第24話 姉

 遊香視点




 何かが崩れる音とともに私は夢を見た。


 まだ幼かった私たち姉妹が交わした約束。可愛い妹と交わした、大事な約束。




『ぼくね、大きくなったらおねーちゃんみたいになるんだ』




 当時は口癖のようにそう言ってきかなかった。どうしてお父さんやお母さんではなくこんな姉なのかという点はよくわからなかったが、その時、幼かった私はこう返した。




『ウフフ、それじゃーわたしは愛理のお手本になるように、しっかりしてなきゃだなー』


『それじゃーぼくは、おねーちゃんみたいになれるようにずっとおねーちゃんと一緒にいるー』


『・・・え?』


『だいすきなおねーちゃんといっしょなら、きっとなんでもできちゃうよ!』




 こんなことを言ってくれるのが、私は本当にうれしかった。


 両親にはいつも長女として怒られてばかりの私だが、妹からのその言葉に、どれだけ救われたのだろう。


 私は泣きそうになってしまったが、自分のことを尊敬のまなざしで見てくれる子に格好悪いところは見せられないと何とか堪える。




『じゃあさ、指切りしようか』




 話をごまかすように私は愛理にそう言った。いや、きっと照れ隠しのようなものだったのだろう。




『わたしは愛理のお手本になれるように、毎日頑張っていくよ。愛理は、そんなわたしのことを見ていてね。自慢の姉って、大好きなおねーちゃんってそう言われても恥ずかしくないようにするよ。約束だよ?』


『うん、ヤクソクするー』




そう言って二人で指切りを交わす。




『だいすき、おねーちゃん』




 愛理は私と笑顔で小指を交える。そして私も祈るのだ。




 いつまでも二人が仲良くいられますように・・・






   ※






 あの事故から数日が過ぎた。今私は病院のベッドの上で空を見上げている。




 あの事故は救急車やレスキュー隊が出動するほどの大事になり、私は直接見ていないが地元のニュースや新聞にも取り上げられたらしい。




 さて、あの後のことについて語らなければいけないだろう。




 まず私と愛理だが、あれほどの大事故だったにもかかわらずほとんど怪我がなかった。


 お互い多少のかすり傷くらいならあったものの、これくらいなら怪我のうちに入らないだろうとのことだった。




 私と愛理は奇跡的に一命をとりとめた。




 警察や消防の人も奇跡だと言っていた。普通あれほどの事故であったなら生存率は限りなくゼロに近いだろう。それを私たちは生き延びたのだ。




 残念ながらお父さんとお母さんは亡くなった。




 即死だったそうだ。車が地面に衝突した際、フロントガラスと一緒に地面へと正面から叩きつけられたらしい。車に備え付けられているエアバッグも意味をなさなかったそうだ。




 もちろん私は悲しいが、現在進行形でその悲劇は続いている。




 愛理が目を覚まさない。




 もう数日経つが一向に目覚める気配がないのだ。


 幸い命に別状はないそうだが、医者もいつ目覚めるかわからないそうだ。




 これに関しては私には心当たりがある。




 きっと私は最後の最後まで愛理を守り切ることができたのだろう。


 愛理が無傷だったのがその証拠だ。




 さて、ここからは状況証拠からの推測だ。




 私は一度死んでいる。




 これには少なくない確信があった。死の感覚は数日寝ても消えることはない。それこそ、一度死んで生き返っても消えることはなかった。




 ではなぜ私は生き返ることができたのか?




 その秘密が私の隣のベッドで寝ている愛理だ。




 きっと愛理は私に対して魔法を使ったのだと思う。私が死んでしまう直前まで私の時間を巻き戻したのだ。


 だから私たちは、二人無傷で生還することができたのだろう。だがここで最初の疑問が生じる。




 なぜ無傷であるはずの愛理は目覚めないのか?




 考えた結果、それはきっと魔法の代償だろうという結論に至る。




 私たちの力は、きっと人に対して使ってはいけないものだったのだ。だが私たちはそれを破ってしまった。なら代償として何かを取り立てられるのは当然のことだ。




 そしてそれは私自身も同様だろう。




 私は完全に一人になってしまった。






   ※






 退院してから一か月。いまだに愛理が目覚める気配はない。それどころか、ただでさえ小さい体が日に日にやつれているようにも見えた。




 私には祖父母や頼れる親戚がいなかった。だから病院の人は施設に預けることを考えていたらしいのだが、私がそれを断った。


 私が誰とも関わりたくないというのもあったが、これ以上惨めな思いをしたくなかったというのが一番だ。


 もう学校に何は日も言っていない。中学校ではきっと顔見知りの生徒たちが今も楽しく学校生活を送っているのだろう。


 もう私には、誰かと関われるほどの勇気もなければ、意味もない。




 だが愛理は違った。




 愛理の病室には毎日多くのお見舞客が訪れた。


 学校の友達にクラブ活動のお友達、学年を越えて先輩や後輩、そして多くの教職員や保護者達がお見舞いに訪れたのだ。


 その数は優に二百人を超えていた。




 それほどの人脈と信頼を愛理は持っていたのだ。




「ほんと、愛理はすごいよ」




 私は公園のブランコに乗りながらひとり呟く。どうして私だけが目覚めてしまったのだろう。もし代われるのなら、私が愛理の代わりに一生眠っていたい。そしてそのまま息を引き取るのだ。


 愛理を悲しませることになるだろうが、それこそ私の人生にとってふさわしい幕引きではないだろうか。




 結局私が一番嫌いなのは私自身だ。


 どうして私みたいな人間が生まれてきてしまったのだろう。




 そんなことを想いながら一人で過ごしていく毎日にとうとう嫌気がさしてしまった。




 そして平日の朝から、私は愛理が眠っている病院に訪れた。


 この時私はすでに不登校となっていた。きっと勉強だってついていけないだろうし、もうクラスにも派閥とか友達の輪とか面倒くさいのができているだろう。




 私は毎日愛理がいる病室に通い朝から晩までをここで過ごすのだ。そして時間になったら一人で家に帰るだけ。


 幸いお金などは親が残してくれていたものがあり、大事にそれを使わせてもらっている。だがそれだけだ。もうこれ以上、私が得られるものはない。




「愛理、早く起きてよ。愛理のことをみんなが待っているんだよ?」




 そう言いながら私は愛理の頭をなでる。帰ってくるのはほのかな熱だけでそれ以外は何も感じられない。




 だが私は思い出す。遥か昔に交わした約束のことを。




「あんな約束をしたことすら、私は忘れていたのに」




 病院に運ばれるまでの間で、私は昔の夢を見た。


 愛理と交わした約束だ。




『わたしは愛理のお手本になるように、しっかりしてなきゃだなー』




 それがどうだ。今のこの体たらくを見ろ。大爆笑も甚だしい。




 きっと愛理は常に私を見ていた。そして私みたいになれるように日々を努力して過ごしていたのだ。 




「私は、結局なにもできなくて」




 いつしか腐ったように周りを見るようになっていた。


 きっと誰も私のことを理解してくれない、関わろうともしてくれない。




 そう信じてやまなかったのだ。




「今の私を見たら、愛理はきっと失望しちゃうよね」




 そう思うとなぜだか無性に自分が情けなくなってきた。私は妹が必死に戦っている中、学校にも行かず何をしているのだ。




 もしかしたら、私も変わる時なのかもしれない。




「愛理見ててね。私、変わるよ」




 そうしてベッドの中にある愛理の小指と昔のように指切りを交わす。




 愛理が笑いながら小指を握り返してくれたように感じた。






   ※






 そこからは怒涛の日々だった。


 まず遅れている勉強に追いつかなければいけない。私はもともと勉強や運動が得意な方ではないのだ。だから死に物狂いで頑張った。そして中学一年生が終わるころにはみんなに何とか追いつけていたのだ。


 テストなどは受けられていなかったが、事情をある程度知る優しい先生たちの配慮で不利になるようなことにはなっていなかった。




 そして中学二年生になった時、ほぼ一年ぶりに学校へと行った。




 心臓が鳴りやまないくらい緊張した。学籍番号や名前、空っぽな机などがあったものの今まで一度も来ていない奴。顔も知らないクラスメイトのみんなはそう思っていることだろう。




 勇気を出して、私はそこに飛び込んだ。




「お、お久しぶりです。初めましての人は初めまして。はっ、服部遊香と申しましゅっ」




 思いっきり噛んでしまった私だったが、クスクスと、パチパチと、徐々にクラスメイト達に明るい雰囲気が漂うのを感じた。


 そして私が思った以上にいろんな人が私に話しかけに来てくれたのだ。


 想像以上に歓迎されて、私は思わず困惑してしまった。


 こんな風に他人と話したのは何年ぶりだろう。私は時々固まりながらも、皆と一緒に過ごす時間に楽しみを見出していた。




 だがそういう時、いつも思い浮かべることがある。




(きっと愛理なら・・・)




 もっとうまくやるだろう。きっと一瞬で友達になっているだろう。もっと絆を深めることができているだろう。


 そんなコンプレックスが私の前に立ちはだかる。




 だから私は、自分が知っている愛理のことを真似してみようと思い始めたのだ。




 そうだ、まずは妹みたいに振舞ってみよう。




 そしては、積極的に多くの人と関わった。




「遊香、今度あそこのカフェに行ってみようよ」


「うーん、僕あんまりお金がないんだよねー」


「この前勉強を教えてくれたお礼に奢ってあげるからさ、ね?」


「・・・そういうことなら仕方ないなぁ。付き合ってあげようではないか!」




 そうすると不思議なことに、徐々に親しい人たちが増え始めたのだ。


 これを世の中の人は友達と呼んでいるのだろう。




「えっ、遊香が行くなら私も行くー」


「ちょっと、勝手に私をのけ者にしないでよ」




 そうして少しずつ、僕の周りに男女を問わず人が集まり始める。




「そういえば、全然身長伸びないなぁ」




 ここ最近で確信したことがある。それは僕と愛理が支払った魔法の代償についてだ。




 僕はあの事故以来、身長や体重が全く変わっていない。体の成長そのものが停滞したのだ。


 きっとこれが愛理に『停滞』を使った代償だろう。おそらく一生、私の体は成長することができない。私の年齢的にちょうど今が成長期だ。きっとこの先身長が伸びることはありえないだろう。


 だが、妹の命を救うことができたのだから安いものだ。




 そういう風に考えると、愛理が支払っている代償もなんとなくだがわかる。


 おそらく愛理は自分自身の時間を代償にしているのだろう。


人一人を生き返らせたのだ。だから時間を巻き戻した分、自分自身の時間が止まってしまった。


きっとこれから数年間は目覚めることがないだろう。




 だから僕は、愛理がいつ目覚めてもいいように準備を始めた。




 新しい家を借りて、常に二人分の雑貨や消耗品をそろえた。いつ愛理がこの家に帰って来てもいいように、愛理の分の日用品を取り揃えておく。


 服をはじめ様々な雑貨など、彼女のためにありとあらゆるものをそろえておいた。愛理はきっと戸惑いながらも一緒に楽しく暮らしてくれることだろう。そんな未来を思い描いて苦笑する。




いつか愛理が目覚めるその日を信じて、私は常に前を向く・・・




 そして時は流れ、僕は高校に進学した。荒神学園というとんでもない数の学生数を誇るところだ。部活動が盛んで私立校でありながらここを本命にしている人も多い。




 きっと、こんな僕でも多くの友達ができるだろう。そして新しくできた友達を愛理に紹介して愛理のことを安心させてあげるのだ。




 あなたが命を懸けて救った姉は、多くの友達に囲まれて幸せな時間を歩んでいるよ。




 目覚めた時にそう言ってあげるのだ。きっと愛理はさぞかし安心することだろう。そして今度は、自分が愛理に寄り添うのだ。




 そしてこの時から、私は思い出を写真に残すようになった。いろいろな友達との思い出を残し、愛理が目覚めた時にその写真を見せてあげて思い出を語るのだ。


 きっと愛理は喜んで聞いてくれるだろうし、安心してくれるだろう。




 そしてあれから多くの友達ができて、忘れがたい思い出もたくさん作ることができた。




 だがそんな私にも、新たな悩みができてしまった。




 死への恐怖だ。一度死んだときに植え付けられた死の感覚が今でも忘れられていない。私の隣で、常に死神が笑っているのだ。




 だが、友達と楽しく話しているとそのことを忘れることができる。だから私はいつも明るく友達と接した。


 僕から心を開けばきっと相手も開いてくれる。そうして友達を増やし続け、僕が死を忘れることができるよう常に楽しい時間を作れるようにしたのだ。こうすることで、僕の周りには常に楽しい雰囲気が生まれ続ける。




 だがそれでも、全然足りない。何かが根本的に違うのだ。




 そしてそれが何かを知ることができないまま、私は三年生になってしまった。




「いつか、僕を、私たちを救ってくれる王子様が現れたらなぁ」




 まあ自分がこんななりじゃ無理か。僕のこの姿に惹かれるのはロリコンとかの変態くらいのものだ。




 そして私は今日も明日も笑顔を保つ。そうすれば相手もおのずと笑ってくれる。




 そうだ、笑顔と言えば最近二年生の葉島さんに笑顔が増えたという噂を聞いた。




 もしかして彼女なら・・・




 そんなことを想いながら僕は、私たちは今日という時間を歩いていく・・・

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