第23話 妹
遊香視点
私が、どうして今の僕みたいになってしまったのかは、中学校に慣れ始めたころまで遡らなければいけないだろう。
中学校生活に慣れたといっても、私はとても根暗な子だった。いつも本を読んでおり、クラスメイト達が楽しそうに談笑したり遊んでいるのを静かに眺めているばかりでその輪に入ろうとしなかった。
もともと人見知りだったことも相まって、小学校から中学校まで仲のいい友達ができたためしがない。
先生からはよく心配されていたが、私が周りより大人びた性格だったこともあってか、気にかけてくれることは時間が経つにつれ少なくなった。
頭がいいわけでもなく娯楽や話題にも疎い。同年代の子と共通の話題となるようなものすら持ち合わせていなかったのだ。
俗にいうコミュ障だ。私は小学校の頃までに誰かと楽しく会話をした覚えがない。そしてそれは中学校でも変わることはなかった。
まるで自分の世界に籠るかのように、私は本を読んで一日を過ごした。きっと外の世界に目を向けるのが怖かったのだろう。
何を話していいかわからない。気持ち悪がられたりしないかな?
そんな負の感情ばかりが芽生えるから私はこんななのだ。
そして私は誰とも会話を交わすことなく学校を出る。部活などもやっていないので特に学校に残ることはない。
私はとんでもなく不器用でどんくさいのだ。
体育の成績は下から数えた方が早いし、絵や音楽の芸術に才能があるわけでもない。極めつけは調理実習の時に砂糖と塩を間違えかけたことだ。
今まで話したことがない人と班を組まされたのであの日は地獄だった。だから私は皿洗いなど誰でもできることを率先して引き受けた。だが授業なので、どうしても調理に手を出さなければならない。
今思い返せば、あの人たちには多大なる迷惑をかけてしまっただろう。もしかしたら今でも私のことをバカにしているかもしれないし、恨んですらいるかもしれない。
そんな不安におびえながら私は家に帰る。
「ただいまー」
私は四人家族で、お父さんは日中は働いておりお母さんはパートだ。そして・・・
「あっ! おねーちゃんおかえりー」
トテトテと玄関まで小走りで走ってくる薄い銀髪のあどけない女の子。
私に唯一自慢できるものがあるとしたら、この妹がいるということだろう。
私と違ってセンスの塊のような人間だし、愛嬌がいいので両親や先生からもかわいがられている。噂ではクラスメイトの枠を超え学校で多くの生徒たちと友達なのだとか。子供っぽい性格もあり、彼女のことを気に掛ける大人は多い。
私が影だとしたら、彼女は太陽のような存在だろう。
長い時間一緒にいるのだが、愛理を見続けていた私でもわからないことがある。
「おねーちゃん! 僕ね僕ね、またテストで百点取ったよー」
「そっか、やっぱり愛理はすごいね。私なんかもう超えちゃってるよ。というか、そろそろその一人称を直しなさい」
「はーい・・・エヘヘ」
このやり取りもいったい何度交わしているかわからない。
ふつう女の子は自分のことを「私」と言うのに、この子は小さいころから自分のことを「僕」と言い続けているのだ。きっと愛理なりのこだわりがあるのだろう。
愛理は私に言われたことを半分にしか聞いていないらしく、私が褒めてくれたことを純粋にうれしがってくれている。褒められたことがうれしくて仕方がないのだろう。
話が逸れてしまったが、私がわからない・・・というより疑問に思っていること。
それは、なぜか愛理が私のことを構い続けることだ。
普通ならこんな根暗な姉など、嫌気がさして関わりたくなくなるだろう。それどころか、姉妹だと知られたくないから自分と関わるな、と言い出してもおかしくはない。
それほどまでに当時の私は卑屈でネガティブな人間だったといわれたらそれまでだが、当時の考えはあながち間違ってはいなかったと思う。
どうして愛理はこんな私と関わり続けてくれるのだろうか。それだけがよくわからなくて・・・
そんなことを考えていると、愛理がよく言うのだ。
「そうだおねーちゃん、今日も魔法を見せてよ」
「もう、仕方がないなぁ」
私たちには不思議な力がある。
どういうわけか私は物心ついた時から視界に入れたものを止めることができるのだ。だから私はよく物を空中に投げてはそれを空中で停止させていた。
そして愛理はその光景を輝く瞳で見ているのだ。
「やっぱりお姉ちゃんはすごいよね、私なんかとは全然違う」
「愛理だって、すごい魔法が使えるじゃない」
私たちは魔法使いの家系。両親からはそういう風に教えられてきた。
私たちの家族は全員が特別な力を使うことができる。
お父さんとお母さんはそれを見せてくれたことはないが、その力の使い方ついては耳が痛くなるほど注意を受けていた。
「いいか二人とも、私たちのことを知られるわけにはいかないんだ。だからその力を私たち以外の誰かに見せてはいけないよ」
お父さんは口癖のように一日に一回は私たちにそう言ってくる。だが、一回一回の言葉が真剣そのものだったのは、幼い私たちでもわかった。
だから私たちは律儀に言いつけを守り、誰にも魔法を見せることなく二人で仲良く過ごしていた。
ちなみに愛理の魔法は、私のものとは全然違う。
妹の魔法は時間を司るものだ。本当に少しではあるが、時間を巻き戻すことができる。
範囲は狭いし戻せる時間も数秒くらいなので特に大きな影響を及ぼすことはない。
ちなみに私と妹の魔法はとある共通点がある。
それは生物に魔法を使えないことだ。
私の力も妹の力も、命があり時間が流れているものには使えない。厳密には使うこと自体は可能だが、それは少し話が違ってきてしまう。
だが私はそんなことはどうでもよく、意味も生産性もない生活を送ってきた。
両親は私のことを長女だからと言って、愛理のお手本となるよう厳しく育ててきた。だがその分、私のことも愛してくれていたのでプラマイプラスだと思ってる。
そんな私も家族のことを心から愛していた。
お父さんとお母さん、そして愛理さえれば私は一人にならずに済む。心がまだ子供だった私はそんなことを当たり前のように考えていた。
だからだろうか、次の年に悲劇が起きる。
それは愛理が中学校に入学した時のことだ。
私たちは四人そろって家族旅行に出かけていた。
名目は愛理の卒業祝い兼入学祝いだ。私も一年前に同じように旅行へ連れて行ってもらっており、あの時は四人でいくつもの思い出を作った。
そして今年は愛理の番だ。きっと前回より楽しい旅行になるだろう。
私はそう信じてやまなかった。
だが悲劇というのはいつも唐突に起きる。
車が崖から転落したのだ。きっと先日の雨で道が地盤が緩くなっていたのだろう。いきなりコンクリートの地面が割れ崖へと車が放り出された。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴が聞こえた。それが隣に座る愛理のものだったのか自分の声だったのかは今になってもわからない。
だが私は必死に助かるための手段を探していた。
最初は車を自分の魔法で止めるかというのも考えたが、この車を止めるには車を全体的に見なければいけない。車に乗ってしまっている今ではそんなことなどできるはずもなかった。
(せめて、愛理だけでもっ!!)
どうにかして愛理だけでも助けなければ!
私は車が地面と衝突する短い時間で走馬灯を切り捨てて考えを巡らせる。
そして私は思いつく。
そうだ、愛理の体内の時間を止めればいい。
体の時間が止まっていれば外部から干渉を受けることはない。疑似的な無敵状態を作り出せるはずだ。
そして衝突の瞬間まで私が頑張って生きていればいいだけ。
だが私の魔法は人には使えない。否、使うことをためらっていたのだ。
制約のようなものなのかもしれないが、もしこれを破ってしまったら何かとんでもない跳ね返りが来る。そんな予感が胸の中にあったのだ。だが、最愛の妹のためならどんな結末でも受け入れよう。
そう思った時には、すでに愛理だけでも助けるべくその可愛らしい姿を目に焼き付けるようにとらえていた。
『
その瞬間、私の中で大事な何かが失われ、欠けていく気がした。だが、そんなことは無視した。だってどうせもうすぐ私は死んでしまうのだから。
そして車に大きな衝撃が走る。どういうわけか車は正面から地面に衝突する形になったのだ。
そして私もその衝撃に巻き込まれる。私の視界には最後まで泣きながら私に手を伸ばす愛理の姿があった。
だが、もう二度と愛理に触れることはできない。どうか、あの子に優しい世界がありますようにと私は心の中で祈り続ける。
そして私の目の前は真っ暗になった。
※
愛理視点
土煙が晴れ、ぐらぐらする視界が安定したころ、愛理は向くりと起き上がる。
「ううっ・・・みんな、大丈夫?」
かなり派手に地面とぶつかった。おそらく数十メートルは落ちてきただろう。だが自分が助かっているのだ。他のみんなも無事なはず。
だがそれが甘い考えだったとすぐに思い知ることになる。
「あっ・・・」
僕は見てしまう。運転席があったであろうところに、動かない誰かがいたことを。
お父さんとお母さんは即死だった。死因は衝突による衝撃だろうが、フロントガラスの破片が飛び散り、二人の顔や肩に突き刺さっていた。
きっと二人は痛みの中で苦しみながら命を落としたのだろう。
僕はその光景を見て、涙や鼻水吐き気など、顔から出るものが全部出てしまう。
「お、おねーちゃん、おねーちゃんは!?」
まだ安否が確認できていない姉。もしかしたらおねーちゃんなら生きているかもしれない。
僕はそう信じた。そう信じなければ。今すぐにでも壊れてしまいそうだった。
だが車内に姉の姿はなかった。窓が壊れて全壊していたことから、きっと衝撃と同時に車外へ放り出されてしまったのだろうと推測する。
僕たち姉妹は二人そろって身長が低い。だからこそ二人で励ましあいながら生きてきたのだ。
そうして僕は車から少し離れおねーちゃんを探し、見つけた。やはり車外に放り出されていたようだ。
「おねーちゃん、おねーちゃん!!!」
僕は叫び散らしながら重い体を引きずって歩いて行った。おそらく体中の骨に罅が入っているのだろう。全身からズキズキと痛みが押し寄せる。だがそんなこともお構いなしに姉のほうへ向かった。
「おねーちゃん、おねーちゃ・・・」
必死に姉の名前を呼ぶも思わず途中でやめてしまう。
もう呼んでも無意味だったからだ。
姉はすでに死んでいた
その小柄な体は、車から放り出され全身を負傷したのかあちこちに痛々しい傷がある。服はボロボロに破れ、朝に念入りにセットしていた自慢の髪も見る影もないほど乱れていた。
だが、その手は必死に何かをつかもうとしたように伸ばされていた。
「まさか・・・おねーちゃんが魔法で」
自分を助けてくれたのか。もしそうだとした自分が姉を殺したも同然だ。
涙はすでに枯れているにもかかわらず、とめどなく溢れていく。
そして僕は光と希望が消えた目で、憎いほど晴れ晴れしている空を見ていた。
ああ神様、どうしてこんなひどいことをするのですか?
姉は日常生活で常にストレスをためているようだった。それが報われるならまだしも、こんなのあんまりではないですか。
「もう・・・どうすれば・・・」
僕はこれから一人で生きるのが辛い。これから始まるだろう孤独が恐ろしくてたまらない。
「もう、いっそこのまま・・・」
僕も死んでしまおうか。そう思った瞬間だった。
「・・・約束」
僕は昔、大好きな姉と約束をした。もしかしたらおねーちゃんはもう覚えていないかもしれないが、僕はずっとそれを覚えている。心に刻んでいる。
ならば
「僕が・・・助けなきゃ!!」
覚悟を決めた瞬間、僕は涙を止めて姉の死体と向き合った。
これから行うのは禁忌中の禁忌。生き物の時間を巻き戻すことだ。
おそらくそれを行えばとんでもない跳ね返りが来るだろう。このボロボロの体で生き延びられるかもわからない。
だがもう一度、大好きな姉と会えるかもしれないという希望が自分を突き動かしていた。
「お父さん、お母さん・・・ごめんね」
いつも迷惑ばかりかけて困らせて、挙句に二人のことを見殺しにしようとしている。
ごめんね、この力を、命を、大好きな姉のために使わせてください。これが生涯最後のわがままです。
『
僕は今まで試したことがないほどの力を手のひらに込めて姉に魔法を使う。
「うぐっ・・・」
その瞬間、自分の中で大事なものが徐々に失われて、何かが冷え切っていくのを感じた。
「まだ・・・絶対にあきらめないもん」
そうして姉の体内時間を巻き戻していく。その体は徐々にきれいになっていき服もほつれたり破れたりした部分が直っていく。
「・・・ぁ」
全力で魔法を使って早数分。目の前から声が聞こえてきた。瞳孔に光がやどり、僕のことを見てくれている。
姉が生き返った瞬間だった。
「よ、かったぁ・・・・・・」
その瞬間、目の前が真っ暗になり、僕は意識を失った。
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