第29話 不穏な朝

 俺が目を覚ました時にはすでに二人とも起きて、クスクスと静かにお喋りをしていた。


 女子トークともいえば言いのだろうか、リブラと遊香先輩は朝っぱらから盛り上がっているようだった。 




「あっ、レン君おはよ!」


「おはようございますレン」




 俺が起きたのに気付いたのか、二人とも俺のほうを向いてそう言ってくる。




「おはようございますっと」




 俺はそう言いながら顔を洗うために洗面台へ向かう。


 顔を洗い終えた俺は改めて昨日のことについて思い出す。




(本当に泊ったんだな、遊香先輩)




 昨日遅くまでお喋りしていたとはいえ、あまり実感がわかない。




 同じ部屋で、異性の先輩と夜を共に過ごしたのだ。




 リブラのせいで忘れかけていたが、やはり緊張感と妙な背徳感が俺の背筋を駆け巡る。


 それを忘れる意味を兼ねて、俺は朝食を用意しようと台所に向かおうとするが




「あ、ちょっと待ってレン君」




 遊香先輩が俺のことを止めてくる。




「昨日はごちそうになったんだし、朝食は僕に作らせて、ね?」




 先輩は俺の背中を押してリビングへと追いやってくる。すると冷蔵庫の中を勝手に漁り、卵や牛乳などを次々と出していく。


 すると案外手際よく朝食の準備を始めたのだった。




「レン、ちょっといいですか」




 先輩の手際の良さに思わず見入っていた時、リブラが俺の声をかけてくる。手招きをしてこちらへ来いとアピールしていた。




「どうした、ご飯なら先輩が今作っているぞ」


「・・・私を食いしん坊か何かだと思っているのですか」




 そうです、と言いかけたが俺はその言葉を何とか飲み込む。話が脱線してしまったが何やら俺に話があるらしい。




「その、ユウカの事なのですが・・・いろいろと大変になりますね、レンも」


「えっと、どゆこと?」




 リブラにしてはいまいち容量を得ないことを言われたので俺は思わず首をかしげる。


 するとリブラは苦笑いをしながら




「あなたが思っているより、ユウカはあなたのことを気に入っているのですよ」




 気に入っている?




 そりゃ嫌われるよりはいいが、一体リブラがどうしてそんなことを?


 結局リブラに詳しく聞いてもはぐらかされるだけで詳しいことを教えてはくれなかった。




「できたよー」




 俺がリブラの肩を揺するのと先輩が朝食を作りおえるのはほぼ同時で、先輩が俺たちのことを見て呆れているのが見えた。


 とりあえず今日も一日頑張ろう。俺は無理やり意識を切り替えた。


 そして先輩が作ってくれたトーストやスープにありつこうと席に座るのだった。






   ※






「それじゃ、僕は先に行ってるねー」




 俺が学校へ行くために準備をしていると、先に準備を終えた遊香先輩は一人で学校へと向かう。


 俺の家から学校まではそこまで距離はないが、先輩は自転車などを持っていないのである程度早く出たいとのことだった。


 幸いにも教科書などはすべて学校においているらしく、ほぼ手ぶらでも大丈夫とのことだった。




「俺も行くけど、リブラはどうする?」


「もちろんついていきますよ。少し待っていてください」




 そういうとリブラは異能力を使ってもはや見慣れたネックレスへと姿を変える。




 ガイアの襲撃以降、俺とリブラはほとんど一緒に過ごしている。学校はもちろんのことプライベートでも一緒の時間がほとんどだ。




 俺は家の鍵をかけて愛用している自転車へと跨る。そして一気にペダルを踏みこんだ。


 風を切るように住宅街を突っ切ると、先に家を出た遊香先輩の背中が見えた。どうやらすでにクラスの友達を捕まえたらしく、一緒に喋りながら登校しているようだった。




 俺は先輩の横を通り過ぎながら、近くのコンビニへとよる。遊香先輩に朝食を作らせてしまったため、自分のお昼ご飯のことをすっかり忘れていたのだ。


 俺は適当にサンドウィッチを購入しながら再び学校を目指す。ちなみに今回はリブラの分も買っている。昼休み人気のないところで一緒に食べる予定だ。




『なんだか、妙な感じですね』




 学校の門を通り過ぎたころ、リブラがネックレスのままそんなことを言い出した。




「妙って?」


『なんというか、空気がいつもと違う感じがするんです。ピリピリするというか・・・いえ、きっと気のせいでしょう』




 リブラは忘れてくれと言ってくる。


 感覚でいえば俺の方が優れているのだが、俺は特に何も感じない。いつもは無意識にささやきかけてくる第六感でさえも今は顔をのぞかせない。




 だが何となくその言葉が気になった俺は改めて気を引き締める。




 だが意外と拍子抜けで、学校生活は別段いつもと変わりはなかった。




「蓮、ここ教えて~」




 そういって俺の机に龍馬がやってくる。先ほどの授業は数学だった。俺からしても一つだけ明らかにレベルの高い問題があった。俺や葉島クラスなら特に問題なく解けるだろうが、数学が得意科目ではない生徒はみんな苦労してるようだった。きっと龍馬もそうなのだろう。




「えっと、ここはな・・・」




 まず三角関数の相互関係を使って数値を求め、さらにそこから計算をする。そしてπを用いた式に表し代入して・・・




「と、こんな感じかな」


「ありがとー、ここマジでわかんなかったんだよね」




 龍馬はそう言いながらニコニコと去っていった。なんとなく吾郎のほうを見てみると机に突っ伏して寝ていた。というか、授業が始まって開始五分で寝ていたと思う。




 それはそうと、リブラは現在俺のところにはいない。朝登校した時に葉島にリブラのネックレスを渡した。


 だから今頃教室を抜け出してリブラとお喋りでもしているのだろう。




 そんなことを考えていた時、俺のスマホにメッセージが届く。送り主は葉島だった。




『今日の昼休み、みんなで集まりませんか?』




 俺は了承のメッセージを送り、そのままつまらない授業を眺めるように消化していった。






   ※






 そして昼休み、俺たちは屋上で集まっていた。


 そろそろ夏も本番になりかけており、さすがに日差しがきつい。だが、そのおかげで今屋上に人影はない。


俺たちは屋上の影があるところに移動する。少なくともこの人数が入るのには十分だろう。そして俺たちは弁当や買ってきたパンなどを広げて食べ始める。




「それで蓮、昨日はどうだったの?」




 璃子がジト目で俺のことを見てくる。まあ遊香先輩を止めたのだから、そう聞かれることはわかっていた。




「リブラもいたし、特に変なことはなかったよ」


「本当?」




 俺がそう言っても全く信用していないのか、さらに鋭い視線を向けてくる。そんな俺たちのことを葉島は笑いながら見ており、リブラは苦笑いをして笑っていた。




「特に変なことはなかったよ。まあ僕がレン君を寝かせなかったから、お互い寝不足ではあるんだけどね」


「寝かせなかったってどういうこと!?」




 顔を赤くしたり璃子が俺の胸ぐらをつかみ、ものすごい剣幕で詰め寄ってくる。


 ちなみに寝かせなかったというのは、先輩のお泊り会テンションに突き合わされ、かなり深夜までお喋りをしていたからである。だから確かに俺は寝不足だ。




 そんな修羅場のような展開もあったものの、俺たちは各々持ってきたお昼ご飯を食べ始める。


 ちなみに葉島と璃子以外は全員コンビニや購買で買ってきた軽食だ。




 俺たちは世間話を交えながら今後のことについて話していく。とはいえあまり話も進まず、最後のほうはお弁当や買ってきたものの交換が始まっていた。


 リブラはみんなから何かしらをもらっており、そのたびに目を輝かせお礼を言っていた。リブラは着実にこの世界の食文化にはまりつつあった。




「それじゃ、今日も森で訓練ってことでいい?」




 お昼ご飯も食べ終わったころ、璃子が俺たちにそう切り出してくる。




「ええ、時間がある時に訓練しましょう。これはやればやるだけ結果が帰ってくるようなものですので」


「そうだな。放課後もやることはないし、今日もがんばるか」




 葉島と遊香先輩も俺たちの意見に同意してくれる。ちなみに今日はバトルロイヤルのような感じで個人戦を行おって見ないかとのことだった。


 どうやら複数の敵が現れたことのことを考えての訓練らしい。俺としても望むところだ。




「それじゃ、昇降口のところで待ち合わせね」




 璃子は部活を休んでくれるらしい。というより今は部員それぞれのパート練習のようなことをやっているらしくそこまで集まる必要はないようだ。




「そうしよっか。俺もすぐに向かうよ」




 そういって俺たちは鐘とともにそれぞれの教室へと戻る。




 地獄がすぐそこまでやってきていたことを、この時の俺たちはまだ知らない。


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