第36話 あなたのために

 メイ視点




 私はすかさず『結界』を発動する。すでにスナイパーは空へ飛び立とうとしていたが、何とかそれを阻止することに成功した。


 スナイパーも顔をしかめており、改めて私たちに向き直る。私たちを真っ向から潰す戦法に切り替えたようだ。




「今だよ!」


「ええ!」




 それでも思考の切り替えの間にわずかなタイムラグがある。その隙を逃すまいと、私が合図を出すと同時にリブラは敵へ疾走する。今のリブラは空を飛べるほどの変身ができない。だから地上戦に持ち込まなければいけないのだ。だから私が天井を作る。立体ではなく、平行上の戦いにするのだ。だがもちろん




「逆に狙いやすくてありがたいっスよ、『空撃ショット』」




 天井を作ってしまえば、平行線上の私たちにも逃げ場がなくなってしまう。空へ飛び立ち逃げることができない上に、私自身を守る障壁をこれ以上展開できない。だが大丈夫だ。私の『結界』は変幻自在。スナイパーの攻撃する瞬間に反応して形を変えるなど朝飯前だ。




「うぉっ!」




 スナイパーは思わずそんな声を上げてしまう。衝撃波を放つ前にその道を塞ぐ。それもただ防ぐだけではない。正方形の立方体を作り出しその中にスナイパーを閉じ込める。




 スナイパーは驚いた顔をするがすぐに脱出しようと試みる。だが私が全力を注いで作り出した『結界』はそう簡単には壊れない。


 そしてそこへ、リブラが迫る。




「食らいなさい、ファイア!」




 リブラは腕を大砲にかえて砲撃を放つ。そして私はその瞬間に合わせて結界に穴をあける。




「っ・・・『空撃ショット』」




 だが瞬時に反応したスナイパーもリブラに合わせて衝撃波を手から放つ。けたたましい爆発音が周りに響く。


 スナイパーはすでに周りに空気の障壁を張ってはおらず、正真正銘全力で異能力を放ったのだろう。その顔には、少しだけ汗がにじんでいた。




 砲撃と衝撃波のぶつかり合いは、引き分けに終わった。




 スナイパーもさすがに焦ったのだろう。危機一髪といった顔をしていた。そしてリブラは肩で息をしながら私のところまで後退してくる。




「すみません、私はもう・・・」




 ここがリブラの限界だった。顔は蒼白になっており、一目で無理をしたことがわかる。もともと不調の中頑張ってくれたのだ。期待以上の戦果を残してくれたと言えるだろう。




「うん、後は任せて」




 私はそう言ってリブラの前に立ちながらスナイパーと向かい合う。


 スナイパーはすでに『結界』を破って外へ出ていた。きっと何発も衝撃波を放ったのだろう。スナイパーの後ろにはボロボロになった無残な障壁が残っていた。




「さすがに今のは焦ったっスよ。でも、自分の勝ちっス」




 スナイパーは腕を突き出して念じるように力を溜め始める。


 これが水嶋君の言っていたチャージ攻撃なのだとすぐに気づいた。




「とりあえずこれでも食らって適当に倒れてくれるとありがたいっス。正直これ以上は面倒なので、一気にやっちゃうスね」




 スナイパーは私たちに照準を合わせてその衝撃波を放とうとしている。だがその衝撃波は私には向けられていない。その矛先は、私の後ろにいるリブラに向いていた。


 きっとリブラを狙えば、私が庇って逃げるようなことをしないと踏んでいるのだろう。




 その通りだ。私はリブラを見捨てて逃げることは絶対にしない。つまり、私は真正面からあの攻撃を耐えなければいけないのだ。


 異能力を使う分にはまだまだ余裕だ。だがあれを耐えられるかというと不安が残る。下手をしたら私たちは二人そろって再起不能だ。


 思わず脂汗が滲んでしまうが、そんな私の後ろに手が添えられる。




「信じてますよ、メイ」




 リブラが優しく手を当ててくれ微笑んだ。それだけで私は負けないと、そう錯覚してしまうのは不思議だったが、はなから負けるつもりはない。




 私は鋭い目でスナイパーをにらみつける。




「来るなら来なさい。私が、全部を受け止めて見せる!」




 私がそう言うと、スナイパーはニタリと笑った。


 バカにしているのだろうか。それとも、それくらいやってもらわないと話にならないと遠回しに伝えているのだろうか。




 どちらでもいい。私は、私を貫き通す。




空撃ショット!』


結界バリア!』




 私の目の前が、嵐のような暴風に飲み込まれる。『結界』からは今まで感じたことがない負荷がかかっているのが伝わってきた。抑えるように突き出した私の右腕もプルプルと震えてすごく痛い。それでもなお、『結界』には罅一つ入らない。


 だがスナイパーの『空撃』も終わる気配がない。きっとこれがスナイパーの真髄。これを受け止めきって反撃できれば勝機が見えるかもしれない。


 私はそう希望を抱き、左腕も『結界』を押さえるように突き出す。




「負けない、絶対に、負けるもんかっ・・・」




 彼なら、水嶋君ならこんな窮地に力が覚醒したりするのだろう。だが私に運命の女神は微笑まない。だから自分で限界をこじ開けるしかないんだ。




「メイ!」




 リブラが叫んでいるのが後ろから聞こえる。


 ああ、『結界』に罅が入り始めたのだ。


 パキパキと、ガラスのような音を立てながら崩れていく。




 いくら虚勢を張ったところで限界は来る。私はこの限界とどう向き合えばいい。




「このまま、サヨナラっス」


(そんな・・・二撃目!?)




 スナイパーは追撃を加えようと新たに異能力を発動しようとしている。あれを食らえば、この障壁は間違いなく破られる。


 何とかしなくてはいけないのに、私には力が、想像力が足りない。異能力を応用しようとするにも、アイデアが何一つ思い浮かばない。




 どうすればいいの?




 そんな思いが降っては湧き降っては湧き、泡のように消えていく。この状況を打開できる何かが、私にはわからない。




 水嶋君たちはいろいろな戦い方を思い描いて戦っていたが、それがどれだけ難しいことだったのかをたった今痛感した。


 あの時水嶋君とは引き分けに終わったが、全力を出せば間違いなく彼が勝つ。私ごときの異能力なんて、あっさりと破ってしまうのだろう。




 防御は最大の攻撃、そう言ったのは誰だったか。


 そんなことを言っても、結局攻撃できないんじゃ意味が・・・




「!」




 私は思い浮かんだイメージをすぐに実行に移そうと試みる。


 正直、成功確率は半分以下だ。私の『結界』が持つかどうかわからないし、ぶっつけ本番もいいところだ。


それでも、このまま戦い続けてもいずれやられてしまう。結局はどこかで賭けに出なければいけないのだ。


 失敗すれば命がなくなるかもしれない、命を懸けた博打。だが失敗する予感はしなかった。


 だって、私より努力している彼が、あんなにも強い姿を見せてくれたのだ。ならば私も、それについていけるような自分にならなければ格好悪いにも程があるだろう。




 だから私は覚悟を決めた。




空撃ショット




 追加の攻撃が飛んでくると同時に、私は異能力を再発動する。




 どうかお願い、私の中に眠っているアビリティストーン。私に、もっと力を貸してください。守るための力が、欲しいんです。




結界バリア・・・クラッシュ!』




 私は『結界』を真正面に進めていく。いわば壁の突進だ。食らえばひとたまりもないことは明白。だがその攻撃がスナイパーへ届くかどうかは別問題。だがやり切って見せよう。後ろで見てくれている親友のためにも。




「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!」




 メリメリと、地面を巻き込みながら私の『結界』は突き進んでいく。そしてそれと同時にスナイパーの攻撃が私の障壁に食い込む。




「うっ、ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」




 いつの間にかスナイパーも雄たけびを上げていた。予想以上に抵抗されてうまく攻撃が通らなかったからだろう。衝撃波は何発も撃ち込まれていく。だが私はもう大丈夫だ。だってこの攻撃は、彼の拳よりも弱いから。




 そして私の『結界』は、スナイパーの『空撃』を押し返す。




「な、マジっスか!?」




 だがそれだけでは終わらない。私はスナイパーに向かってそのまま『結界』を突進させる。地面を抉りながら、大きな質量がスナイパーに押し寄せた。そして私の『結界』はスナイパーの体を殴るように衝突する・・・とはいかなかった。




 だって私の『結界』が、それよりも先に限界を迎えてしまったのだから。




「はぁ、はぁ」




 異能力を使って疲れるというのは私にとって初めての経験だ。それほどの力を今の一瞬の攻防で使ったのだろう。だがそれはスナイパーも同じだったようで、腕が震えているのが見えた。




「今回は、引き分け・・・っスね」




 スナイパーはそういうと異能力跳び立ちどこかへ消えていった。だが私たちに、それを追うための力は残っていなかった。






   ※






 遊香視点




「ハハッ、なんだよそいつ、勝手に自滅してんじゃねーか」




 ウィッチの攻撃を何とか止めることに成功していた時、後ろでは失敗の気配が漂っていた。


 だってそうだろう、彼が、レン君が膝から崩れ落ちるように倒れ込んだのだから。


 だが私は振り向くことはせず、ただひたすらに信じる。だってそれが、彼と交わした約束なのだから。




「そろそろ飽きてきたし、もう終わりだ」




 ウィッチは左手を突き出しニタニタと狂気的な笑みを浮かべながらとどめを刺しに来る。途方もない熱量がそこに込められているのがわかった。




「もう、これ以上は・・・」




 これ以上異能力の使用は無理だ。私の体はとっくに限界を迎えている。なら残された手段は一つしかない。




(あの子を、ウィッチの時間を停滞させる・・・)




 できるの?




 私の中にそんな疑問と恐怖が同時に存在する。


 あの時みたいに生物へ異能力を使ったら、一体今度はどうなるのだろう。


 あの時の代償は体の成長の停止。そしてそれは今もなお継続している。ならば次に支払う代償は何なのだろう。


 体が今以上に縮んでしまうのだろうか、それとも二度と異能力を使えなくなるのだろうか。




 それとも・・・自分の命そのものが『停滞』してしまうのだろうか




 前回と同様に、きっとそれくらいの覚悟と代償が必要になると思う。




(だけどもう・・・これしか)




 きっと『停滞』といっても一時的なものだろう。状況を打開できるほどの力があるとは思えない。だがこのままでは私たちは共倒れ。それどころかみんな仲良く全滅だ。


 せめて彼だけでも、生かしてみんなのところへ返さなければいけない。




(何とかレン君を起こして、逃げてもらわないと)




 それしかない。だってもう、私には勝ちの目を見ることができなくなってしまった。ならば、少しでも可能性のある選択をとるべきだろう。




 たとえ、私が命を失ってしまったとしても




「すーぅ・・・はぁー」




 私は大きく深呼吸をする。今必要なのは覚悟だ。さあ、頑張ってあの子を止めよう。




『停・・・』


『だいすき、おねーちゃん』




 記憶の中の思い出か、それとも走馬灯のように幻想を見ているのか、ただすぐ近くで、最愛の妹の声が聞こえた気がした。




(だ、ダメッ)




 そうだ。もし自分が死んでしまったら誰が愛理のそばにいる? あの子を、また一人にしてしまう。それだけは絶対にダメだ!


 私は、ここで死ぬわけにはいかない。ここを生き延びて、またあの子と一緒に笑うんだ。




元素解放エレメント




 その声が聞こえた時、私の目の前に大きな火の玉が迫っているのが見えた。しかも風に乗って加速しているのか、先ほどまでとは段違いの威力だ。すさまじい速度の攻撃だったが、私にはそれがゆっくりに見えた。




停滞セーブ




 私は振り絞るようにそう言って最後の力を振り絞る。


だがそれは不完全なものだった。一瞬だけは止まったように見えたもののすぐに勢いを取り戻す。




(私は・・・ここまでだ)




 ごめんなさい皆、私は役に立てなかった。


そして、ごめん愛理。またあなたを一人に・・・




『インストール』




 私のすぐ隣で、誰かがそう呟くのが聞こえた。そして前に踏み出していくその背をとらえる。




 ああ、信じてよかった




「遅すぎるよ・・・レン君」




 私は呆れるようにそう言った。いったいどれだけの間庇ってあげていたのやら。だが、彼の姿を見るとなぜだか安心してしまう。もう大丈夫だとそう思ってしまうのはなぜだろう。




「お待たせしました、先輩」




その姿は私が夢に思い描いていた、まるで理想の・・・

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