第10話 茶髪の少女

「い、今のは?」




 いきなりすぎて何が起こっているのかわからない。俺たちの目の前にはジャッカルウルフたちの亡骸が無造作に転がっていた。ほぼすべての個体が頭に剣が突き刺さって絶命し霧散している。かろうじて生き延びている数体も、突然の現象に困惑しているのか動けないでいた。




「・・・」




 オセロはその光景を黙って見ていた。彼にとってジャッカルウルフは駒に過ぎないので、死体を見ても特に思うところはないのだろう。ただそれよりも、この現象を引き起こした何者かを探していた。




「何奴だ・・・姿を見せろ」




 オセロは警戒しながら影の大剣を構えていた。そこには全くと言っていいほど隙がなく、全力時の俺でさえ挑みたくないと思ってしまうような相手だった。




 すると俺の後ろで音がした。




 コツコツと、コンクリートに反響する足音が夜の中に沁みるように響きわたる。


 そして誰かが、俺たちの方へと近づいてきているのが見えた。




(あれは・・・女の子?)




 すでに時刻は午前三時を回っているはずだ。こんな深夜に歩き回っている人はほどんどいない。それも、女の子一人で歩き回るなど明らかに異常だ。そしてその何者かが口を開く。




「一つ、この世の不条理を許さず」




 凛とした声が突如戦場に響き渡った。その声には何者も寄せ付けない不思議な意思が宿っており、俺も途中で口を挟もうとは思えないほどの美声だ。




「二つ、己と愚者に厳しく」




 そしてその少女の姿が街灯に照らされる。そして印象的な茶髪が、夜の街に照らされ現れた。




(あれは・・・魔女の服?)




 そう思ってしまうほど黒くメルヘンなドレスをまとった少女の姿が見えた。


 見覚えのあるその少女は冷酷な瞳でオセロのことを睨みつけていた。




「三つ、すべての悪を滅する」




 オセロは剣を下した。相手が構えてもいないのに自分は構えるのは失礼だと思ったのか、それとも単純に少女の姿に油断しているのかはわからない。ただ、俺を含めてこの場の全員がその少女に釘付けになっていた。




 すると瞬間、二人の間に激しい火花が散る。


 少女が手をオセロにかざした瞬間、無数の槍がオセロに向かって放たれた。一つ一つに鋭利な刃がついており、当たったらひとたまりもないだろう。




黒影シャドウ




 だがオセロは焦ることなく地面に手を当てる。そして自らの影を波のようにして創出した。




 ガガガガガガガッ




 槍と影の拮抗する音が聞こえてきた。異能力の威力はほぼ互角。マシンガンのように放たれる槍を、オセロの影が飲み込むように防いでいた。それでも、手数が多い少女の方に軍配が上がりつつあった。




「くっ・・・」




 影の波を突き破り、槍がオセロの方へと飛んで行った。当たれば体は貫かれることは明白だ。銀色の光が、オセロを貫こうとする。




黒影シャドウ




 しかしオセロはそれにも動じず、影の大剣を改めて創り出し、槍の一つ一つを打ち落とす。


 電光石火のような剣捌きで、重そうな大剣を烈火のごとく振るい槍を弾く姿は、まるで鬼神を見ているようだった。




「ふむ、槍一つ一つの強度は大したことないな」


「あら、ご不満だったかしら?」




 オセロの大剣が槍にあたるたび、ガラスが割れるような音を響かせて槍が崩れてしまう。しかしそれでも槍の猛攻は止まらない。壊しても壊しても、すぐに次の槍が飛んでくる。




創造クリエイト


黒影シャドウ




 このままでは埒が明かないと判断したのか、異能力を再展開しつつ二人は一度攻撃の手をやめる。




「そうか、貴殿がコマンダー殿の言っていたイレギュラーだな」


「・・・」




 影と銀、二つの大きな輝きが夜の中に生み出されていた。その双方が圧倒的なプレッシャーを放っており、絶大な威力を誇っていることは触れずとも明らかだ。


 俺は重たい体を動かして、リブラに肩を貸しながらなんとかその場を離れようとする。




 タイミングよく俺たちが安全なところまで移動した瞬間、大きな二つの大剣が助走をつけてぶつかり合った。




 ガキィィィィーーーン




 これまで聞いたことがない甲高い金属音が響きわたるのを聞いて思わず耳を塞いでしまう。そしてそれと同時にものすごい風圧が俺の体にぶつかってくる。




「うっ」




 俺はなんとかその場に踏みとどまり、リブラをゆっくりと座らせた。そして地面に膝をつきながらも、先ほどの中心地となった二人の姿を探す。


 すると何事もなかったかの世に、少女とオセロは棒立ちのまま睨み続けていた。




「引き分け・・・か」


「いいえ、あなたの負けよ」




 少女がそう答えた瞬間、オセロの足元でジャラジャラと重い金属音がなっていることに気づく。




「これは・・・鎖か?」


「ええ。これでもう、あなたは異能力を使えない」


「!?」




オセロの足首に鎖が巻き付いていた。だがすぐにオセロは自身の体に起きている異変に気づき、戦闘で初めての動揺を見せる。




「な、なぜだ・・・どうして異能力が発動しない!?」


「その鎖が特別製だからよ。心当たりがあるのではなくて?」


「!?」




あの時、スナイパーが必死にあの鎖をよけて居た理由がようやくわかった。どうやらあの鎖には異能力を封じる力があるのだろう。


 オセロとてそれは例外ではなく、異能力を完封されてしまったようだ。これで少女の勝利は確定だと思ったが、焦りが不敵な笑みへと変わっていく。




「たしかに、すさまじいうえに全貌がわからない異能力だが、戦闘経験は吾輩の方が上だったようだな」


「っ!」




 オセロがそう言った瞬間、少女は自らの頭上に盾を作り出す。そしてその瞬間、無数の槍が少女の頭上に雨のように降り注いだ。




「これは・・・」


「貴殿が先ほど吾輩に向けて撃ち放った槍。それを少々くすねさせてもらったよ」




 あらかじめ攻撃するために影を伸ばして頭上に罠を仕掛けていたのだろう。それも発動条件を時間にすることで、異能力が封じられていても使うこと自体が可能だった。




 そして不幸にも槍は鎖の部分にも突き刺さり、オセロを押さえていた鎖がちぎれてしまった。すかさずオセロは距離をとり、地面にしゃがみ込む。




「副長殿と違って、貴殿を倒すには少々骨が折れそうだ。今宵はこれで手打ちと行こうじゃないか」


「私がこのまま逃がすとでも?」


「ああ、彼らがどうなってもいいのならばな」




 そしてちらりと、オセロが俺たちの方を見た。




(一体なにを・・・はっ!?)




 俺はそこで気づいた。俺はリブラのことをコンクリートの壁を背もたれに座らせて、自身もその隣でしゃがみ込んでいる。


 そして俺たちの下には、コンクリートの壁によってできた影があった。




(こいつ、離れた影も操れるのか?)




 確証はないが異能力の可能性は無限だ。もしかしたらそういうことも可能なのかもしれない。


 少女も顔をしかめてオセロのことを見ていた。




「それではさらばだ。強き二人の異能力者と、愚かなる副長殿」




 そうしてオセロは影の中へと沈んでいった。俺とリブラも、そして目の前に現れた茶髪の少女も、それを黙って見ていることしかできなかった。


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