第37話 私の王子様
暗い。ただひたすらに真っ暗。
俺の目の前には何もない。ただ無限に広がる闇があるだけだ。
何もない。俺以外には何もない。
手を伸ばしてみようにも、体が思うように動かない。いや、そもそも体はあるのだろうか。
「あれ、どうして俺はこんなところに?」
そもそも今まで何をしていたんだっけ?
頭がうまく働かない。俺は何のためにこんな所へ来たんだろう。ここに至るまでの記憶が欠けている。
俺は燃えている学校に取り残された人を助けようと誰かと一緒に・・・
だめだ。うまく思い出せない。あれは誰だっけ? 確か大事な約束をした気がしたのによく覚えていない。思い出そうにも靄がかかって俺の思考を妨げる。
「・・・・て」
だが、これだけは唯一わかることがある。俺は結局何も果たせなかったのだろう。この意味のない空間にいるのがその証拠だ。
虚無
そう形容するのがふさわしいだろう暗闇を俺は漂う。まるで底なし沼のように俺の意識は少しずつ沈んでいく。意識を保つことすら億劫になってきた。
「・・・けて」
そういえば俺はボロボロになっていた気がする。だから体が動かないのかな。
ああそうだ、俺はウィッチと戦っていたんだ。あいつがいきなり炎を使いだして一気に形勢が変わってしまった。
悔しい。まさか手を抜かれていたとは思わなかった。スナイパーの時もそうだ。
俺は誰かに助けられてばかりだ。
・・・・・あれ? 誰に助けられたんだっけ?
一番初めはリブラ。そしていろいろな戦いを通して、俺はみんなに支えられてきた。
そして俺は、現在進行形でまた誰かに助けられている気がする。
「た・・・けて」
そういえばさっきから誰かの声が聞こえる。だがその声にはノイズのようなものが混ざっておりうまく聞き取れない。だが声の主が必死に叫んでいるということは伝わってくる。
この声は、この女の子は誰だ?
なぜだか俺は無視することができなかった。その子の必死な叫びが、俺の沈みゆく意識をかろうじて繋ぎ止めた。
俺は周りを探ってみようと唯一動く眼球を必死に動かす。だが何も見つからず、気配すらない。
俺の幻聴、やはりここには何もない。
そう思っていたら、急に目の前が歪んだ。
徐々に輪郭が形成され、ぼんやりと誰かの影が映っていく。
「おねがい、します」
その声は耳を澄まさずともはっきり聞こえた。俺の目の前に現れたのは、どこかで見た覚えのある薄い銀髪の少女だ。その姿は弱り切っており、今にも消えてしまいそうな印象を受けた。ただ、少女から伝わってくる想いは生者である俺なんかよりも生き生きしているように思えた。
「僕の、代わりに、約束を・・・」
その少女は祈るように、かわいい瞳に涙を浮かべ、やせ細った腕を合わせて俺に縋るように頭を下げた。
「おねーちゃんを、助けて」
その言葉を聞いたとき、暗闇の中にたくさんの色が、感情が、眩い光が溢れ出す。
※
「お待たせしました、先輩」
意識を取り戻した俺は不思議な感覚に包まれていた。
『同調』で強化した時とは違う、温かい力が俺のことを包む。そしてその力が俺の背中を押してくれる。
この温かさが何なのかはよくわからない。なぜなら俺自身が体感したことのない未知の感情だからだ。
俺を立ち上がらせてくれたのは俺自身の覚悟でも、覚醒した異能力の力でもない、あの姉妹の絆と約束だ。
それほどの想いが、あの暗闇の中で溢れ出し俺に力を与えてくれた。
「なんだよ、主役は遅れますってか・・・じゃあ最初からくんなよ、雑魚!」
苛ついていたウィッチは俺の体めがけて炎の槍を投げつける。
「レン君!」
俺の背後から優しい姉妹の姉の声が聞こえる。だがもう大丈夫だ。俺はもう簡単には倒れたりしない。
俺は目を瞑りながら静かに左腕を突き出した。そしてそれとほぼ同時にウィッチの炎が飛んでくる。
だが俺の体が燃えることはない。俺の左手が、ウィッチの炎をかき消したからだ。
「なに!?」
ウィッチが驚いているのが見える。傍から見えれば俺が攻撃をかき消したように見えたのだろう。
だが違う。俺は守ってもらったのだ。
妹の、姉を想う温かい気持ち
それが俺の体を守護し、動かない体を無理やり動かす原動力となっていた。
「お前、今何をした」
ウィッチは鬼気迫るような表情で俺のことをにらんでくる。だがもう俺は恐れない。他人のものとはいえ、勇気を借り受け誰かを想う気持ちを知った俺はもう怯まない。
「いくぞ・・・ウィッチ!」
俺は自分から飛び出した。黒煙が俺の体を撫でてくるが、そんなことはかまわない。
ウィッチは苦虫を噛み潰したような顔をして俺を迎え撃つ。
遠距離攻撃は今の俺には無意味だと考えたのだろう。炎と氷の二刀流で俺のことを切り捨てようとしている。
『インストール』
『
俺たちは同時に異能力を最大限に発動させる。そして次の瞬間、俺の拳と、ウィッチの剣がぶつかった。
パァーーーン
空気がはじけるような音がした。俺の拳が、ウィッチの異能力を上回ったのだ。
「ぐぅっ・・・」
ウィッチはのけぞるように後ろへ飛んだ。氷の剣は完全に割れて、残った炎の剣も余裕がなかったのか形が歪んでいた。
拳と剣が交わる瞬間、俺は衝撃波を飛ばした。
スナイパーは異能力自体がそういう能力だったが、俺は純粋に拳の威力で衝撃波を作り出した。だから俺の手は無傷だ。つまり、あの強靭で鋭利な武器に何発でも素手で打ち込める。
「てめぇ、あんま調子乗んなよ!」
逆上したのか、ウィッチは両手の剣を投げつけてきた。しかし慌てることなく蹴りを繰り出して弾く。俺はもう完全にウィッチの投擲攻撃を見切っていた。
『
ウィッチが怒るように、自らのすべてを解放するかのようにそう言った。否、間違いなく全力だったのだろう。
ウィッチの周りには次々と浮遊物が浮かんでいく。
氷の剣
炎の槍
風の刃
土の斧
その他にもいろいろと種類があるが俺はもうそれ以上数えない。ウィッチは自身が持ちうる異能力のすべてを解放したのだろう。今まで以上の威力と質量を誇る武器の数々が、俺一人をめがけて飛んでくる。
「今度こそ終わりだ・・・死ね、水嶋蓮!!」
俺は慌てない。慌ててしまえば、すべてが無駄に終わってしまう。だから俺は静かに拳に力をためる。
重要なのはタイミングだ。この武器全てを消し去るために、全力の一撃を放たなければいけない。
だがウィッチもそれをわかっているのか、すべての武器の投擲タイミングや位置をいやらしいようにずらしている。だから一撃ですべてを消し去るのは不可能だ。
焦ってはいけないとわかっているが、思わず顔をこわばらせてしまう。
そして俺は限られたスローモーションの中で確信する。このままではすべての武器を落とすことは不可能だ。間違いなく何発かは俺に被弾してしまう。
だがやるしかない。たとえ不完全でも致命傷程度なら避けられるはずだ。
そして俺は拳を放とうと腰を落として・・・
『
俺が負傷を覚悟した時、救いの女神の声が後ろから聞こえた。
遊香先輩は歯を食いしばって起き上がり、目から血を流して攻撃を食い止めてくれていた。
「いま、だ・・・よ」
ありがとう、遊香先輩
これでタイミングは完璧だ。俺は気兼ねなく全力を出せる。
俺は姉妹に尊敬の念を込め、祈りが天に届くようにと全力で拳をふるう。
『バースト・・・オーバーフロー!!!!』
その瞬間、廊下を光が飲み込んだ。
※
遊香視点
小さな私は思わず吹き飛ばされてしまうほどの衝撃波が目の前を走る。
だが何とか私はその場にしがみつき、彼の姿を懸命に探す。
先ほどの衝撃波でここ一帯の炎は消し飛んだ。そして同時に黒煙が晴れていく。
・・・いた
彼は足を震わせながら立ちすくんでいた。きっともう動けないのだろう。
「やって、くれやがったな」
衝撃波が飛んで行った方。ボロボロになった廊下にウィッチは経っていた。白いパーカーは煤だらけで、スカートも端っこの部分が破れており、綺麗な太ももがあらわになっていた。
あの攻撃を食らってなお生きながらえていることに驚くも、もしかしたらレン君も心のどこかで手加減していたのかもしれない。
「来るなら・・・来い」
レン君はそう言ってウィッチに啖呵を切る。誰の目から見てももう戦えないが故の虚勢なのは明らかだ。
彼は風が吹けば今にも倒れてしまいそうだ。だがそれは目の前にいるウィッチも同じようで満身創痍なのは両者同じだ。
「・・・フン」
ウィッチはそう呟くと踵を返して歩いていく。
「決着はお預けだ。オレは目的を果たしたし、楽しみはとっておく派だ。せいぜい夜道に気をつけな」
そしてウィッチは異能力を使ったのか、空いている窓からどこかへと消えていった。私が窓からのぞいても、その影はもうなかった。
私はハッとして、レン君の方へと歩いていく。だが私自身もフラフラで、うまく歩くことができない。
「きゃっ」
私は思わずつまずいて転んでしまう。後ろ向きに倒れてしまったためお尻がものすごく痛い。というより恥ずかしかった。
だが
「行きましょう、遊香先輩」
そういってさし伸ばされる手が一つ。
レン君は私のもとに駆け寄り優しい笑顔で手を差し伸べてくれていた。
「・・・うん」
私はその手を取って立ち上がり、彼に導かれながら燃える校舎の中を歩いていく。そしてウィッチが歩いてきていた方へ行ってみた。
「やりました先輩、ここからなら降りれます!」
レン君は嬉しそうにそう言った。その場所はこの学校の理科室で様々な実験をするための設備が整っている。そしてその性質上、学校の中でもより頑丈に作られていた。だからこそ、この火災の中でもほとんど無事に残っており火の侵入を許していなかったのだ。
私はレン君と一緒にベランダまで歩いていく。幸い下には誰もおらず、消防車のサイレンも聞こえ始めていた。
「先輩、しっかりと掴まっていてくださいね?」
「あ、はいっ」
お姫様抱っこで抱えられながら、私はなぜか敬語でおどおどしながら返してしまう。まるで後輩相手に緊張しているようだった。否、実際に心臓の鼓動は跳ね上がるように上昇していた。
「じゃあ、行きますよ!」
そういうとレン君は一気に下まで飛び降りる。普通の人間なら無事では済まないが、レン君の身体強化はまだ持続しているようで、私を抱えながらも難なく着地する。
彼の激しい息遣いが聞こえたことから、自分も倒れそうなところを無理して降りてくれたのだろう。
「よかった、俺たち生きて帰れましたよ先ぱ・・・先輩?」
私は思わず彼の顔を見入ってしまう。何だろう、この胸の高まりは。彼の顔を見ているだけで、私の顔がどんどん赤くなっていくのがわかった。そんな私の様子をレン君は不思議そうに見ている。
私はこの感情が何なのか、薄っすらと理解していた。だがそれをどう受け止めていいのかわからなかったのだ。
だが一つだけ、私の夢が叶った。長年私たちが求め続けていたヒーロー。助けてほしいと、求め続けてやまなかった理想の体現。
・・・ありがとう、私の王子様
私は目を瞑り、心の中で呟いた。
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