第14話 進む者

 修羅場のような身も凍る出来事の後、俺は家を出て璃子と一緒に駅前の広場まで来ていた。人の多いところに行けば、件の赤髪の外国人と出会える確率が多少は高まるだろうとのことだった。


 一見無謀な行いだが、やれることはやってみようという璃子の情熱に乗った。




だが俺としては、できれば今は出合いたくはない。その人物と遭遇するということは、自ら危険に飛び込むのと同じだ。何せそいつは異世界人かもしれないのだから。


 しかし璃子は俺の心中などつゆ知らず注意深く周りを見ている。


必死の度合いが違うのはもちろんだが危険度の認識において、その部分で俺と璃子はズレていた。


 外国人ならちらほらと見かけるが、肝心の赤髪の人物などこの近辺にはいなかった。仮に赤髪の男が異世界人ならこんな目立つ場所にはもう近寄らないだろう。


 なんやかんやで俺たちは駅の広場に来てしまった。




「もー! どこにもいないじゃん」


「こんな簡単に見つからないだろ。とりあえず今日のところはもう・・・」




 諦めよう。その一言が俺には言えなかった。璃子の横顔は真剣そのものだったから。俺はもう最後まで付き合うことを覚悟した。




「ショッピングセンターは・・・いないよな?」


「一応行ってみようか、手がかりなんて何もないんだし」




 俺たちは駅に内設されているショッピングセンターを見て回った。途中で何回か余計な店にお邪魔することになったが、結果的に何も成果を得ることができなかった。


 二人で昼食を済ませた後、ついでということでギターを少し見た後に活動を再開することにした。




 そして時刻はもう三時ごろ。




「駅から少し離れるか。そうだな・・・商店街の方はどうだ?」


「商店街、ねぇ・・・めちゃくちゃ懐かしい」




 昔は二人で学校の帰りによく寄った。俺と璃子の実家がそこから近かったので通学路となっており毎日歩いていたのだ。本当はダメなのだがこっそりとお金を握りしめ、お菓子やから揚げなどをよく食べ歩きしていた。


 近年はこの地域でも開発が進みだんだん衰退していると聞くが、どうやらまだ残っているらしい。もしかしたらそちらの方にも多くの人が訪れているかもしれない。


 俺たちは駅からバスに乗り、商店街の方を目指すことにした。


 そしていざ着くと・・・




「・・・こんなにボロボロだったっけ?」


「人がもう寄り付かないんだろ。大抵のものは駅で揃うし」




 今の若者はほとんどが駅などの開発が進んだ地域に入り浸っている。この商店街もその影響を受けているらしく、恐らくあと数年でこの商店街も完全なシャッター街へと変貌するのだろう。




「なんか悲しい・・・ここ好きだったのにね」


「ほんとだな」




 俺と璃子はこの場所でいろいろな思い出を作った。肉屋のおじさんや駄菓子屋のおばあちゃんなどと仲良くなり、一緒に笑いあったものだ。俺たちは商店街を二人であの時の思い出に浸りながら歩き始めた。




「あ、駄菓子屋なくなってる・・・」




 そんな思い出の駄菓子屋も時代の流れには勝てなかったらしい。今ではシャッターが下り、元は何屋だったのかもわからない。二階におばあちゃんの家があったのだが、今では空き家になってしまっている。恐らくもう・・・




「おばあちゃんも歳だったからな。きっとこれが当たり前なんだよ」


「そう・・・だよね」




 時が流れれば新しいものが生み出される代わりに古いものは追いやられていく。それが自然の摂理だ。人生には些細なことであっても出会いと別れが待ち受けている。どうやらこの商店街も少しずつ終わりに向かっているようだ。




 当然俺も悲しいし、これからも向き合っていくことだろう。




(あれ・・・)




 何故だろうか。今一瞬リブラの顔が浮かんだような・・・




「蓮、とりあえずもうちょっと奥まで行ってみようよ」


「あ、ああ」




 いったん俺は考えるのをやめ、先行する璃子を慌てて追いかける。


 やはり多くの店が閉まっており、逆に見たこともない新しいお店もいくつかはあったが売れ行きは良くないのが見て取れる。少なくとも俺たちが仲良くなった店の店主たちはもう商売から手を引いているそうだ。




「え! この商店街なくなっちゃうんですか!?」




 唯一顔見知りだった肉屋のおじさんがまだ経営を続けていたので俺たちはそこに寄った。白髪が増え、最近は孫が生まれたらしい。俺たちを見ると懐かしさから喜んでくれたが、すぐにばつの悪そうな顔をする。どうやら、もうすぐこの店もたたんでしまうらしかった。




「もうすぐ大型のショッピングセンターが近くにできるんだよ。そんなんじゃ商売あがったりだ。時の流れってのは残酷だねぇ」




 当時の覇気はもうそこにはなかった。時の流れというのもあるが、あの時のおじさんとは別人のようだった。きっとこの数年ちょっとで大きな打撃を受けたのだろう。




 俺たちはおじさんの肉屋で棒付きのから揚げを買い商店街の中にあるベンチに腰掛け食べ始めた。しかしその時にはもう食欲などが失せ始めていた。




「そっか、もうここには来れないのかー」


「残念だな・・・」




 赤髪の外国人を探していることはついぞ忘れ、俺たちは完全に憂鬱な気持ちになっていた。計画ではもう来年になるころにはこの商店街がなくなるらしい。場合によっては店が取り壊され、新しい施設に生まれ変わるところもあるとか。




「今でも覚えてるんだけどねー。あの時のこと」


「ちょうど俺が勉強漬けになってた頃だな」




 俺が家庭の事情でレベルの高い勉強を強いられていた時期があった。毎日遅くまで勉強し、小学生の時点で日付が変わるころまで起きて高校生の勉強をしているなど当たり前になりかけていた。


 そんなときに璃子は俺の手を引き遊びに連れ出してくれた。両親もこれには何も言えず俺を送り出していた。当然その日の夜に勉強量が増えるのだがそんなことも忘れられるくらい璃子と過ごしたあの時間は楽しかった。




 駄菓子屋で璃子のお金が足りなくなっておばあちゃんに泣きついたこと


 肉屋でおじさんに頼まれて商店街の薬局に薬をもらいに行ったこと


 八百屋で璃子が商品を落として怒られたこと


 服屋で璃子がランドセルを忘れたり・・・




(あれ、璃子のせいで俺までとばっちりをくらっていたような・・・)




 商店街の人たちに怒られることがたまにあったのだが、それはたいてい璃子がうっかりミスでなぜか俺まで一緒に怒られていたのだ。親に話が行くことはなかったが、一時期はこの商店街に行きにくくなってしまった。




 しかし最後は笑って許してくれる。そんな商店街の人たちが俺たちは好きだったのだ。




 今ではもうその光景も思い出の中の存在となってしまった。




 進学したこともあり最近はこの辺に来なくなってしまったので、俺と璃子もこの商店街と疎遠になった。だからこそ俺はあの時のことを思い出して、胸が苦しくなってしまった。




「うじうじしてても仕方ないよね!」




 すると意外なことに、璃子がから揚げを食べ終わり元気よく立ち上がった。その顔は涙をこらえるようだったが、璃子は強く言葉を紡いだ。




「私だっていつまでも昔のままじゃないんだから。私も商店街の人たちがしてくれたみたいに和奏の力になりたい。そして今度は和奏と一緒にこの商店街に来るよ! 絶対に!!」




 覚悟を決めた璃子が再び駅の方まで行こうと俺の手を引いてくれる。


 俺は急いでから揚げ棒を食べ終え璃子と一緒に走り出した。どうやら捜索を再開するらしい。幼馴染の前進に本来なら喜ぶべきなのだろう。しかし俺は何となく顔をうつむけてしまった。




 璃子は前へ進むことを決めた。




 俺にはその在り方がまぶしく見えた。俺とは違う幼馴染の姿を直視するというのはこんなにも気まずいのだろうか。


 何せ俺は今でも過去を引きずってしまっている。いや、束縛と言ってもいいかもしれない。




 昔のことを話していたら、俺まで思い出してしまった。




 今となっては後悔しかない、あの地獄のような日々を・・・

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