第30話 あなたの正体

 昼休みも過ぎて今は六時間目。あと数十分もすれば放課後となり、部活がある生徒は慌てて移動を開始する。


 この学校のいいところは、生徒に掃除が割り当てられていないということだ。お金があるのか、この学校は清掃員を雇っているのだ。


 だからこそ俺たちは勉強や部活など、自分の時間を有意義に使うことができる。




 昼休みが過ぎた今でも、リブラは葉島とともにいる。葉島のことをよく見ないとわからないが、少しだけにやついている。リブラとこっそりお話ししているのだろう。


 現在この教室で行われているのは現代文の授業。他の授業と違って身が入らないのは、もしかしたら俺だけではないかもしれない。




 別に興味もない物語について考察しなければならないし、漢文や古文について知っても、この現代でそのような言語を使う人などほぼいないだろう。


 俺の周囲も徐々に舟をこぎ始めているのか、目を細めながら授業を聞いているの目の端でとらえる。


 おまけにこの授業の先生は優しいことで有名で、特に授業中に注意することはない。ただそれが評価として返ってくるだけだ。


 つまりはよく生徒のことを見ているといえるだろう。だからこそ俺は内申点稼ぎのためにも寝るわけにはいかないので授業を聞くふりだけはしておく。




(早く終わんないかな・・・)




 一刻も早く森に行って戦闘訓練をしたい。今までの訓練と違い、戦うための力が身についているのが鮮明にわかる。


 今までは異能力の底上げを意識していた分、ここ数日の訓練は新鮮だった。葉島やリブラの隣に立つのではなく正面に立つことで、改めて二人のポテンシャルを知ることができた。




 それはそうと、俺たちの中で一番成長したといえる人物は遊香先輩だろう。




 先輩は数回異能力を使っただけで息が上がっていた。しかし回数を重ねるほど息切れも起きにくくなり、どういうわけか二日目の時点でまともに戦えるくらいになっていた。


 俺とペアを組んだ時でも、かなりいい感じに戦うことができていた。あれなら、よほどの敵が現れない限り十分拮抗することができるだろう。




 俺たちの中で異能力を一番使いこなしているのは葉島だが、異能力の適性があるのは遊香先輩だとリブラは言っていた。


 曰く、明らかに異常な成長速度だそうだ。


 幼少の頃に異能力を使っていたとはいえここ数年以上はブランクがあったそうだ。しかしそれをものともしない才能と執念を先輩は見せた。もう少し時期が経てば、葉島よりも異能力を使いこなしているかもしれないとのことだ。




 俺は先輩の顔を思い浮かべながら、昨日のことについて思い出す。






   ※






『ユウカ、あなたに聞きたいことがあります』




 訓練を終えて俺たちが山を下りようとしたとき、リブラがそう切り出したのだ。


 葉島と璃子は山を下り始めており、愚痴を言いあいながら仲良く山を下りていた。この二日間で、あの二人の間にも純粋な友好関係が芽生えていたらしく、素直にうれしかった。




『えっと、もしかしてさっき転んじゃったことかな?』


『それに関してはあなたの不注意なので私がとやかく言うことではないのですが、まあそれに関しては今後気を付けてください』




 それより、そうリブラが話を続ける。




『あなたのその髪の色ですが、それは染めているのですか?』




 髪の話題を出されて、俺は思わず先輩の髪の毛を見てしまう。


 俺と葉島は何もしていないのでれっきとした黒髪。そしてリブラは異世界人特有のカラフルな髪の色で青色。璃子は高校入学の時にイメチェンをして輝くような金髪だ。




 そして先輩は、薄い銀髪のような髪をしていた。




『えっと、これは地毛だよ。私の両親は普通に黒髪だったけど、僕と妹、そしておばあちゃんはこんな髪だったかな』




 そう聞いたリブラは何かを考えだすように顎に手を当てる。そして何やらぶつぶつ呟くと、改めて遊香先輩のほうへと視線を戻す。




『いえ、もしや、でもまさかそんなこと・・・』




 リブラが遊香先輩について何かを気にしているということは知っていた。思えばリブラは、遊香先輩のことを見た時からずっと遊香先輩のことが気になっていたようなしぐさを見せていた。


 だが、相棒である俺もリブラが今何を考えているかまではわからない。




『リブラ、結局何なんだ?』




 わからないから俺は聞くしかない。仲間が悩んでいるなら手を差し伸べると、俺はそう決めたのだから。




『・・・ずっと、思っていたことがあったんです』




 リブラは一瞬俺の方を見ると、遊香先輩の瞳を見据えてしゃべりだす。




『その髪の色、どこかで見たような既視感を覚えたんです。それに、あなたの異常なまでの異能力適正。少なくともそれほどの力、使いこなそうと思えばかなりの時間がかかるはず。だからこそあなたの存在そのものがずっと気がかりでした』




 だがそれもあることを仮定すれば、納得がいく話なのだという。リブラは遊香先輩に、尋ねるように、あるいは不安げに聞く。




『もしや、もしやあなたは・・・私たちの世界の住人なのではないですか?』


『・・・ふぁい?』




 先輩が変な声を出しながらそう答えていた。だが無理もない。それは俺も予想外の言葉でリブラでさえもまだ信じられてはいなかったようだ。




『あなたは生まれながらにして異能力が使えたらしいですね?』




 俺は遊香先輩から話してもらえた過去をリブラにある程度伝えていた。もちろん遊香先輩に許可をもらって、遊香先輩も聞かれたくないであろう箇所を抜いて大雑把に説明した。




 リブラは先輩が【生まれながらに異能力を使えていた】ことに一番驚いていた。




 異能力使いになるためにはアビリティストーンを手に入れなくてはならない。俺はもちろん、異世界人であるリブラも例に漏れない。だが、先輩はそんなものを手にした記憶などないといっていた。




『なら考えられるのは、あなたが私たちの世界の人間。つまり、異世界人の子孫だという説です』


『異世界人の、子孫?・・・』




 先輩はそう聞いて困惑していた。どうやら思い当たる節がないらしい。




『異能力の中には、継承式で受け継がれていくものもあります。もしかしたらあなたたち姉妹は、亡くなってしまった家族の誰かから異能力をそのまま受け継いだのかもしれません』


『それってつまり・・・』




 リブラは一つの結論を出す。




『あなたの祖母は、おそらく異世界人なのでしょう』






   ※






 俺はリブラのあの言葉を聞いてからぼーっとしていた。




 リブラもまだ確信できてはいないらしいが、その可能性はかなり高いそうだ。




『こちらの世界に来ることができると判明した以上、過去にそれを行った人物もいるかもしれません』




 詳しいことはあちらの世界に一度帰ることがあったら調べてみると言い残してそのあとは山を下りた。




 俺はあの場の少ないやり取りで頭がかなり困惑していたし、遊香先輩もずっと黙り込んでいた。だが、確かなことが一つだけある。




 それは、俺やみんなは先輩がどのような境遇であろうと、仲間だと思っているということだ。それだけは絶対に揺らがない。




 だから先輩にもっと話しかけてみよう。


 もっと異能力について聞いてみよう。


 もっと・・・家族について聞いてみよう。




 きっとそれが、この物語の勝敗を決める鍵になるはずだから。


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