そうなるとそこで寝そべっている彼はもういらないな・・・リハビリということにしておこうか。殺れ、ウィッチ」
「・・・ちっ」
「「「「!?」」」」
スナイパーが叫ぶようにそう言うと、強烈な冷気が俺たちのことを包み込む。だがそれも一瞬ですぐに収まった。その代わりに、強烈なプレッシャーが俺たちに降りかかる。
「はっ、少し見ない間にボロボロじゃねぇか。それがお前に定められた末路だったのかもな、クソ雑魚」
「っ!」
声がした神社の屋根を俺たちはいっせいに見上げる。満月と重なって氷の弓矢を構えるウィッチがいつの間にかそこに立っていた。俺と戦った時の傷はすでに完治したようだ。
「ま、一思いに死ねや」
「やめろ!!!」
俺がそう叫ぶも彼女が止まることはなかった。彼女はオセロにめがけて氷の矢を放った。だが狙いが外れたのか、頭や胸ではなく太ももにそれは貫通する。
「ちっ、ちょっと動かない間に腕が落ちたな・・・」
だがそれでもオセロを仕留めるには十分だった。もともと胸に何かが貫通して致命傷を負い、今は氷が徐々にオセロの体を蝕んでいく。すでに下半身は氷漬けになってオセロはピクリとも動けないでいた。
「帰るぞ、ウィッチ」
「ヘイヘイ」
「お、まえらぁ!」
俺は怒りを込めて叫ぶも奴らにそれは届かない。そもそも俺は、体がボロボロでもう動けないでいた。唯一動けそうな花咲も、ウィッチの登場はさすがに分が悪いと悟ったのかそのまま二人を見送ろうとしているようだ。
「・・・ぁ」
だが俺の横で、ふと璃子の声が聞こえる。どうやら、目覚めるのは案外早かったようだ。だがそんなことを考える暇もなく、璃子はおもむろに起き上がる。そして二人の後姿を確認すると弱弱しい声で叫びだす。
「まっ・・・て」
とても小さな声だった。だが次第に調子が戻ってきたのか、こぶしを握り締めて大きな声で悲痛に叫ぶ。
「待ってよ、和奏!」
空しく、璃子の叫びが木霊する。だがその声が奴らに届くことはない。そもそも、聞いてすらいないのだから。
そうして一切振り返ることなく、ガイアの二人は去っていった。
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