第3話 噂
徹夜をしたのはいつぶりだろうか。
夏休みなどの長期休暇も規則正しい生活を心がけていた俺だったが、久しぶりに体に鞭を打ってパソコンと向き合った。
バグは何とか直ったので、後は送信したデータを先方に確認してもらうだけだ。
現在の時刻は午前四時。少しずつ外も明るくなり始めているころだ。
振り返って後ろを見てみると静かに寝息を立てているリブラの姿があった。愛らしいその姿に笑みを溢しながら、俺は起こさないように部屋を出てシャワーを浴びるために風呂場へと向かう。
ちなみにリブラは俺のシャンプーを使っているため最近の消費が半端ない。女の子用のシャンプーを買ってあげようか迷っていたので、今度璃子にでも相談してみよう。
「それにしても、眠いな」
ちょっと前までなら多少の寝不足には慣れていた俺だったが、最近規則正しい生活を送りすぎたせいですっかり体が健康になっている。いいことだと割り切るが、それにしてもふらふらだ。
少し熱めのシャワーを浴びた後、俺も寝間着に着替えてソファーの上で横になる。
寝る場所としてベッドとソファーがあるのだが、リブラとは順番に交代しながら使っている。すっかりここでの暮らしに慣れたようで、ベッドの上でぐっすりと眠っていた。
俺は頭で腕を組みながら、リブラのことについて考えてみる。
(そういえば、リブラはどうして俺のことを助けてくれたんだろう)
俺が異世界人に襲われ死にかけていた時、リブラは異能力の代償を恐れずに俺のことを助けてくれた。
俺は放っておいても構わないはずの他人。むしろ余計な関係者を作る方が面倒になる。だがリブラは結果的に俺のことを救ってくれた。
彼女のその在り方を輝かしく思うとともに、同時に恐怖が湧いてくる。
もしあの時、俺がリブラに見捨てられていたら?
その可能性だって十分にあるし、そもそもリブラに見つけてもらえない可能性だってあった。だからあの時、俺が生きて帰れたのは本当に運がよかったのだ。
「・・・ほんと、お前はすごいよ」
ベッドのほうに向かって小さな声でそう言う。
するとリブラが寝返りを打ったので俺は慌てて寝たふりをする。
(ま、もう少しくらい感謝の気持ちを伝えても文句は言われないよな)
そんなことを思いながら俺も重たい瞼をようやく閉じた。
※
日が昇り始め、コンクリートに陽炎が見え始めたころ、俺たちは葉島の家を訪れていた。
リブラはともかく、俺まで誘われるのは正直予想外だった。友達と謳っているが、実のところ俺が葉島の家に行く機会はかなり少ない。いつ行っても新鮮な気持ちと程よい緊張感に包まれている。
「あれ? 使用人がいない」
いつも葉島の家には何人かの使用人の人たちがいるのだが、今日はその気配を感じない。
「夏休み中は私がずっと家にいるから、そこまで人はいらないの」
もともと使用人たちも最低限の補助しかしないらしい。葉島の父親の方針だそうで、自分でできることはなるべく自分でするようにと、使用人たちも最低限のことしかしないそうだ。そんなこともあって、使用人たちも絶賛サマーバケーション中だ。
だからお茶を入れるのも、使用人ではなく葉島の役割だ。
差し出されたアイスティーに口をつけていると、葉島が俺たちに神妙な面持ちで語り始める。
「ねぇ、知ってる? 最近町で噂になってること」
俺は夏休み中あまり誰かと会っていないのでそう言った話は入ってこない。だが葉島の顔は不安げで、俺もさすがに気になってしまう。
「噂って、いったいどんな?」
「うん、夜になると町に化け物が出てくるって話」
「化け物?」
最近は夜に出歩かないことにしているので俺自身はそれを見ていない。だが葉島によると、すでに多くの人がその化け物を目撃しており、聞くところによるとおぞましく凶暴な姿をしていたそうだ。そして目撃したほとんどの人が恐怖でまともにしゃべってくれないとか。
まだ実害は出ていないそうだが、町としては夜のパトロールを増やす方針で決定したそうだ。ボランティアの人も出動しているらしく、割と大きな騒ぎになっているとか。
「全然知らなかった」
「・・・水嶋君は、人付き合いをもう少し増やした方がいいと思います」
思わずジト目で葉島にそういわれてしまった。ていうか、お前だって最近まで人付き合いが最悪だった気が・・・
「とにかく私たちもその噂について少し調べてみない? ね、リブラ」
葉島は俺が考えていることなどつゆ知らず、リブラにそんな風に持ち掛ける。
確かにこれが異世界がらみのことだと思えばそんな気がするので、完全に無視することはできない。
だがリブラは、深い思考に入った後目を瞑りながら首を振る。
「今は余計なことはしないでおきましょう。動くにしてもリスクのほうが圧倒的に高い。もし動くなら、ユウカの手も借りないといけませんし」
あの戦いから遊香先輩は異能力に関して新たな一歩を踏み出した。
もともと高い異能力適正があったので、トラウマを乗り越えようやく力をものにしたということだろう。
今回の件も、遊香先輩の力を借りることができればとても安心感が増す。
だが遊香先輩は三年生だ。進路で忙しい中何度も呼び出すのは気が引けると俺はこちらかの連絡をあまりしないようにしていた。
現に夏休みに入ってからは、プールの誘い以外で連絡を取っていない。あちらからほとんど連絡がこないことを考えても、進路のことで手一杯なのだろう。
「ところでメイ、あなたは水着を買ったのですか?」
「あー・・・まあ、そのうち?」
目を泳がせながらそう答える葉島に俺とリブラは首をかしげたが、深くは追及しないことにした。
それにしても、リブラがプールで遊ぶのに一番乗り気だった。きっと思いきり楽しむために様々な計画を立てているのだろう。
そのあと俺たちは夏休みの間に何があったかを他愛なく話していた。俺はほとんど話せるような話題を持ち合わせてはいなかったが、葉島のほうにいろいろあったそうだ。
なんでも親の会社に行ってみることになったのだとか。
「社会勉強と挨拶を兼ねてるみたいで、少し緊張しちゃうよ」
あの社長の性格を考えると、仲のいい社員に娘を自慢したいだけではないかと勘繰ってしまう。というか、間違いなくそれが本命だろう。そして娘の話を肴に、都合のいい社員とともにお酒を飲んでいる姿が容易に想像できる。
「メイなら大丈夫ですよ、私も応援してます」
不安がる葉島をリブラが目いっぱい応援していた。この二人も本当に仲が良くなったものだ。
「葉島にとってはいつもの事だろ。がんばれ、イインチョ」
「本気で心配してくれてるのかわかんないよ・・・もう」
そんなことを言っているが、葉島の顔には微笑が浮かんでいた。多少の緊張が今のうちからほぐれたのなら俺としてもうれしい。
そして出されたアイスティーに口をつけながら、(主に二人の)談笑が進んでいく。俺は聞き手に回ることがほとんどだったが、それでも楽しい時間を過ごせた。
「それじゃ、とりあえず俺たちはそろそろ帰るよ」
朝早くから葉島の家を訪れており、気が付けばお昼時だ。葉島なら昼飯ぐらい用意してくれそうだが、さすがにそこまで世話になるのはまずい。
別に貸し借りを作るとかそういう問題ではなく、ただ単に迷惑になるだろうと思っての言葉だった。
「そうだ、水嶋君に個人的なお願いがあるんだけど」
俺が帰ろうとするのを葉島は引き止める。葉島が改まってお願いするというのも珍しい。今まではこんなことなかったのに。
「なんだ? 大抵の事なら協力するぞ」
「ありがと、それでなんだけど・・・」
葉島はもじもじするように、あるいは恥ずかしさを押さえるように俺に言う。
「お料理のやり方、教えてくれないかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます