第9話 影使い
リブラとオセロ、異世界人の二人が睨み合う。それだけで空気が重く感じられるほどの緊張感があたりに漂う。
やがて静寂を破るかのようにリブラが口を開いた。
「オセロ、いい加減帰る気にはなりましたか?」
「ふっ、愚門であるな。帰るわけがないだろう?」
リブラと男のやり取りを、俺は黙って見ていた。というより、見ることしかできないでいた。
(こいつが、オセロ)
かつて俺の心臓を異能力で貫いて、一度は命を奪われかけた相手。リブラだけでなく俺にも因縁のある相手だ。
真っ黒な黒髪が、あちこちにある影と同じくらい不気味だった。
「それならば、どうしてわざわざ私たちの目の前に現れたのですか?」
「決まっているだろう。貴殿ら二人の抹殺だよ」
オセロはポケットに手を入れて堂々とそう答える。俺たちの暗殺、それがオセロの目的らしい。
俺はオセロの挙動一つ一つに警戒するが、リブラは恐れずに皿に詰め寄る。
「どうして・・・誰に依頼されたのですか?」
「本来なら黙秘するところだが、副長殿にも心当たりはあるのではないか? 貴殿らの存在を疎ましく思っている者どもを」
俺たちのことを目の敵にしている奴らなんて一つしか心当たりはない。
ガイアだ。奴らが俺たちの抹殺をオセロに依頼したのだ。
リブラもそれをすぐに察したのか、苦虫を噛み潰したような顔をして吠えるようにオセロに叫ぶ。
「あなたは、一体何がしたいのですか!?」
「・・・リブラ?」
魂からの叫びか、リブラの言葉には今まで以上の熱が入っていた。その瞳は揺れに揺れて焦点を定めていないように見える。こんなリブラを見るのは初めてだ。
「吾輩が何をしたいか? 副長殿に教える義理はないな」
「また、そうやって逃げるのですか?」
リブラの問いかけに、オセロは鼻で笑いながら答える。
「逃げる? 違うな、副長殿が吾輩についてこれていないだけだ。最も、吾輩も誰かに理解してもらおうだなんて思っていない」
オセロはしゃがみ込んで再び影の中へと身を潜めた。俺も迎撃しようと『同調』を発動しようとするが、リブラがそれを手で制した。
「レン、手出しはしないでください」
「リ、ブラ?」
初めて見るリブラの顔。いったいどんな感情が心の中で渦巻いているのか推し量ることはできない。
そしてもう一つ。
俺は、初めてリブラに拒絶されたのだ。
『
リブラはひと際強い輝きを放って異能力を発動した。俺でさえ思わず腕で目を覆ってしまった。
「オセロ、どうあってもあなたとは分かり合えないようですね」
「吾輩とて、副長と初めて会った時はそうでもなかったさ」
そんなやり取りのさなか、リブラが先陣を切った。その体は部分的に鎧で包まれており、腕や足もとには刃が創り出されていた。
全身凶器
今の彼女を形容するならばその言葉がふさわしだろう。
「おお、その姿でそれをするか」
オセロがそんなことをつぶやく。俺が見てもわかるように、明らかに今まで以上の精度で異能力を使っている。きっと無理して、あの姿で以前のように戦おうとしているのだろう。
「オセロ、後悔してください」
「何度も煩わしいぞ、副長」
瞬間、リブラが駆けた。まるで一直線に、オセロの下へと向かっているように見える。
(ど、どこにいるんだ?)
リブラにはわかっているように見えるが、気配感知に優れた俺でもオセロの居場所を全く掴めない。先ほどまではプレッシャーを放っていたオセロだったが、影に潜った途端に気配が消えたのだ。
そんなことをつゆ知らず、リブラは月に照らされコンクリートの壁にできている影に、勢いよく刃の切っ先を向けた。そしてそのままコンクリートに刃を突き刺そうと前のめりになって振りかぶる。
「やはり不思議だ、副長殿はどうして吾輩のことを捕らえられるのだ?」
「そんなの、勘です」
リブラの刃が地面に届こうとした瞬間に影が伸びるように移動した。きっとアイツは影伝いに他の影へ移動したのだろう。まるで水面を移動する魚のようだ。
「そんなことを言って誤魔化しているが、明確な手法があるのだろう? いい加減教えてくれないかね?」
「ペラペラと、いつまでも減らない口ですね!」
まるでじゃれるように、いたちごっこのようなやり取りが広げられていた。リブラは瞬時にオセロの場所を割り出すが、攻撃が届く寸前で、まるで弄ぶかのようにオセロが攻撃から逃れるのだ。
「副長殿はいつもそうだ。自分ができることは誰にでもできると思っている。結局あなたは周りを自分より上か下かでしか見ることができない人なんだよ」
「あなただけには言われたくありません。私は常に全力を尽くしているだけです。それを、それをあなたが!」
言い合いと物理による攻撃が熾烈を増してきた頃、とうとうオセロが攻撃を仕掛け始めた。
リブラの後ろにある影から、先ほどの腕が二本伸ばされリブラのことを掴もうと追いすがってくる。
「こんなもの、私には効きません」
だがリブラはそれを一閃する。影から生えてくる腕は一度切れば引っ込んでいくようだ。
リブラは器用にもあちこちから生えてくる手を切り裂きながら、オセロが潜んでいる影に追いすがっていた。だがあと一歩のところで追いつけず、何度もオセロを逃してしまう。
「知っているか副長殿、この世には強者と弱者が存在する」
戦闘が拮抗する中、オセロがまたもやひとりでにしゃべりだした。
「弱者は強者の言うことに従わねば生きてはいけない。それしか許されていない。だが不思議にも、強者には二種類の強者が存在するのだ」
リブラは話を聞くつもりはないのか、今は腕を切り裂き回ることに集中していた。すでに五十本以上の腕を切り落としている。
「弱者から成りあがった強者と、最初から強者だった強者だ」
ここで初めてオセロが影の中から這い出てきた。リブラは瞬時に反応して切りかかるが、オセロが影の大剣でそれを受け止める。
その大剣は刃渡り1mを越えており、リブラの小柄な体よりも一回り大きい。それをリブラは両腕の刃を交差させて受け止めようとする。
「吾輩は前者だが、副長殿は間違いなく後者だろう? だから吾輩や、仲間の気持ちがわからぬのだ」
そしてそのまま、オセロがリブラの体を吹き飛ばした。衝撃を和らげることができず、リブラはコンクリートの壁にぶつかってしまう。
咳き込みながら倒れるが、足を震わせて起き上がった。体はボロボロでも、瞳がまだ燃え上がっていた。
「リブラ、もう・・・」
やめてくれ。
だが俺はその言葉を発することができなかった。目の前で繰り広げられる光景が、俺に付け入る隙を許さなかったのだ。これ以上ボロボロになるリブラを見たくない。
リブラは戦うにつれて体だけではなく心まで傷ついていた。その証拠に、自分の感情をすべて押し殺している。
リブラは、自信を戦闘マシンのように錯覚させて戦っているのだ。
「副長、吾輩はあなたに何度でも言う。皆のために、死んでくれ」
オセロはそう言って影の大剣をリブラに向けて振り下ろした。だがリブラはよろけながらも何とか避ける。しかし、これ以上の戦闘続行が不可能だということは誰の目から見ても明らかだった。
「あっ・・・」
リブラの『変身』が強制的に解除された。それと同時に地面に這いつくばってしまう。もう異能力を使うどころか、動くことができないのだろう。
「さらばだ、偉大なる副長殿」
そして影の大剣が再び、リブラの体を両断しようと振り下ろされようとしていた。
もう、限界だ
『
俺は身体能力を強化して、リブラの下へと突っ込んだ。
「ほう・・・」
リブラの体を掴んでなんとかその場を離脱することに成功する。先ほどまでリブラが寝ていた場所には、コンクリートに剣の跡が深く刻み込まれていた。
「黙ってみているだけの臆病者かと思えば、身体強化か。なるほど面白い。レインと同系統の異能力であるな。確かにこの場では少々厄介だな・・・それならば」
リブラの様子を見るが、どうやら意識が朦朧としているらしく、浅い呼吸を何度も繰り返し、目を細めては呻き声をあげていた。
「さあ、踊れ・・・『
俺の周りを、影から延ばされる手が取り囲んだ。俺は歯を食いしばって打開策を必死に探る。
(だめだ、これ以上バーストは使えない)
一気に吹き飛ばせれば状況はいくらでも打開できるが、俺も魔物との戦闘で異能力を使いすぎた。サイクロプス戦がとどめだ。俺もこれ以上異能力を乱発することはできない。
・・・ならば
『インストール』
俺は地面に向けて思い切り蹴りを入れる。その衝撃はコンクリートを割り、あたり一面に罅が入る。
一見無意味な攻撃に見えるが、それで地面に映る影は揺らいで不安定な形になった。それと同時に伸びてくる腕に揺らぎが生じる。
俺はその隙を逃さず、一気に駆け抜けて脱出した。
(やっぱり、影に向かって攻撃すればいいんだ)
この腕は影から伸びてきている。おそらくオセロの異能力は影に依存するものなのだろう。 ならば、一時的に影がある地面をつぶしてしまえばいい。
「実体なきものでは捉えきれぬか・・・ならば、吾輩の仲間たちを頼ることにするか」
「な、なに!?」
俺は思わず動揺して叫んでしまう。なぜなら、生物の気配がいきなり周囲に増えたからだ。その数、ざっと見積もって十人ほど。
だがそれは人ではなかった。
よだれを垂らした狼の群れが、影の中から浮き上がってくる。
「こいつは、ジャッカルウルフ!」
「ほお、名前だけは知っているか。いや、それともすでに遭遇していたかな?」
影から次々と魔物が湧き出て俺の周りを囲っていく。一瞬の動揺に硬直し、俺たちは完全に包囲されてしまった。
「町に魔物を放っていたのは、お前か」
「いかにも。足がつかぬよう被害を出すなと命じたうえでな」
町に湧き出る魔物の原因は目の前にオセロだったらしい。異能力の影に加えて魔物の軍隊。異能力の扱いと応用がすさまじい。
・・・ダメだ、これ以上は戦っても負ける
俺はそう確信して逃げに徹しようとするが、いまにも魔物が飛びかかってきそうでむやみに動けない。
なら空中へ飛ぶかと考えるが、そう考えた瞬間にオセロが二の矢を放つ。
「言っておくが、逃がさぬぞ」
逃げようとする俺たちを包囲しようと、魔物だけではなく影の腕まで無数に伸ばし始めた。俺たちは完全に逃げ場を失った。
「レン、私はいいので・・・あなた、だけでも」
リブラがそう言って俺に逃げろと言ってくるが、もう時は遅い。すでに狼たちが俺との距離をじりじりと縮めてきていた。
「やれ、ジャッカルウルフ」
「「「「「「「「「ワオォォォーーーン」」」」」」」」」
オセロの指示とともにジャッカルウルフたちが俺たち目掛けて一斉に飛びかかってきた。俺たちをかみ砕こうとしているのか、牙を剥き出しにしているものもいれば、爪を立てて切り裂こうとしているものもいた。
俺はその光景を、目を見開いて見ていることしか・・・
『
その瞬間、ジャッカルウルフたちを無数の剣が貫いた。
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