第23話 戦いの果て
『私が結界の力を引き出せるようになったときね、心の中で何かが弾けるような感覚がしたの』
葉島はアズール戦を通して大きな成長を遂げた。
結界の強度が今までの比ではなくなり、アズールの風の鎧を封じ込めたのだ。
『あの時は二人を助けようとして必死で、そのための力が欲しいって心の底から願った時、アビリティストーンが力をくれたの』
『アビリティストーンが?』
俺はアビリティストーンのことをよく知らない。
俺が拾ったのは偶然だ。はじめは綺麗な宝石みたいだと思った。
だがよく考えてみれば、その力の恩恵である異能力を完全には掌握できていなかった。
『恐らくメイはその時に異能力が覚醒したのでしょう。まさか覚醒していない状態であそこまで異能力を使っていたとは・・・』
『覚醒?』
ここでまた聞きなれない単語が出てきた。
リブラは忘れていたとばかりに俺たちに改めて話してくれた。
『アビリティストーンを体にとり込み異能力を使えるようになったからと言っても、それは完全に異能力を使いこなしているというわけではありません』
俺は身体能力を強化したり、無意識に治癒を発動したりすることができるが、どうやら異能力にはまだ先があるらしい。
『きっかけは人それぞれですが、異能力には覚醒というものが存在します。私も部分的な変身ができるようになったり、固い盾となって誰かを守ることができるようになったのは覚醒してからです。メイも結界をあのように自在に操れるようになったということは、あの戦いの中で覚醒したのでしょう』
俺たちのことを守りたい一心で覚醒へと至った葉島。
葉島はあの戦い以降、結界を自由自在に操れるようになっていた。空を飛んだりするのはもちろん、最近では結界を使って重い本棚やベッドなどを移動させて部屋を模様替えをしたらしい。どんどん異能力を日常に取り入れている葉島。このままいったらなんでも結界で解決しようとしてしまうかもしれない。
『そして蓮。あなたの異能力はまだ覚醒していないはずです。きっかけはわかりませんがあなたも異能力者である以上、その瞬間はきっと訪れるはずです。ですのでその時は・・・』
『その時は?』
リブラが真剣な顔をして俺に注意する。
『力の加減を間違えないでくださいね?』
※
俺が思いっきり拳を振りかぶると、それはレインの顔面をまっすぐに捉え奴を璃子から引き離すことに成功する。
(これが覚醒?)
今まで以上に力を感じることができる。本当の意味で自分の肉体の事なら俺は何でもできてしまいそうだ。だからこそ今現在の損傷がひどいことを俺は痛感する。
全身に血が流れているのを感じ取り、最適な肉体の状態を思い出し、復元する。
先程までのボロボロな姿はもうなく、勝気な少年の姿がそこにはあった。
今までは意識して発動することができなかった治癒能力を、俺は初めて自分の意志で使いこなせたのだ。
今思えば、あのウィッチも覚醒した異能力者だったのかもしれない。でなければあれほどの氷を一度に操ることはできないだろう。
もしかしてあの異常な身体能力も異能力が覚醒した恩恵なのかもしれない。
「いたたたたっ、なにすんだよ。今いいとこだったのに!」
そう言いながらレインがこちらに向かって大きくジャンプしてくるのが見えた。
先ほどまではにやにやとして気味の悪かったその顔も、今や激情を宿しているのが見て取れた。
(今は目の前のことに集中しないとな)
ウィッチのことを考えるのは後回しにした俺は璃子の前に庇うように出てレインを迎え撃つ。
先ほどまで引け腰だったその体も、まっすぐ芯が入ったように力が入る。
「よいしょっと!!」
レインは俺に向かい鋭い蹴りを放ってくる。その速度は今までの比ではなく、本気で俺を殺しに来ているのが分かった。
だが、その攻撃は俺に当たらない。
今までは逃げるようにその攻撃を何とかしのいでいた俺だが、必要最低限の動作だけでそれを躱す。
雨のように何度も蹴り続け、時には拳を交えてくるレインだったが若干顔が引きつったのを俺は見逃さなかった。
後ろで見ている璃子はこの光景を目を点にして眺めていた。
するとレインは攻撃を止め俺から一度距離をとる。
「もうただじゃ済まさないから! 少しイラつくけど、ちょっとだけ本気になってあげるよ・・・『
俺から数メートルほど離れた真正面に立ったレインは、筋肉に力を入れるように歯を食いしばって、筋肉を盛り上げる。
「はぁぁぁぁ!!!」
盛り上がるどころではない。体が肥大化しており、着ていた執事服のような服は完全に裂けて木っ端みじんに。そして元の三倍ほどの大きさになったところでその勢いは止まった。
先ほどまで身長が俺より低かった男が、今では見上げないと顔を覗けないほどデカくなった。
俺の思考は思わず停止する。
(すげぇ)
究極の肉体美。
敵ながら俺は思わず感心してしまう。それほどまでに美しい筋肉がレインには宿っていた。この世界の人間でこの男より筋肉が発達している人間はいるのだろうか。
先程まで、不健康そうな体から武闘派というイメージが湧かず、俺はリブラから聞いた情報を擦り合わせるのに少し苦労していた。
だがこの姿こそが本来のレインの姿なのだろう。
つまり今まで手加減していたのだ。
「アハハハハ! この世界でこの姿になるのは初めてだけど、はじめましてからのさよならだね!!」
先ほどまでとは比にならないほどの破壊力を宿す拳が俺の顔面目掛けて振り下ろされた。
(まともにくらえば即死だな・・・)
俺は刹那の間に思考を展開する。
異能力が覚醒したことにより、意図的にスローモーションの世界に入ることができるようになった。
(俺の顔面をめがけて振り下ろしているな・・・さっきの当てつけか?)
俺も先程レインの顔面を殴り飛ばしたのでその報復の意味を兼ねているのだろう。
しかし俺の中に焦りはない。自信過剰と言われればそれまでだが、それほどまでの自信が俺にはあった。
もう負ける気はしない。
『力の加減を間違えないでくださいね?』
いつだったかリブラに言われた言葉。
俺は先程レインの顔面に拳を埋め込む寸前、そのことを思い出しとっさに力を抜いていたのだ。
つまり、先ほど手加減していたのは俺も同じ。
あの瞬間、俺は確信したのだ。
このまま攻撃したらこの男を確実に殺してしまう・・・と
俺はこの男を生け捕りにすることを考えていた。
リブラのためでもあるが、何よりこの男は璃子の友達について何やら事情を知っているようだ。
だからこいつは今殺すわけにはいかない。
『
俺は身体能力を底上げしこの男に負けない肉体に置き換える。
レインがニタリと笑うのが見えた。どうやら勝ちを確信したのだろう。
確かに今まではこの方法で俺が押し負けていた。この男の強化に俺の同調では勝てない。
だが今の俺は違う。覚醒した俺の異能力は先程までとは別物であり、さらなる可能性の橋をかける。
そしてなにより、後ろには守らなければいけない幼馴染の女の子がいるのだ。
負けられない理由としては十分だろう。
「そのまま塵も残らず粉砕してやるよ! 蓮くん!!!」
俺の顔面に拳が引き寄せられてくる。
俺はそれに合わせて右の掌でボールをキャッチするように受け止める。
パァーーーーーン
乾いた音が響くなか、俺の目の前には驚愕に身を染めるレインの姿があった。
「馬鹿な!? どうして押し切れない!?」
目の前で起きた現象が信じられないようだ。あるいは信じたくないのだろう。
「当然だろ」
だが俺はその言葉を上書きするようにレインに言い放つ。
俺とレインには致命的な差がある。
「後ろに守らなければいけない命があるんだ。それがどれだけ力をくれるかを、お前は知らないだろ?」
俺の後ろには璃子がいる。先ほどまで首を抑えせき込んでいたが、今は祈るように俺のことを見ている。
信じているのだ。俺が勝ってくれるのを・・・
なら、それに答えなければ・・・男じゃない!
「歯を食いしばれよレイン、悪いが本気で行くぜ?」
俺は空いている左手を握りしめ、ありったけの力を込める。
「はっ、そんな攻撃いまさら効くとでも・・・」
そう言おうとしたレインが俺の左手に集められている力に顔を青くする。
気づいたのだろう。俺が自分の力をとっくに超えていることに。
「ふっ、ふざけるな! 何の大義があって僕を・・・」
「大儀ならあるさ」
ひどく簡単でわかりやすい大儀。そうこいつは俺を怒らせたのだ。
俺のことを馬鹿にして傷つけるのならまだいい。だがこの男は・・・
「俺の大事な家族に手を出したんだ・・・覚悟しろ」
俺はレインのがら空きになっているみぞおちに向けて拳を放つ。
レインは逃げようとしているが、俺がレインの手を右手で抑えているため、逃げようにも逃げられない。
俺はレインの腹を思いっきり殴り、すべての力をこの一撃に込める。
今までのそれとは違い正真正銘、『
乱発することはできそうにないが、目の前のこの男を倒すには十分だ。
『バースト』
俺の拳から発せられた衝撃波は神社や木々を揺らし、立っていた地面に亀裂を走らせる。
レインは白目になって泡を吹きながら吹き飛ばされていった。
そして遠目に見えたのは木をクッションに倒れこむレインの姿だった。
利き手ではなかったので、全力の一撃ではない。こいつなら、まだ生きているだろう。
つまり勝った・・・
「うっ」
ひどい立ち眩みがした。異能力を全開で使ったのだから当然の結果だ。しかし気絶しない分俺も成長しているのだろう。
その場に倒れこみそうになった俺の肩をだれかが支えてくれる。
「無茶ばかりして・・・バカ」
金髪を振り乱し、涙で目が赤くなった少女が俺にそう言ってくる。
「でも、ありがとね・・・蓮」
璃子が笑いかけ俺のことを後ろから抱きしめた。その一言と抱擁が俺の心を満たしてくれた。
俺たちの絆が、奴の異能力を上回った。
戦いの果て・・・俺はかけがえのない命とその笑顔を守り切ることができたのだ。
今回の戦いの報酬としては十分すぎると俺は思うのだった。
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