第32話 炎の中で

 その光景を多くの生徒が目撃し、あちこちから悲鳴が上がる。


 うちの学園は屋上を含め四階建てとなっており、すでに三階部分の四分の一ほどが火の手に包まれていた。そして三階には、生徒たちの教室や様々な部活動が活動するための部室が多く割り当てられている。




「・・・うそ」




 そう呟いたのは俺の隣にいた璃子だ。よく見てみると三階にある軽音楽部の部室からも火が上がっていた。もしあそこに誰かいたら、決して無傷では済まないだろう。




「あたし、行かないと!」


「待て!」




 俺はギリギリのところで璃子の腕をつかむ。このまま璃子を行かせてしまっては危なすぎる。




「俺に任せろ」




 璃子にそう言った瞬間、俺は異能力を使って最大限の気配探知を行う。三階はもちろん、逃げ遅れた人がいないか全霊をかけて探し出す。




 そして




「・・・三階に、まだ人が残ってる!」




 誰かが三階で歩いているのを感じた。逃げ遅れたのか、それとも逃げ道を失ったのかその人は動こうとしてはいなかった。むしろその炎を眺めていることしかできないのか、何もできていないようだった。




「どうするの、水嶋君」




 葉島が俺にそう問いかけてくる。葉島だけではない、璃子や遊香先輩、リブラでさえもじっと黙って俺の方を見ていた。




「・・・助けたい」




 俺は無意識にそう呟いていた。


 この力は誰かと戦うためのものではない。誰かを助けるための力だ。そのために、少しばかり無理をさせてもらいたかった。




「・・・しょうがないなー」




 そういって俺の味方をしてくれたのは、誰よりも年上で、身長もリブラとそう変わらない遊香先輩だ。先輩は俺の隣に立って、見たことがない真剣な表情で燃え盛る校舎を見ていた。




「僕も一緒に行ってあげる。僕の異能力なら、多少の役には立つだろうし」




 だからそのほかのことは任せたよ? 先輩は俺にそう言って無理やりはにかんだ。




「でも、先輩・・・」


「誰かが残ってるんでしょ? それなら僕だって助けたいし・・・きっとそれは私のためになることだから」




 先輩は俺に背を向けていまだに混沌の境地にある校舎へと足を運ぶ。その姿に、一歳の迷いは見えなかった。




「リブラ、こっちは任せたぞ」




 俺はリブラに最低限のことを伝え、はるか先を歩く先輩を追いかける。




「レン、どうか無事で」




 その言葉を聞けただけで十分だ。俺は周りでたむろしている生徒たちを追い抜き、先輩とともに校舎へと向かった。






   ※






 俺たちは急いで学校の裏手へと回る。真正面からでは生徒が多すぎてさすがに目撃されてしまうため、誰もいない校舎裏へと回ったのだ。


 だが校舎裏の一階に入口はない。窓ガラスならいくつかあるが、空いているか確認している暇もないし、さすがに割るわけにもいかない。




「先輩、しっかり掴まっててください」


「ふぇっ、ちょ、レン君!?」




 話している時間もなかったので、俺は先輩の小さな体を抱き上げる。案の定、先輩は見た目通り羽のように軽く、異能力を使わなくても余裕だった。




同調コネクト




 俺は身体能力を引き上げ、誰も見ていないことを確認すると大きく跳躍する。先輩は俺に縋りつくように目を瞑ってしがみついていた。




 そして俺は三階にあるベランダに飛び乗った。ここはまだ火の手が迫っておらず、最悪の場合の出口として使えそうだ。




「先輩、大丈夫ですか?」


「もうっ、君はいきなりすぎるんだよ!」




 俺の腕の中で先輩はプンプンと怒っていた。ほんのり顔は赤かったのでさすがに無神経なことをしてしまったかと反省する。




「すみません、でも急いでいるんでお説教なら後でいくらでも!」


「まったく、後で覚えてろよ~」




 先輩を下した俺は直ぐに室内へと入る。


 このベランダは図書室とつながっており、幸いにも鍵がかかっていなかったためすぐに入ることができた。すでに職員も残っておらず、急いで避難したのか机の上には本が散乱していた。




 改めて気配を探ると、俺たち以外に人が残っているのはこのフロアだけだ。そしてその人物は、火災現場の近くにいる。しかも、そこから動こうとしていないのだ。




「先輩こっちです!」




 俺が廊下に出て叫ぶように言うと、先輩は真剣な目で頷いて俺の後を追ってくる。




 俺たちが現場へ向かうと少しずつ焦げ臭いにおいが強くなっていく。そしてじわじわと熱を感じ始めた。




 きっとその角を曲がれば、オレンジ色の光が俺たちの前に姿を見せるのだろう。




「先輩、そこを曲がってすぐです」


「わかった。僕が先に歩く」




 遊香先輩は俺の前を歩いていつでも異能力を発動できるように準備している。


 そして俺も彼女の隣を一緒に歩く。




 俺たちが勇気を振り絞って角を曲がると、メラメラと燃えさかる炎が姿を現した。


 体がこわばって、今すぐにでも逃げ出したくなるがこの先に逃げ遅れている人がいるのだ。その人を助けなければ俺たちがここに来た意味もないし、ましてや異能力を持っている意味すらなくなってしまう。




「この炎の先にいるんだね?」




 遊香先輩の問いかけに俺は頷く。


 きっとこの先の道はほとんどが炎に覆われてしまっているだろう。だが、それでもこの先にいる人物は生きている。まだ手遅れに放っていない。




「それじゃ、準備はいいね?」




 遊香先輩が異能力を発動した後、俺がこの先にいる誰かを救助する作戦だ。分業といっていいかもしれないが、炎相手に俺の『同調』が持つかどうかはわからない。


 だからこそ、迅速に救出する必要があるのだ。




停滞セーブ!』




 遊香先輩が叫ぶように異能力を発動する。そして燃えさかる炎は立ち上る姿をそのままに、完全に止まってしまった。




「さあ、今だよ!」




 先輩は俺にそう呼びかける。訓練をしたおかげかまだまだ余裕そうだった。




「よし、じゃあ俺も・・・」




 そう言って俺は目の前の炎を見上げる。いくら『停滞』の力で止めたからといっても姿はそのままだ。先輩の力は概念すら停止させるらしいのでおそらく熱さは感じないはずだ。


 だが、わかっていたもそこに飛び込むのは勇気がいる。




(でも、ここでやらなきゃ男じゃない!)




 俺は意を決して炎の中に飛び込んだ。




 中の炎は完全に止まっており、俺は一気に走り抜ける。場所によっては『停滞』の範囲外だったのか、いまだに燃え続けている炎も健在だったが、その人物のもとにたどり着くまでには十分だった。




 そして俺は、その場所へとたどり着く。




「大丈夫ですか!? 今助けに・・・」




 俺はそう言ったところで口ごもってしまう。


 否、目の前にいた人物を見て固まってしまった。




 そこには少女がいた。




 白いパーカーを被っており、この学校の制服を着ている。そしてまるで焚火を眺めるように目の前の惨状を見ていた。




 その少女は、助けを求めてはいなかった。それどころか、この異様な光景を見て口元に笑みを溢していたのだ。




「あん?・・・ハハハッ、そういやテメーもここの生徒だったなぁ」




 少女は俺のことを見て一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに不気味な笑みを浮かべこちらを向く。そして俺のことを視界にとらえるとニタニタ笑いながらこちらへ歩いてくる。




 そしてその笑みを浮かべられた瞬間、俺の体に圧倒的なプレッシャーが襲い掛かった。


 否、これは恐怖だ。俺はとんでもないところに飛び込んでしまった。




「いつかの約束を果たそうか・・・お前を、殺すぜ?」




 ニタニタと笑いながらその少女・・・ウィッチがこちらに向かって歩いてきた。


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