第12話 修羅場
休日の朝。部活をやっていない俺は別に早く起きる必要はない。
ほんの少し前なら昼過ぎまで寝るのは普通になっていたし、そうでなくてもプログラミング関係の仕事で作業に追われることが俺にとっての日常だった。
だが、今の俺は違う。
「レン、おはようございます」
俺が起床するより前からこの部屋にはもう一人の住人がいる。仮ぐらしとでも言った方が正しいだろうか?
どうやら異世界には休日という概念は存在しないらしい。だからこそ学校がない日でもリブラは朝早くから訪ねてくるので俺も起きて出迎えなければ彼女に対して失礼というものだろう。
「おはよリブラ。毎朝早いな・・・というか今日休みなんだけど」
「私はもともと休みなんてなかったようなものなので。それに見回り以外にすることがありませんのでね」
そう言ってリブラは俺の椅子に腰かける。もはや俺の部屋の家具を知り尽くしているリブラは慣れた手つきでパソコンを操作し始める。
ここ数日で日本語をマスターしたリブラは、現在英語に挑戦している。俺も英語が得意なので割と力になれているだろう。
そして俺は同時進行でパソコンの使い方をリブラに伝授した。
パソコンと言っても検索などだけで、素人が使う程度のものにとどめている。
文字をマスターしたリブラはすぐに順応し、今では俺の部屋で毎朝パソコンを使い、町に何か事件が起きていないか調べることが日課となっている。
こっそりグルメサイト巡りをしているのは、検索履歴に残っているためバレバレなのだが、これを言うとリブラは恥ずかしがると思うので見て見ぬふりをしているのはここ最近の秘密だ。
「今日もこれと言ってめぼしいことは起きていませんね」
昨日は葉島とも話し合ったが結局進展はなかった。しかし、白いフードの女こと佐藤和奏が学校で夜遅くまで何かをしていたのは確かなため鍵は学校にあると俺は思っている。
二人も同意見らしく来週になったら軽音楽部の方にも調査を入れてみる予定だ。
「レン、今日の予定は?」
「特に決めてない。けど少しは外を散歩しつつ町を見て回るかな」
俺たちがこうしている間にも異世界人は徐々にこの世界になじんできている。
そう急に見つけ出さないと取り返しのつかないことになってしまうだろう。
ピンポーン
俺が朝食のためトーストを焼き始めたころ突然家のチャイムが鳴った。現在はまだ八時半。人が訪ねてくるには早すぎる時間帯。俺は警戒しつつドアを開ける。
「ごめん水嶋君、こんな朝早くから」
そこにいたのは昨日うちに来た葉島だった。
申し訳なさそうな顔をしてドアの前に立っており、変装のつもりなのか帽子をかぶってこちらを見上げていた。
「早いな、例の忘れ物の事だろ?」
「うんそうなんだけど、その・・・いろいろごめん」
昨日葉島が結界を使って帰った後、謎のポーチを見つけたのである。花柄で明らかに女性用だった。
その後葉島からすぐに連絡があり、明日取りに来ると言われ俺の家で一晩預かることになった。だが、まさかこんなに早い時間に来るとは思ってもいなかったのである。
前提として、葉島は自転車を持っていないのだ。だからバスなどの交通機関を使用して登校している。しかし俺の住むこの住宅街にはバス停なんてないので、わざわざ朝早くから歩いて訪ねてきたのだろう。こんな時間には異能力で空を飛ぶことなどできないのでかなり大変だったことが伺える。
「あれ、もしかしてリブラもいるの?」
「ああ。あいつ、この世界じゃホームレスみたいなものだからな」
そう言って二人でクスクスと笑う。何やらリブラもこちらの会話を聞いていたらしくパソコンでホームレスという単語を調べていた。俺は葉島を道ずれにすべく家の中に言葉巧みに誘導しリブラが爆発するのを待った。もちろん顔を真っ赤にしたリブラは俺たちを二人そろってお説教するのだった。
※
騒がしい朝食となってしまったが葉島を家に上げ俺たちは来週のことについて話し合う。
「昨日も言ったように、やっぱりカギは軽音楽部にある気がするんだ。だから俺はそっちを調べてみる」
「それがいいでしょう。私の方は進捗がなさそうなので、そちらをサポートできるかもしれません」
「でも氷使いって人が町のどこかにいるんだよね? 万が一の時に対処できるように私かリブラのどっちかがいつでも動けるようにしないとね」
来週の方針がだいたい決まったので俺たちは前々から進めていた別の計画について話し合う。
「それで、隣町に行くまでのルートは?」
「電車を使えば三十分くらいで着くよ。あとはそこからバスに乗って移動だな」
「楽しみだね、遊園地!」
俺たちはしばらく前から遊園地に行く約束をしていた。
リブラにこの世界のことを教えるというのもあるが、単純に友達とどこかへ行くということを葉島が経験したかったそうだ。そんなこともあって俺たち三人で隣町まで遠征することにしたのだ。
この荒神町だと、葉島のことを知っている奴と遭遇してしまうかもしれないので、念のために隣町まで遠出することにしたのだ。
俺たちはテーブルの上に遊園地のパンフレットを並べ始めた。数々のアトラクションに思いをはせているが実際に行けるのはいつになるのか未定だ。
少なくとも失踪事件が解決してからにしようということになった。俺たちが三人そろってこの町を離れるのはリスクが大きいと判断したためだ。
もしこのタイミングで俺たちが町から離れてしまったら、異能力者による犯罪に多くの人が巻き込まれてしまうかもしれない。だからこそそれを未然に防ぐためにも俺たちはこの町を離れることができないでいた。
だからこそ計画だけは綿密に立てており、俺の部屋のテーブルはあっという間にパンフレットや雑誌などで埋まってしまった。
リブラはフードコートのページを見たり、葉島は動物と触れ合えるコーナーを見ていた。
いつになるかはわからないが、きっといい思い出になるだろう。
そんなことを思っていた時だった。
ピンポーン
また俺の部屋に来訪者がやってきたらしい。俺の部屋に訪れるものはこの二人を除けば宗教勧誘や押し売りが多いので俺はため息をつきながら席を立つ。
「ちょっと出てくるよ。どうせ変なセールスマンだ」
何故かここの所妙なセールスマンが押しかけてくるのだ。この前は皇室献上用のトイレットペーパーを買わされそうになった。宗教や新聞の勧誘なども日常茶飯事だ。
どう断ろうか迷いながら俺はドアを開ける。最初はセールスマン特有の黒服が見えると思ったが、俺の目に飛び込んできたのはとてもきれいな金髪。そして見慣れている顔が目の前にあった。
「ヤッホー蓮、遊びに来たよん」
「・・・は!?」
目の前に立っていたのは璃子だった。俺の家を知っているが一度も訪ねてきたことはなかったので俺は度肝を抜かれた。
「遊びに来たって、なんでまた急に?」
「家でじっとしててもどうせやることないしねー。なら一度は蓮の家に来たいじゃん?」
「いや、連絡ぐらい入れろよ」
そういえば璃子をこの家に招いたことは一度もなかった。少し前から来てみたいとは言われていたが、俺はずるずると先延ばしにしていた。何せ少し前まで不健康極まりない生活をしていたのだ。さすがにそんなところを見せるわけにはいかなかった。
そしてそうやっているうちに一年が経過。痺れを切らした璃子が自分の両親にこの家の住所を聞いたのだろう。
だが今の俺にとってそんなことはどうでもよかった。
(マズイ、今だけはマズイ!)
ただでさえ交友関係が薄い俺だ。誰かが来ていると知ったらこいつのことだから会ってみたいと言い出すだろう。通常時ならば構わないのだが今はまずい。何せ中にいるのは学園で一番有名と言っても過言ではない少女、葉島メイなのだ。それに今はリブラもいる。
こんな朝っぱらから女の子を連れ込んでいると思われたらたまったものではない。だから誤魔化してお引き取り願おう。そう思った時だった。
「あれ、もしかして誰か来てるの?」
どうやら俺の玄関先に会った靴に気付いたらしい。サイズも違うしなにより・・・
「これって、女物だよね?」
この靴はかわいらしいデザインで少なくとも俺が履くようなものではなかった。どうしようかと思い悩んでいると璃子が鋭い目でこちらをにらみつける。
「もしかして・・・・・お、ん、な?」
(え? なんだこれ)
こんな璃子は初めて見たかもしれない。何というか初めて幼馴染から悪寒を感じた。まるで怒っているかのような・・・
「ふーん、へー。そうなんだ。そっかそっか」
「り、璃子?」
そんなことを思ったら次は違う。すねているように見えるが俺にはわかる。こいつ、悲しいのを誤魔化してる。
俺もなんて声をかけようか迷っていると突然璃子が
「まあいいや、おっ邪魔しまーす」
「あ、ちょ、璃子!」
一瞬のスキを突かれ家への侵入を許してしまった。雑に靴を脱ぎずんずん遠くへと進んでいく。すると思いっきり大きな音を立てながら扉を開け俺の部屋に向かって
「どうもこんにちは! あたしは蓮の幼馴染です。あなたは蓮とどんな・・・は?」
俺は慌てて止めようとするがもうすべてが遅かった。璃子は目を見開き部屋の中にいる人物を見つめていた。
「え、そんな、どうして葉島さんが・・・」
「あれ、あなたは・・・」
何故かリブラは部屋にいなかったが、まだ残っていた葉島と、押しかけてきた璃子が鉢合わせになった。
その瞬間、部屋の温度が急激に下がっていく気がした。
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