断編 ナルサキリコ


 璃子視点




 異変を感じたのはここ最近のことだ。初めは気のせいだと思った。あるいは恐怖から目をそらしていたのかもしれない。




 きっと疲れてるんだ。


 そう思い込むようにしていたが、すぐに現実が私の中に広がっていく。




最初は、火の手が上がる学校に蓮が飛び込もうとしたとき。




『あーあ・・・行かせちゃった』




 そして、水着を買いに一人でショッピングに行き、そこで偶然にも蓮と鉢合わせた時。




『素直になれないなんて愚かだよねー、あたし。いっそ諦めればいいのに♪』




 確信に変わったのは、夏休みに入って久しぶりに会った先輩と蓮の家に行った時だ。




『みんな必死に戦おうとしてるのに、あたしだけ場違いな仲間外れ。アハッ、ちょーうける』




 蓮は私の知らないところで魔物とかいう化け物と戦おうとしていた。花咲? という知らない少女と一緒に行動すると話していた。


 新たに仲間に加わったクロエさんも含め、決して弱くはないメンバーだ。彼らなら町にはびこる怪物たちをどうにかできるかもしれない。この一連の流れにあたしが関与していないのは癪だが、異能力を使えないあたしが出しゃばっても見苦しいだけだ。




彼らは真剣に話し合いをしている。だが、私はほとんどその話し合いに集中できていなかった。話し合いの後半になる頃には、あたしはほとんど喋っていない。ずっとずっと、耳元で囁かれていたからだ。




『そろそろ気づいたら? ここにあたしの居場所はないって。場違いだよ、場違い』


『そんなんだからお馬鹿さんなんだよ。なんで気づかないかな~。あたしが、何もできないって』


『結局さ、一番の役立たずは誰? そう、それはもちろん、このあた・・・』






(うるさい・・・うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい)




 思わず耳をふさぎそうになってしまう。だが耳をふさいだところで、この声が鳴り止むことはない。




『そろそろ気づいたら? 蓮が私のことを見向きもしないって』




 いつの日からか、得体のしれないナニカがあたしの中に巣食っていた。ナニカは日々あたしの心を傷つけようと四六時中話しかけてくる。


 だが罵倒するその声は、どこかで聞き覚えるある声。そう、あたし自身の声だ。




 蓮の家を訪れた日を境に、私のことを罵倒する声が一気に増えた。それはほとんどがあたしと蓮を遠ざけようとするものばかりで、最初は聞き流していたあたしもだんだん流すことができなくなっていた。




「確かに、蓮は私のことをそういう目で見てはくれてない。けど、それはこれからで・・・」


『蓮にふさわしい女の子なら、すぐ隣にいるじゃん』




 そう言われて蓮がリブラさんと一緒にショッピングを楽しんでいる姿がフラッシュバックする。あの時はすぐに別れたので、あの後二人がどんな風に過ごしたのかを知らない。けど、きっと楽しい時間を過ごしていたんだろうなぁ。




『葉島メイさん、服部遊香先輩、リブラさん・・・このあたしが、あの人たちのどこに勝っているの?』




 あげられた名前は、いずれも蓮と親しい関係を構築している人間。あたしが知らない、蓮のことを知っている人たち。そう、蓮の仲間たちだ。


葉島さんは、異性である蓮と友達だということを恥ずかしげもなく公言している。


 遊香先輩も、蓮のことを見る目が最近変わってきた。


 そしてリブラさんは言わずもがな。




 そして追及の声は蓮のことだけに収まらない。お父さんやお母さん、部活の仲間たち。私がかかわりを持つすべての人間との関係性を否定される。


 そして極めつけは




『知ってる? 和奏ね、あたしのことが嫌いだったんだよ。だからいきなり失踪なんてしたの。わかる? ねぇ?』




(やめて、それ以上はもう、言わないでっ)




 いまだに見つからないあたしの親友、佐藤和奏。いったいどこにいるのかは今も不明。だが、もし彼女の失踪に自分が意図せず関わっていたら?


 いつしかあたしは、そんな風に考えてしまうようになっていた。




 蓮のことも含めて、ここ最近はよく眠れてもいない。眠ろうとすると、あの声が鳴りやまなくなるのだ。病院に行けば不眠症用の薬をくれるかもしれないが、そんなところに行く気力も今はなかった。




 このことを蓮たちに打ち明けることなく、最後に蓮と会ってから数日が経過していた。きっと今も彼は魔物とか異世界人とかと戦おうとしているのだろう。




「あたし、本当に役立たずだ」




 そればかりはあの声に同意してしまう。あたしは結局何もできていない。蓮と一緒に戦うことも。想いを伝えることも・・・




 そんな時、急に電話が震えた。


 画面を見ると、見慣れた幼馴染の名前が表示されていた。あたしは片手でスマホを操作し、応答ボタンを押す。




『あー、もしもし璃子、ちょっといいか?』


「いいけど、珍しいね。蓮の方から連絡をくれるなんて」




 たまに連絡を取ることくらいならあるが、そのほとんどはあたしからだ。無理やりショッピングに連れて行ったりしていたが、最近はそんな機会も減ってしまった。




『その、この前言ったオセロのことなんだけど、もしかしたら駅の北側にいるかもしれないんだってさ』


「駅の北側・・・えっと、それって・・・」


「ああ。お前の家がある方角だ」




 そう聞いたあたしは思わず身震いしてしまう。レインの時のトラウマはまだ拭えていない。そんな中で聞かされた、新たな情報。




 まだあたしの近くに、あんな怖い人たちが潜んでいる?




 そう考えてしまうと怖い。また襲われるのではないかと不安になってしまう。




『とりあえず今夜そっちの方を調べてみるけど、璃子は家から出ないでくれ。わかったな?』


「あ、うん、わか・・・」




『また・・・間違えるの?』




「っ・・・」




 私の中で、何かがゾクリとした。まるで取り返しのつかない何かが行われようとしているかのように、謎の焦りが芽生える。




『どうかしたのか?』




 電話の向こうで、蓮が心配しているのが伝わってきた。長い間答えない私に疑問を感じたのだろう。




「あのさ、蓮」




 私はこの時、あまり考えないでしゃべっていた。




「あたしは、一緒に言っちゃダメかな?」


『えっと、どうしたんだ?』




 蓮は戸惑いながらそう返してくる。きっと意味が分からないのだろう。あたしはハッとしてすぐに言葉を訂正する。




「あ・・・ごめん、今のナシで」


『あ、うん。とにかく、今夜は気をつけろよ』




 そう言って電話は切ってしまう。わかっていたことだが、蓮は私を連れて言ったりはしないだろう。そのことが心苦しいが、まあ仕方のないことだ。




だが、本当にこれでよかったのだろうか。




『よくないよ、ちっともよくない』




 また私の中で声が聞こえる。頭の中に響くように、あるいは憤るように私の中ではじけて消える。




『このままじゃ、蓮は死んじゃうよ?』


「え、それってどういう」




 今までは私のことを罵倒するような言葉だったが、いきなり警告のようなことを伝えだしてくるナニカ。


 蓮が死んじゃう? そんなのは嫌だっ!




『あたしに体を貸してよ。そうしたら、蓮のことを助けてあげる』


「ふざけないでっ・・・だれが、あんたなんかに」


『あーあ、蓮は死んじゃうのかー。家のお庭にお墓を立ててもらわないとねぇ』




 あたしはどうすればいいのかわからない。あたしが行ったところで蓮たちの力になれるとは思えないのだ。


 けれど、このままここにいても何も変わらない。


 今は夕暮れ時。蓮たちが動き出すのは夜になってからだろう。それなら、あたしが介入する余地は十分にある。




「・・・できるの?」


『まーかせて♪ ついでに蓮を、あたしたちのものにしちゃうから』


「あたし、たちの?」


「そうだよー。蓮は、あなたのもの」




 キヒヒヒヒヒヒッ




 そんな笑い声が聞こえた気がしたが、あたしにその声が聞こえることはなかった。




 そして・・・あたしは・・・・・


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